第46話 信用の置けない語り部が紡ぐ『プロローグ』(下)
「本当に大丈夫だよ!私たち、まだ子供だし!」
関係が主従関係になっても、きっと大丈夫。
少女は自分の運命を知りつつも、恋に埋もれていった。
例え、関係が壊れたとしても、今だけは本当の自分でありたかった。
彼女は、彼との形ある思い出を作りたかった。
そして、少年は少女に惹かれていた理由の一つを知った。
だが。
その瞬間、光り輝く婚姻届。
「え……?何?どうして?」
「わ、分からない……」
その力は王家のものなのだ。
王家には血族を重んじる呪いのような力が宿っている。
特に、この世代の王になる筈の紋章持ちだから、それが起きるは必然だった。
血の縛りだから、嘘偽りは許されない。
「え、ちょっと。僕の体……、戻っちゃ……」
——だから少年は王家の束縛により、白き少年へと戻ってしまった。
「え……?アイル……君?」
そしてここで紋章が登場する。
少年の背中にあった紋章が突然光り輝き、光の帯が少女の体を包み込む。
「あれ、何これ……」
少年も、これは『ごっこ遊び』だと思っていた。
そしてすでに死語となっていた『王家の紋章』
シュガー家でも紋章が現れたのは二百年以上前に一度だけ。
それに記録の一切は王家によって処分されている。
だから紋章の本当の力を、世界の誰も知らなかった。
そして記憶混濁を防ぐ為、ネザリアに記憶を消してもらっている少年。
彼もまた、『紋章』の真の意味を理解していなかった。
当時の彼は、この世界の許嫁にそんな意味があるなんて知らなかった。
それらの教育を受けるのは、まだまだ先の話だった。
全ては子供のごっこ遊びだった。
それでも、すでに惹かれあっていた少年と少女。
「僕の姿が戻ってる……。それにこの力……」
ただ、このままでは世界がおかしくなる、そう思って、少年は大混乱に陥った。
実はマリアベルとアイザックは最初から結ばれていた。
——それが意味することを少年は恐れた。
「これ……、もしかして……」
「え、何?」
当時はまだ、世界がズレるとかズレないとか、それがどういう意味かも分からなかった。
「そっか。君はマリアベルだった。それなら……まずい……よ。僕と君は未来で結ばれなくちゃいけないんだ……。今、結ばれちゃったらどうなるか、僕にもネザリア様にも分からない。世界がおかしくなっちゃうかもしれない!」
でも、その言葉は少女には理解不能だった。
いや寧ろ……
「え……、ネザリア様を知っているの?それより!私とアイル君は結ばれる……運命?本当に⁉」
光の帯に気付かぬ少女にとっては、真の
少女にとってはごっこ遊びの延長、とはいえあまりにも嬉しすぎる言葉。
「本当……、だよ。約束……したんだ。でも、それは大きくなってからの話で、今、そうしちゃうと、この世界がどうなるか分からないんだ。」
「だ、だ、だ、大丈夫よ!ほら、お外見ても何にも起きていないよ?……でも、流石にバレたら怒られそうだから、これは二人だけの秘密……だからね!絶対の絶対に秘密だよ!」
そして、その後も世界は平穏に続いていく。
それで良かったのだ。
この世界はそのズレを許容できる存在だったのだから。
でも、彼には分からなかった。
そして少女にも分からなかった。
だから、これは本当に二人だけの秘密の婚約。
——そして、しばらくの間、二人は秘密の許嫁となった。
「ね、これ。なんて書いてあるの?」
「……アイザック・シュガー」
「あは。全然読めない!でも、そっか!アイザック君!」
「ん、何。マリアベル。」
「ふふ。アイザック!」
「何、マリアベル」
とんでもない幸福が二人を包み込んでいた。
二人のお腹を満たしてくれる赤い果実。
それは幸福の証。
——でも、それは数年で終わりを告げる。
その後、少女の周りである出来事が起きた。
でも、実はそれは元々決まっていたこと。
それでも少女は知らなかったこと。
彼女の父は自分の体が弱いことを、娘に隠していた。
自分の体が長くない、まだ10歳にも満たない愛娘に家族は伝えることができなかった。
その父が突然倒れた。
——世界が永遠に続こうとも、人間の目で見れば、『死』は世界の終わりと相違ない。
