第45話 信用の置けない語り部が紡ぐ『プロローグ』(上)

 領地内での殺人事件なのだから、場を取り仕切るのはポモドーロ侯爵である。

 ただ、事件を重く見たポモドーロ侯爵は最終的な判断を王族に放り投げることになる。


 事件を重く見た理由の一つが、アイザック・シュガーの妄言である。


 彼は殺人を否定しつつも、こう言った。


「全ては僕が考えたことです。マカロン王国の王族も、ネザリア・ボルネーゼも、ロザリー・ボルネーゼも、ジョセフ・ボルネーゼも、そしてマリアベル・ボルネーゼも僕に操られていただけです。ついでに言えば、ベコン・ペペロンチーノも僕が操っていました。……だから、学校が始まってからの全ては僕のせいでしかありません。マリアベルを含め、ボルネーゼ家の方々は全てにおいて無関係であり、全ての方々が被害者なんです。」


 全く意味不明な言葉。

 そんな道理は通らぬ出鱈目な言葉。

 だが、ボルネーゼ家が巻き込まれている以上、ポモドーロ侯爵も簡単には判断が出来ない。


「私たちは何もしていません。ですから、逃げも隠れもしません。公正な裁判をお願いします。」


 と、別室でマリアベル・ボルネーゼはそう言っている。


「あちらではお前がやったと言っているが?」


 定番の脅し文句を言ってやった。


 だが。


「僕が全部操っていました。マリアベルは関係ありません。全てが関係ありません。全員が被害者です。」


 と、片方は答える。

 そして、もう片方は。


「そんな言葉に興味ありません。私たちは何もやっていません。公正な裁判をお願いします。」


 と、何を言ってもそれしか答えない。

 

 殺人現場の状況や人々の聞き込み調査の資料は、ポモドーロ侯爵家が全て纏めたのだから彼の殺人の罪は揺るがない。


 アイザックは罪は認めないまでも、それらしいことは言っている。

 だから、このままアイザックを処刑すれば良い。

 だが、あの男の背中の紋章が頭にこびりついている。


 つまり、この裁判で失敗は許されない。


 そして彼の息子、イグリースはこう言った。


「せっかくだから、一番大きな舞台を用意しようよ。マリアベルの苦悶する姿を多くの人に見せたいんだ。それにちゃんと計画通りに進んでいるから大丈夫。ポモドーロの権威は揺るがないよ。」


