第42話 アイザックを本当に殺したい男

 少女は眠っていた。

 何故か最近、立ちくらみが激しい。

 その理由は分かっている。


 ……最近は、ほとんど眠れていない。


 特にあのテストの結果発表以降、全然眠れていない。


『このテストのヒントは……おとう……さんの……し、だよ。』


 アレは誰に向けて言った言葉だったのか。

 アイザックに向けて使うにしてはおかしな言葉。

 彼女の目線の先に自分もいた。


「ジョセフが……、パパが死ぬ……の?それともお父様の話?」


 マリアベルはアイザック・シュガーの生い立ちを知らない。

 ただ、彼が本当ならマカロン王国の王子様という話。


「……それに、何なの?何かを、やってはダメだった気がするのに、それが何なのか思い出せない。それをやってしまったら、パパが死ぬの?」


 自分がおかしな人間だと最近は思ってばかりいる。

 てっきり、ベコン・ペペロンチーノに恋焦がれているのだと思っていた。

 でも、実は義父のことも思っていたのだと、最近気付いてしまった。

 自分でも分析が出来る。


 早期に父を失ったから、私は『父性』を求めているのだ。

 ゲスな言い方をすれば、私は極度のファザコンなのかもしれない。


 だが。


(なのに、今度は王子様?)


 以前のジョセフの言葉通り、彼は魅力的だった。

 そんなことあってたまるか!

 自分に向けて罵りたい。


(私って、とんだ尻軽女だわ)


 彼女は自分の性格が歪んでいる、という自覚がある。

 いつ歪んだのかも自覚がある。

 突然、家での教育が厳しくなった時からだ。

 彼女の立ち振る舞いから、勉強に対する姿勢、食べ物の食べ方など、何から何まで直された。

 その理由も実は知っていた気がする。

 ただ、その本当の理由は決して思い出してはならない、……何故か、そう思ってしまう。


「他人のことを考えられる人間になれ?……うん、それはまぁ、その通りなんじゃない?」


 最近、よく夢を見る。

 知らない誰かが出てくる不思議な夢。

 誰かと言っても姿は全く見えない。

 真っ黒く塗りつぶされていて、色も顔も形も分からない。


「でも、でも!今まではそんなこと言われなかったのに。それにあれよ、あれ!勉強しろ、勉強しろって。」

「えぇっと。それはその通りとしか……。僕も小さな頃から言われているし。ずっと缶詰で勉強させられてるし……」

「あんたもそうなの⁉子供は遊びたいものなのにね!」

「うーん。それも分かるけど……。僕はここから出ちゃいけないんだ。……でも、魔法とかは楽しくない?」


 ぽっかりと空いた空間に話しかけていて、その空間から声が帰ってくる。


 ——子供の声だ。


 多分、同い年くらいの子供の声。


「そっか、ここから出られないように言われているんだ。お外で遊ぶの楽しいのに、可哀そうな子。魔法?魔法はあたし、才能あるからね。数字を計算させるのよ?あんなのは子供の遊びよ。」

「その……。僕たち、子供なんだけど……」

「もー、うるさいわね。じゃあ、あんた、これやって見なさいよ!こんなの将来、絶対必要ないわよ!あたしはお姫様になるんだからね。」


 そう言って渡したのは、子供向けの学習本。

 今ならスラスラ解けるけど、当時は分からなかった。

 そもそも、面白くなかった。

 あの頃、自分は世界で一番だと思っていた。

 笑ってしまうくらい、子供だった。


 そして、夢の中の彼、見えない少年はそれを容易く解いてしまう。

 不思議な計算方法……、いや、それも今は簡単でやり方も知っていて……


「ユークリッド幾何学はこんなにも昔から存在していたのか。でも多分、出題者は『ツルカメザン』で解けって言ってる。だけど、もう少し上の勉強になったら『ニジカンスウ』が使えて……って、聞いてる?」


 ……あれ?

