第43話 四天王三番手

 アイザックは自分がアイザックであることを悔やんでいた。


 僅かな違いではあるが、ジョセフとベコンの方がアイザックよりも身長が高い。

 だから、彼女を守れる面積が広くなるかもしれない。

 それに、ここにペペロンチーノが出現すれば、奴は混乱するかもしれない。


 ——いや、本当のところ、そこは問題ではない。


 ジョセフ・ボルネーゼは名目上は彼女の父親で、ベコン・ペペロンチーノに至ってはマリアベルの方が慕っている。

 だが、今はシーブルのせいで、あまり彼女と交流が持てなかったアイザックなのだ。


「え……。アイザック様?どうして?」


 もしも今、彼女と交流があったあの二人の姿だったなら。

 突然、彼女を抱えても違和感はなかっただろう。

 マリアベルだって、何かを察して直ぐに従ってくれる筈だ。


(でも、今の俺はアイザックだ。アイザックはマリアベルにどう映っている?彼女は倒れていた。さっきのをどこまで見た?もしかして、俺が二人を殺したと思っているかも)


 そこが分からなければ、彼女の扱い方が分からない。

 今は変身しているのではなく、素の自分なのだ。

 変身するには魔法具が必要だし、ネザリアの力が衰えているから、魔法具が偶々あって、ロザリーが偶々ここに居たとしても変身は難しいだろう。


 彼女にとってアイザックとは……


 だから、恐る恐る聞いてみる。


「マリアベルさん。大丈夫ですか?立てますか?」

「やぁ、マリアベル。見た?ここに転がってるの、シーブルとゼミティリなんだぜ?怖いよね、怖いよねぇ?そいつがやったんだ。そいつは、……本当に悪い人なんだよ!……早く離れた方が良い‼少なくとも、俺がそいつを無力化するまではね!」


 やはり、あの男はマリアベルを揺さぶってきた。

 どんな薬かは分からないが、あの男は何を飲ませているか知っている筈だ。

 倒れていたのも分かっているだろう。


「違う。僕じゃない。」

「いーや、違わない。血も涙もない男だね。噂通りの男だってこと。マリアベル、こっちへ来るんだ!」


 イグリースはアイザックを殺したいと思っている、それは間違いない。

 更に彼はマリアベルに固執している、それも間違いない。

 そしてマリアベルは。


「私は大丈夫……じゃない……みたいだけど。大丈夫です、アイザック様。私はちゃんと見てたから。それにボルネーゼ家を舐めないで。魔法の出どころくらい、分かる……ん……だから。ポモドーロの臭い。そして、あの二人の臭い。」


 チッ


 イグリースの舌打ちが聞こえる。

 転入式でもしていたのだろう、気が覚えがある。

 だが、そんなものに構うことはない。


「マリアベル、無理をしちゃダメだ。ここは僕が——」

「アイザック……様。アレは私に……固執してるの。私さえいれば、あいつは追って来ない。だから……、逃げ……」


 ここで倒れそうになるマリアベル。

 そんな彼女をアイザックは抱きかかえた。

 キツく、抱きしめた。


「大……丈夫です。私はボルネーゼ侯爵家の娘。同じ侯爵家には負けない。魔法なら私の方が上……」

「違う。そうじゃなくて、君は毒を……」

「毒なんて……、盛られてない。あの子たちは良い子だもの……。だから逃げて」


 その言葉に目を剥く白髪の青年。

 彼女はこの状況で、アイザックを逃がそうとする。


(俺を助けようとしている。それに、マリアベルはここにはいない二人の事も……)


 愛おしい少女、強い少女。

 賢い彼女は気付いているのに。


「マリア……。君は本当に優しい人だね。大丈夫だよ。僕が守る——」

「ダメです。アイザック様。あちらにシーブルが用意したもう一つの道がある筈です。そこから逃げて……ください」


 だが、その時。


氷の斧槍アイスハルバート‼」


 再び、アイザックに魔法の鎌が襲い掛かる。


「クソ!この攻撃は!大火の大盾フレイムバリア‼」


 ルビーのような宝石を光らせて、白髪の青年は片手だけでドーム状の炎の壁を出現させた。

 ただ、強すぎてもダメ。

 マリアベルの体も焦がしてしまう。

 普段通りの彼女なら、何とかなったかもしれないが、一人で立つこともままならない彼女には耐えられないかもしれない。


 だから、イグリースの魔法攻撃を完全には相殺できない。

 残りは自分の体を使うしかなかった。


「アイザック様⁉私なんかを……」

「いや、流石にかすり傷だ。僕はマリアベルを守りたいだけ。それに本当にかすり傷だから」


 多少、皮膚と多少の肉が抉られただけ、だがその部分が凍って動き辛くなったのは痛い。


(今のは、間違いなくマリアベルを狙った。どういうことだ?マリアベルも殺したいのか?)