 因みに被害者となってしまったシーブルには嘘を吐いていた。

 リリアに催眠魔法をかけて、アイザックの犯罪行為、マリアベルの犯罪行為をでっちあげる、と。


 領内での庶民のいざこざなら、下級貴族同士のいざこざなら、それが通用したかもしれないが、この度の事件の被疑者は王家の血筋の人間である。


 紋章持ちのアイザックを裁くのに、魔法で操られた人間は使えない。

 もう一つの王国も裏で裁きをかければ、何を言ってくるか分からない。

 だからこそ、『真実の間』で裁判が行われる。

 神聖な結界が張られた場で裁判が行われるので、下賤な魔法は全て打ち消される。

 嘘をつく事さえ出来ない。


 でなければ、魔力の強い貴族のやりたい放題になってしまうし、王家でさえ簡単に足を掬われてしまう。


 つまりはこの時点で物語上の隠し事の全てが無意味になってしまう。

 つまりはこの物語もこれからエンディングを迎える。


 いや、この段階でこの物語は終わっているとも言える。


 些か、野暮ではあるが、前半の締めの話。

 前半は信用の置けない転生者として締めた。


 だから、後半の締めで恋愛ゲーム風に『プロローグ』部分を語る。

 どのみち、真実の間で知られるのだから、本来最初に紡ぐべき話をこれからしよう。


 ——それはゲーム内でのプロローグではなく、この物語のプロローグなのだけど。


     ◇


 少年はいつも少女と秘密の遊びをしていた。

 そしてそれだけじゃなく、一緒に勉強していた。


 そんな、どこにでもある風景。


 小さな物置のような場所で、秘密基地で大人に見つからないように好きなことをする。

 勿論、勉強はする。

 勉強で仲良くなったのだから、勉強は絶対にやらなければならない。

 でも、それ以上にいっぱい遊ぶ。


「アイル君、それ食べちゃダメ!それ、猛毒だよ!」


 少年は見窄らしい服を着た、茶髪の少年。

 少女は見窄らしい服を着た、青髪の少女。

 少年はアイルという名前を使っていた。

 少女は家から色んなものを持ち込んでいた。

 遊ぶ時は、基本的にはおままごと。

 だから、色んなものを持ち込んでいた。


「え?大丈夫……だよ?酸っぱいけど美味しいよ?」

「嘘!だって、それはがいこくのみるだけのしょくぶつだよ?おままごとだから食べるふりでいいんだよ?」

「んー。でも、これ。どこからどう見ても……。アリアも食べてみる?」


 少女はアリアと名乗っていた。

 少女は彼があまりにも美味しそうに食べるので、その赤い実を一つ摘まんでみた。


「本当に大丈夫?」

「大丈夫。こないだも持ってきてたじゃん。」

「あ……、そうだった。あれ、全部食べちゃったの⁉」


 少女は腐るまで飾っているだけのものだから、腐ったから捨てたと言って、それを持ち込んでいた。

 そして少年はそれが貴族の非常識と思わずに食べていた。


「酸っぱい……。でも、美味しいかも!これ、食べちゃダメって言われてたのに!」

「ん-。そっか。それ、聞いたことあるかも。これは外来品で当時は毒リンゴとも呼ばれていたんだっけ?」


 少年はいつも大人びていて、それでいて時に子供らしいところも醸し出す、不思議な人間だった。

 そして、少女もそれは同じ。

 ただ、少女の方は背伸びをしていただけ、かもしれない。


「アイル君、本当に何でも知ってるね!」

「なんでも、じゃないよ。あ、でもアリア。これは料理しちゃダメだよ。」

「どうして?」

「食器に含まれる、鉛っていうのが溶けだしちゃうんだ。ほら、酸っぱいから。」

「そっか。酸っぱいからお皿が溶けちゃうんだ!」

「ん-、多分。」


 そう言って少年は赤い実にかぶりついた。


「アイル君。お口の周り、汚れてるよ。アリアがとってあげるね!」


 そして少女は彼の頬についた赤い実の汁を舐めとった。

 すると、少年は固まってしまった。

 この瞬間は、少女の勝ち。

 こういう時の少年は本当に子供のよう。

 だから、少女は調子に乗って聞いてみる。


「ねぇ、アイル君。アイル君は大人になったら、何になるの?」


 少年は少女の質問を聞いて、しばらく考え込んだ。

 そして彼が言った言葉は。


「分からない……かな。未来がどうなるかは分からないし。それに頑張っても上手くいかない時もある。じゃあ、アリアはどうなの?下級貴族の親戚の子供でしょ……、あんまり選択肢はないかもだけど。」