 

 その言葉、私知ってる。

 でも、その言葉を聞いたのは——


 ダメ。

 多分、これ。

 思い出しちゃダメ。



 そのせいで……



 お父様は……



 世界はおかしくなって……



 少女は胸の痛みでゆっくりと目を開けた。

 そして、自分はまだ夢の中にいるのだと思った。


 だって、——地面にシーブルとゼミティリの頭が転がっていたのだから。


     ◇


 少女が目覚める十分前。


 アイザックは飛んでくる火の粉を打ち落としながら、シーブルとゼミティリに罵声を浴びせていた。


(こいつらの心を粉々に挫いてやる。どこから間違っていたのかは分からない。でも、マリアベルまで巻き込まれたんだから、こいつらに容赦はしない。)


「脳筋じゃないね。君は終わらない思春期。いや、全身男性器?」

「な、なんだと、こらぁ‼」


 以前同様、真剣を構えているゼミティリは、完全にシーブルの家来だった。

 確かにゼミティリはコントロールしやすい。

 彼の立場は底辺レベルまで落ちている。


「許嫁っていうのは、あっちにもあったと思うよ?この世界においての許嫁は、確か魔法の縛りだったよね。それを忘れちゃダメだよ。うん、今からでもフェルエさんに土下座してきたら?なんで、シーブルと組んでいる?買収された?」

「貴様……、やはりシーブルの言った通り、ペペロンチーノと繋がっているのか!」

「言ったろ、バカ!それを聞き出す目的だっつったろ!この脳なし!早く、手でも何でも切り落とせ!こうなりゃ、力づくで言わせるしかないんだよ!」

「分かった。だが、マリアベルを少し貸すと約束しろ。」

「……あいつを殺せたらな!」


 アイザックとシーブルがゼミティリを煽るという、意味の分からない構図。

 そして、子供体系が好きな筈の彼の言葉。


(……元々、臨海学校なんてイベントはないんだけど、ここまで来ると別世界だな。だけど、根本的な設定は通用するっていう、意味の分からない仕様。……くそ!どこからズレた⁉)


「みんなももっとやれよ!借金帳消しにしてやるっつってんだろ!」


 意味が分からないのは、彼らの考え方が浅はかすぎるからだ。

 ペペロンチーノの処遇がどうなったところで王族に意味はない。

 それはレオナルドにとっても、イグリースにとっても同じこと。


「もっと考えるべきだね。考え方が子供だ。まるで、力を持った子供が駄々をこねているようにしか——」


 そこで目を剥くアイザック、真っ赤な瞳がまん丸に輝く。

 本当にそのままの理由かもしれない。

 誰かに唆されて、意地になっている子供たち。


 ——そして気が付く。


「キャロット、レチュー!マリアベルを頼む!」


 アイザックを演じている彼が言ってはいけない口調。

 でも、もはや体裁を気にしている暇はない。


 だが。


「私たちはここに来ていません。何も知りません。」

「何を言っているのか分かりません。」


 彼女たちはそう言う。


「俺のことはいい!そもそもマリアベルは関係ない筈だ。」

「——知りません」

「キャロット、行くわよ」


 彼女たちの行動は、なるほどあの時に、と思えるものだった。


「今だ!ゼミティリ、挟み撃ちだ!僕は左から魔法弾で仕留める!」

「おう。俺は右だな!」

「どうせお前は死ぬんだ!だから、その女を僕に寄越せ!」


 かなり前の段階からキャロットとレチューには、マリアベルを裏切る指示が出ていた筈だ。

 だが、彼女たちはそれをある程度までは拒んでいた。

 学校での権威の使用は王令により禁止。

 でも、先の成績発表で権威が使われたことは明らかだった。


(……この場所はマリアベルがキャロットとレチューに勧められた場所だ。マリアベルは本当に良い子に育った。友の裏切りを考えないほどに。)



 俺のせいで、マリアベルは


 でも、何故あいつが?


 何故、そこまでの悪意を持っている?


 ただ、フラれただけ……


 しかもボルネーゼのベストシナリオは王家との婚姻だったから、断っただけ……の筈。

 あれ……、思い出せない。

 でも、ゲームだとそうなんだ。

 こいつらの設定も根本はゲームと同じ。


 そして。


 バタン!