「そうでなくっちゃねぇ。シーブルとゼミティリの名誉の為にも、君は傷ついてくれてなきゃねぇ。」


 イグリースはニヤニヤと笑いながら、人を殺せる魔法を放つ。

 そして、今のマリアベルでは、それを防げない。


「マリアの言う通り、あっちから逃げよう。だから、ゴメン。」

「……え?アイザック……様?」


 アイザックはマリアベルの体を抱えた。

 背を支え、腰も支えて持ち上げる。

 突然のお姫様抱っこに、少し抵抗した少女だが、抵抗は少しだけ。

 彼女も自らの腕を彼の背中に回して、力なく抱きついた。


「流石は王子様。女子には優しいねぇ。だったら、しっかり守れよ、白髪野郎‼俺が氷魔法専門だと思うなよ?侯爵家は何もかもが違うんだよ‼」


 氷と炎、それから風に水。

 ありとあらゆる魔法攻撃が飛んでくる。


「侯爵家だからって言った?……僕が誰か、君にも分かっているんだよね?君が僕の間違った情報をシーブルに教えた悪いお友達かな?——紋章を持つ王の力を舐めないで貰いたいな。炎の矢ファイアアロー氷の矢アイスアロー!それと——」


 アイザックの力。

 今の王よりも王である。

 真の王の力、片手のみでそれらの魔法を相殺していく。

 本来のアイザックの力なら、イグリースを返り討ちすることもできる。


(やっぱり、マリアベルに盛られた毒は相当のモノだ。腕の力がほとんど入っていない。今はまだ魔法攻撃だけだからどうにかなるけど……。剣での物理攻撃まで混ぜられたら……)


 だが、マリアベルの様子がおかしい。

 彼女に解毒デトックを掛け続けている。

 そして、片手だけで複数の魔法を放つ必要があるから、守るだけで手一杯だった。


「へぇ……、お姫様を守りながらとは舐められたもんだね。ってか、これが本当の王の力。マジ、ムカつくね、お前。」

「君だって、王の血を多少なりとも引いているんだよね?ボルネーゼ家には及ばないけど。」

「何それ?それで俺が熱くなって、あの眼鏡と同じようになるって?」


 シーブルの時と同様に彼奴を煽る。

 だからか、彼の攻撃の精度が悪くなる。

 その隙をつけば、もしかすると逃げられるかもしれない。


「違う。僕を殺したければ、堂々と戦えばいい。決闘法だってあるんだよね。」

「決闘法?爵位を見れば魔力が分かる。決闘法なんて埃を被った法だよ。」


 イグリースの魔法が空を切る。


「それなら、僕を闇討ちすればいい。シーブルもゼミティリも僕を殺そうとした。三人がかりで僕を殺せばいい。……殺せるなら、だけど?」

「全く、癪だねぇ。お前がいなければ、お前さえいなければ!俺はもっとイケてたんだよ‼」


 言っている意味が分からない。

 だが、狙いは成功だ。

 熱くなればなるほど、魔法の精度が弱まる。

 そして、近距離戦に持ち込まれないよう、アイザックは魔法の弾幕を張って、近づかせないようにしている。


(もっと粘れば、マリアベルの体力が戻るかもしれない。もっと、もっと……)


 だが、その全てが遅すぎた、——いや、彼らの行動が早すぎたのだ。

 そしてイグリースは挑発に乗って、魔法の精度を狂わせていたのではない。

 彼には別の目的・・・・があったから、魔法攻撃を畳みかける訳にはいかなかった。


 ——つまり、アイザックは彼の目的を見誤った。


 だって、アイザックはまだ全てが狂ってしまったことに気付いていなかったのだから。


「そのボルネーゼ家を失墜させるのが楽しいんだよ!……っていうか、王子様は逃げるおつもりで?戦おうぜ、王子様!」

「お前の好きなようにはさせない。お前の狙いは——」


 存在しないイベントが存在するのは大きな力が動いているから。


「逃げても無駄だよ。ここ周辺はポモドーロの私兵が囲んでる。それに——」


 ゲームのルート付近に居た時は、ボルネーゼの力でゲーム内イベントの合同合宿の予定を無理やり持ってきた。

 それと同様の、いやそれ以上の力がここでは働いていた。


「おーい!ここだ!大変なことになってる!急いでくれ!」

「な……。お前、何を……」


 だから、ここで。

 アイザックは見知った二人の顔を逃げようとした道の先で見つけてしまう。

 マリアベルもぼやける意識の中で、一組の男女を見つけてしまった。


「二人とも!そこまでだ!話は全部聞いている!アイザック、マリアベル!お前達を殺人容疑、いや殺人者として拘束する‼」

「私……、信じてたのに‼」


 そこで漸く、アイザックは、マリアベルは彼らの本当の目的を知った。

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