「そういうのは聞いてないの!……えっと、それじゃあ、……あのね、私のこと……どう……思う?」


 少女の言葉に少年は、またしても固まった。

 アリアが家から飛び出した先で偶然少年に出会った。

 この地についてよく知らない少年にとっては、同年代の子供と過ごせる時間は心地よかった。

 少年は特殊な生まれだが、精神年齢を含めて中身も子供なのだ。

 記憶が混濁していて、何が何だかわからない少年は、ずっと不安を抱えて生きてきた。

 だから、少女のことは嫌いではなかった。

 最初は我が儘だった彼女も、仲が深まるにつれて、魅力的になっていった。

 勿論、それは子供が抱く、曖昧で無鉄砲で無責任な「好き」。


「えっと、……好き……だよ。で、でも……、僕は——」

「本当!本当に本当?」

「……本当に、本当。僕はアリアのことが好き。」

「私も好き。……もしも、何も考えなくていいんなら、私、アイル君と結婚したい!」


 その言葉に少年は目を剥いた。

 ただ、少年には大人の部分も残っていた。

 この少女だって、それに自分だって大人になれば変わってしまう。

 それは知っていた。


 ……でも。


「うん。じゃあ、約束。大人になったら結婚しよう。」


 子供の頃の約束なんて、何の意味もない。

 彼はそう思っていた。

 だって、彼にはやらなければならないことがある。

 そして、それが上手くいかなければ、きっと殺されてしまう。

 更には、この国も滅んでしまうのだ。

 でも、子供の頃の約束なんて、きっと記憶の中から消えてしまう。

 彼にはそれが分かっていた。

 彼の心の隅にある大人の心がそう言っているのだから。


 ——そして、次の日のおままごとは結婚式が舞台になった。


「すこやかなるときも、やめるときも、かわらぬ愛をちかいますか?」

「誓います。」

「すこやかなるときも、やめるときも、かわらぬ愛をちかいますか?——ちかいます。」


 神父も仲人もいない二人だけの結婚式ごっこ。

 取るに足らぬない子供の遊び。


 だが。

 その時、何故か少女が半眼を少年に向けた。


「んー、アイル君、ダメだよ。……アイル君、私もそうだけど、名前はちゃんとフルネームで書かないとなんだよ!そうじゃないと、誓いにならないんだよ?」


 少女はおませな性格だったので、おとな用の結婚式道具を持ってきていた。

 そして結婚式道具がうまく起動しないのだから、そこを疑うしかない。

 紙に名前が書けないのだから、名前が間違っているとしか思えない。


 ——勿論、彼女だってそれは同じ。


 悩みに悩んだアイザックは仕方なく、日本語で『アイザック・シュガー』と書くことにした。


「えー、汚い字ー。こんなの読めないよ。でも、書けたってことは合っているのか。それじゃ、私もー」


 そして、少女は


『マリアベル・ボルネーゼ』と書いてしまった。


「え⁉」


 少年はその時まだ、マリアベルに会ったことがなかった。

 マリアベルは可愛らしい少女だったが、少年は少女時代の彼女の容姿を知らない。

 それに少女は侍女の親戚の子供のフリをして、窮屈な家を抜け出していた。


 誰もが想像していたとは思うが、ボルネーゼ領に匿われた少年と、天真爛漫に育ってきた領主の娘


 ——二人は出会うに決まっている。


 少年はこっちの世界を知らない。

 ほとんど封印されていた前世の記憶も、この世界の裏側までは知らない。

 それに少年はちゃんと子供の心も持っている。

 前世の記憶が混濁しているだけ。


 ——そも、異世界はいろんな髪の色の人間が存在している。


 青い髪はここではありふれている。

 特に、ボルネーゼ領はボルネーゼ家の血筋が多いのだから、他の地より青寄りに髪色が多い。

 少年はこの時から変身していた。

 見つかれば殺されてしまうと分かっていた。

 それに少女の口から漏れることを恐れて、自分に関する情報は言っていない。


 でも、流石に少女の名前だけは知っていた。

 マリアベルの幼き日の容姿を知らなくても、名前だけは知っていた。

 だから、彼は激しく動揺した。

 でも、その動揺は少女にとっては当たり前の同様だった。

 領主の娘であることを隠していたのだ。

 隠していなければ、今の関係は終わる。

 少女は彼が絶対に逆らえない存在へと変わってしまう。


 それでも少女は儚い願いを、このごっこ遊びに込めていた。

 それくらい、少女は彼のことを好きになってしまったのだ。


「ご、ごめん。私、本当はここの領主の娘……だったの。……でも、ごっこ遊びだから、大丈夫だよ!」

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