苦しそうな父を見て、少女は『あの秘密』を思い出してしまった。
あの時、彼が言ったことを彼女は思い出した。
子供の世界はとても狭い。
だから、父と母は世界と同じ。
幼い彼女は、大好きな父が倒れて苦しむ姿が『世界の異変』と結びついてしまった。
自分のせいで『大好きな父』が苦しんでいる。
もしかしたら死んでしまうかもしれない。
……私のせいで、パパが……死ぬ、パパが死んじゃう‼
だから、彼女は走り出した。
自分のせいで世界が壊れたのだと、自分が罪を犯してしまったから、神様が罰を与えたのだと思った。
ごっこ遊びだった。
でも、本気だった。
でも、彼が言っていた。
世界がおかしくなってしまうかも、と。
だから、彼女は全てを無かったことにする。
「お願い、聞いて!本当に世界が壊れ始めちゃったの!」
少女は変装している彼のところに駆け込んだ。
「……ほん……とう?」
少年は『そのこと』を考えないフリをしていた。
ゲームの設定にはないことをしてしまった。
ただ、彼女のことを心の底から好きだと思っていたし、彼女とのひとときがあまりにも幸せすぎたから、見て見ないフリをしていた。
……でも、やっていることはズルだ。
最初から二人は結ばれていたなんて、世界が許すはずがない。
彼はそう思っていた。
そして、彼は外出が許されない。
白い姿に戻ってしまったのをネザリアにこっぴどく叱られた。
彼は子供だけど大人だから、マリアベルのように家を抜け出さない。
命惜しさに抜け出せない。
だから、少女の言葉が真実に思えた。
「でも、大丈夫……、全てをなかったことにできる……から。いっぱいお勉強したから……私、……知っているの。昔の人は『離婚』する時、『婚約破棄』する時、こうやってたんだって……」
少女は魔法が得意だった。
それこそ、ネザリアに負けないくらいの潜在能力を持っていた。
でも、当時はまだ未熟、そして知識も未熟。
「そんなことが本当に出来るの?」
「うん」
少年は呆気なく、少女の言葉を鵜呑みにした。
実際、彼の目には元の世界に戻るだけだと思えたから。
「だって私はあのネザリア様の孫だもの。……それに……二人の記憶を消すだけだもん。」
そこで少女は歯を食いしばり、涙をこぼした。
「マリア……?」
「アイザック。……約束して。いつか……必ず、私を迎えに来るって……。だって、未来はそうなっているんでしょ?」
そして少年も涙があふれてくる。
「……うん。絶対に……、絶対に迎えにいく。……今度は堂々と君を迎えに行くから。僕は絶対に君と結ばれる……」
少女はネザリア譲りの闇魔法で、少年の、そして自分の記憶を消す。
「うん……。私……、待ってるから……。——
ネザリアの魔力をこんなにも引き継いでいた少女は、ここで彼との記憶を失う。
そして少年も少女との大切な思い出を、許嫁になった記憶も『紋章の記憶』と共に失ってしまう。
「あれ?あたし、なんで泣いて……、あ、そか。パパが倒れたんだった……」
彼女は目の前で変装している少年に軽く会釈をして走り去っていく。
父親が倒れるという事実は消えることがない。
けれど、大切な彼の記憶だけは消えていた。
「えっと、誰だったんだろ。……えと僕、なんで泣いてるんだっけ。あの子、平民の子?……あれ?胸がざわざわする。僕、何か大切なものを……」
——絶対の絶対に秘密だよ!
ただ、少女の未熟な記憶操作は、その漠然とした何かだけを残してしまった。
「えっと、僕は絶対にバレちゃいけないんだ。バレたら世界が終わっちゃう……」
少年は、まだ見ぬ少女になってしまった少女のことを、その少し先で初めて見ることになる。
そして、少女を遠くで見守り続ける。
バレてはダメ。
見つかってはダメ。
絶対にバレてはダメ。
そう言い聞かせながら、少年は少女に惹かれていく。
今日は少女がボルネーゼ領に帰っているらしい。
久しぶりに見る少女は少しだけ背が伸びていて、気高くて、とっても可憐だ。
あの子を守る為に自分はここにいる。
だから、父親を失った彼女の為に、僕は——
それにしても、——あのトマトは美味しそうだ。
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