第44話 殺人現場の完成
銀髪の第三王子は、庶民の希望の少女リリアを連れて歩いていた。
この先の事を考えただけでも震えてしまう。
この震えは正しい震えなのか、それとも
「レオナルド君、……寒いの?」
イグリースはこれが一番手っ取り早いと言った。
あの男を犯罪者に仕立て上げれば、亡国の王子とてタダでは済まない。
そしてこの国の王もタダでは済まない。
王が入学許可を出したせいで、成績優秀な貴族が二人も死ぬ。
あの二人は学校でアイザックと揉め事を起こしている。
動機はどうとでもなる。
ついでに関係が悪化していたシーブルを利用して、ボルネーゼ家にも罪を着せる。
あとはポモドーロ侯に任せれば、全てが綺麗になる。
「シーブルとアイザックが一緒に居た、それは間違いないんだよな?」
かなり早い段階から、彼女を使うことは決まっていた。
リリアを利用して、マリアベルの信用を失わせる。
彼が昔からマリアベルに拘っていたことは知っていた。
いや、それを言ったら自分もだ。
だが、その方向性は少し違う。
あの女は悪の権化、血も涙もない女だ。
ボルネーゼ家の信用を損ねる為に、胸糞の悪い真似をした自覚は……全然ない。
ただ……
「うん。それは……そうなの。アイザック君って日の光に弱いから、日の当たらない海に連れて行くって言ってたよ。みんなが仲良くなればいいなって思うけど、なかなか難しいのかな?」
シーブルが抱いていた劣等感を煽り、彼の下心まで利用する。
グラタン家は最も愛された嫡子を失うことになり、王家と対立することは間違いない。
彼の行動は本来読めない筈だったが、結果的にイグリースの計画通りに彼は動いてくれた。
(マリアベル・ボルネーゼは悪だ。この世の誰よりも悪だ。父親の死を境に雰囲気がガラリと変わったという噂だったが、そんな筈はない。あの女はあの状況で毒を盛ろうとした。なのに、どうして……、私まで彼女に惹かれるのか。本当に悪だと思っているのに……、どうして私は……。マリアベルを愛しいと思ってしまうのだ……)
リリアという平民生まれの才女を学校全体で盛り上げる。
そして諸悪であるボルネーゼ家を潰す、あの女を殺す。
計画通りに進んでいる筈なのに、計画とは違うことが起きた。
追い込まれれば追い込まれる程、マリアベルは魅力的になっていった。
詳しい話は出来ないが、彼らの思考は思春期のソレ、——若さゆえの過ちだ。
『恋する女性は美しい、そしてマリアベルは禁断の恋を自覚していた』
そこに追加要素が出現する。
イグリースによる『ボルネーゼの令嬢潰し』。
それが、彼らの過去の感情を暴走させていた。
貴族の世界は狭い。
誰もがマリアベルを知っている。
そして、気軽に彼女を誘い、呆気なく彼女にフラれている。
特に、レオナルドは酷い。
彼女に毒を渡されたのだ。
だから、マリアベルを貶める行為に、皆興奮さえ覚えていた。
更に、虐げてしまったことで、マリアベルは違う意味で手の届かない存在になってしまった。
高嶺の花ならぬ、崖下の花、それがマリアベルであり、——世界のズレを加速させた原因でもある。
「イグリース君、まだ戻ってこないね。」
リリアは魔性の魅力がある、——という設定だが、マリアベルの魅力は常軌を逸していた。
そこにオレンジ色の髪、緑の髪、その他諸々の髪色の生徒が走ってくる。
「レ、レオナルド様!先ほど、イグリースさんには報告したんですけど、大変なことになりました。アイザック君がシーブル君とゼミティリ君に喧嘩を売ったんです!」
ついに始まってしまった。
欲情を暴走させてしまったシーブルが、元々死に体であったゼミティリと共に捨て駒となる。
「ええ⁉喧嘩……、でも……、そか。アイザック君もあんな噂をされたら流石に……」
「リリア、急ぐぞ。シーブルとゼミティリが危ない。あいつらは王家の魔力を過小評価している。」
侯爵家以上の魔力は桁が違う、——こっちが正しい言葉。
彼の父親が疲れ果てた理由は、いつ始まるかも知れぬ内乱と、亡国の脅威。
そして、暗躍を始めたグラタン家。
更には文明の発達が著しい東の隣国。
レオナルドが隣国に婿に出されない為の条件、つまり勝利条件は、第一王子、第二王子よりも彼の方が活躍したと、国中に知らしめること。
そして、歴史上初めて、平民との婚約をすることで、今流行りの『自由と平等』を手に入れること。
その為に、今、彼の従兄弟が手を血で汚している。
普通に考えれば、マカロン島の王子が撃退することも考えられる。
だが、彼の従兄弟イグリースは、——彼が彼女の為に動くことを何故か知っていた。
だから、それを利用するという話だった。
「ここだ。ここから下へ行ける筈だ。」
「う……ん、この先にみんながいるのね。」
これが世界のズレに気付けなかった二人、アイザックとマリアベルが招いた殺人現場である。
「レオナルド!やっぱりこいつはテロリストだ!二人の言っていたことは正しかったんだ!」
タイミングはバッチリ。
バッチリなのも当然、ここはポモドーロ侯爵領だ。
人間の出入りなど思うまま。
だから、彼のタイミングで全てを始められる。
恐るべきは、躊躇いもなく仲間を騙して殺した、イグリースの怨恨である。
「う……そ……、あれ、何?なん——」
倒れそうになるリリアをレオナルドは抱き締めた。
彼も吐き気がしてしまうバラバラ殺人。
そして容疑者も同じような格好をしている。
項垂れるマリアベルをアイザックが抱きしめている。
そしてその姿を見ると、レオナルドも何故か、アイザックを殺したくなってくる。
笑顔で毒を盛る女が、どうしてこんなに美しく見えるのか?
「これが通用すると思っているのか、イグリース!」
「リリアちゃんにこれ以上嫌な思いをさせたくないんだよねぇ。犯罪者は大人しくしてもらおうか。それに、ここは俺の領地だ。話はブタ箱に入ってから聞こうか?……それにしても、日頃はおとなしいくせに、やっぱりキレるとこうなっちゃうんだねぇ。」
(それは誰のことを言っているのか。七年間殺人衝動を押し殺していたお前のことなのか、狂気に走ったシーブルか。結局全てに流されてしまったゼミティリも含まれているのか。それとも全てに目を瞑った俺のことか。)
ズレたままの世界は、学校の外で行われた殺人事件へと繋がった。
だから、学校が舞台の筈の世界もついには学校外の裁判へ。
——このズレの根本的な原因を作ったのも、やはりこの二人
アイザックとマリアベルなのだ。
二人は忘れ物を忘れたまま。
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