「な、お前たち、どこに行く!」


 生徒たちが買収されていた。

 だが、彼とは違う相手だ。

 そも、ここがどこかを考えれば、当たり前の話。

 ボルネーゼが力を失った。

 そして、学校を取り仕切る貴族と言えば。


 ——ヒュン


 その瞬間だった。


 いつか彼が弾いた氷の槍が無数に出現した。


「お前ら、それは不味いヤツだぞ!」


 アイザックの口調を忘れる程、流石にそれはダメだ。


「はぁ?なんだ、お坊ちゃま。そんな喋り方も出来るんじゃねぇか。」


 ゼミティリが突然変わったアイザックの喋り方に難癖をつける。


「なぁ、シーブル。これで——」

「ゼミティリ!お前、大丈夫なの?」


 ただ、ここでもう一人、眼鏡も喋り方が変わっていた。

 いや、こっちは普段の喋り方に戻ったと言うべきだけれど。

 それを言うならアイザックだって、普段の彼自身の喋り方に戻ったと言うべきだけれど。


「ぐ……。腕が……。だが、これしき……これしき‼」

「あぁ。後で治療はするし、マリアベルも抱かせてやる。だから、行くぞ。こいつ・・・は強い」


 二人は気が付いていない。

 誰に攻撃されたのかを気付けていない。

 だから、アイザックらに向けて、魔法をそして魔法剣を解き放つべく身構える。


「ダメか。こいつらも操られている……のか?後ろにいるぞ、お前達の仲間が。いや、仲間だったやつ……か?」


 アイザックはマリアベルを守らなければならない。

 あの時、憎悪の塊のような魔法を放ったのはあの男。

 今思い出せばだが、おそらくゼミティリと戦っている時の水の刃も。

 シーブルの言葉は火を消しただけ……

 あの時、ソイツが魔法を併せて放っていたのかもしれない。


(なのに、今回はどうして俺を攻撃しない?)


 いや、今となっては何が何処に繋がっているのか分からない。

 ただ、その全ての根幹にこの男が居たのは間違いない。


「おい。なんでお前が来てんだよ。僕たちの推論はもうすぐ仕上がる……」

「あぁ。やっぱりシーブルの言った通り、こいつが黒だ。だからペペロンチーノも黒だ。つまり俺達の勝ちだ。」

「だから、手を出すんじゃないぞ。」


 論理が破綻している。

 だが、二人は気付かない。

 気付けないのか、気付かないのか。


「行くよ、ゼミティリ。こいつは水か氷の魔法を使う。」

「なら、炎魔法で相殺してやる。」


 そして、愚かにも二人はアイツに背を向けて、魔法を練り始めた。

 確かに水か氷の魔法だろうし、それに対抗する為に炎魔法を練るのは悪くない。

 でもそれは、相手が誰で、どこから魔法が来るか分かっていての話。


「な……に?」

「ぐ……がはっ!」


 そしてあの男だけ、魔法の精度が尋常じゃない。

 アレはずっと刃物を研いでいたのだろう。

 アレは初日から殺しにかかったのだ、殺意を随分前から磨いている。


 ——アレはアイザックという男に、これほどの殺意を練っている。


「イグリース、お前が全ての発端か!二人ともお前の仲間だろ‼」


 爽やかな金髪青年の顔が、やはり穏やかではない。


「仲間だよ。ここまでも作戦通りだからね。氷の刃アイスブレード乱舞!」


 ここは殺人スポット。

 しかも、彼の領地。

 ならば、最初から。


 誰にも見られないと分かっているから、最大火力を使ってくる。

 そして、大きな氷の刃が海の水から大量に発生した。

 アイザックはマリアベルを抱き、必死にそれら全てを避け切るが、流石に更に二人分を助ける余裕はない。


 そして、シーブルとゼミティリの首。


 ——ヒーロー二人の首が、少女の目の前で落とされた。

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