第47話 悲しき獣たち

 プロローグを挟んだのは言うまでもない。

 彼という存在がいたからだ。


 そして彼は今、マリアベルに迫っている。


「ねぇ、ねぇ。知ってる?アイツ、白髪のアイツ。全部自分の罪ってことで片付けようとしているんだよ。これってさ。おかしいよねぇ?」


 共犯者は別室で尋問される。

 それはこの世界でも変わらない。

 ポモドーロ領でも、同じことが行われた。


 ——勿論、彼の場合は尋問というよりも脅迫だが。


「アイザック様が全ての罪を……?そんなことより、シーブルとゼミティリを殺した真犯人が私に何の用?」


 目が覚めると二人の遺体が転がっていた。

 そして自分の体を庇うようにアイザックがいた。


(アイザック様が私を守ってくれた。そして今も私を守り続けている)


 その行為はどうしようもなく、彼女の心を掻きむしった。

 理由はまだ彼女には分からない。

 でも、間違いなく二人は繋がっている。


(私……、どうしたら……。全ての罪を被ろうとしている。命を……賭けて……私を……)


 彼女の理想にピッタリと当てはまってしまう。

 彼女もまさか、ジョセフ、ベコン、アイザックが同一人物だとは思っていない。

 そして、その三人に惹かれていく自分がいる。

 でも、それを拒絶しようとする自分もいる。


(負けちゃダメ。いつまでも守られる側は嫌。)


 キャロットとレチューも買収されて、あそこに誘い込まれた。

 そして、眠ってしまった。

 睡眠不足とあの場の暗さもあって、最初はそのせいかと思った

 だが、気が付くと死体が転がっていて、この男が居た。

 その後はずっと青ざめた顔のリリアが付き添っている。

 罠にはめられた。

 全ては自分とアイザックを追い込むためとは分かっている。

 勿論、その為に人殺しするのか、という疑問はある。

 彼女もそのくらい頭は回っているのに、白髪の彼、そして想い人のことになると、途端に思考を止めようとする。


「私たちを追い込む方法はいくらでもあった筈。それこそ、学校制度が始まった今、あんたの親の権威でどうにでもなったんじゃないの?」


 だが、この男は別だ。

 その睨みつける瞳が、彼の心を逆撫でする。


「君が学校でただ沈んでいくなんて、君らしくないじゃないか。君はもっと派手に堕ちていかないとダメなんだよ。だーかーらー、愛しのアイザック様に罪を全部着せるとか止めようよ!君が世界的な悪女になんなきゃダメなんだよ!」


 少女は目を剥いた。

 どうしてこの男はここまで自分を貶めたいのか。

 アイザックはどうして罪を被ろうとするのか、それは分からない。

 マリアベルとして課せられていたのは、自分が彼を射止めることだった筈だ。

 これではまるで逆だ。

 それにしても、『愛しのアイザック』と、この男は確かに言った。

 その気持ちは、キャロットやレチューにさえ明かしていないのに。


(……あの子達は無事だといいのだけれど。)


 そう、こんなことを考えられる少女が悪役令嬢の筈がない。

 彼女は父の死と共に大切なものを失った。

 それが更に彼女という人間を大きく変えた。


 『私が挫けずに、真っ直ぐに生きていれば、きっと、——が迎えに来てくれる』


 誰かとした約束だ。

 彼女もまた、当時の彼女の魔法が未熟だった故に、中途半端に気持ちが残っている。

 そして今も胸を締め付けている。


「何を言っているか分からないけれど、私は負けない——」

「そう!その目だよ!俺の気持ちをぐしゃぐしゃにしたお前のその目、罪さえ決まれば大観衆の前で抉り出してやるところなのに!……あの男が全ての罪を被る?冗談じゃない!」


 マリアベルには意味が分からない。

 どうしてこの男はこんなにも歪んでいて、どうしてこんなにもこの男を拒絶してしまうのか。


 だが。


「あの時から全然変わらないな、マリアベル。俺をフったつもりなんだろうけど、あれはお前が高飛車な奴だと知っていたからだ。……なのに、なのにお前は——」


 ここだ。

 ここが分からない。


「お前の方からフッたみたいな顔しやがって。俺が……、俺がどれだけ恥ずかしい思いをしたと思ってるんだ!お前はそんな奴じゃなかっただろうが!お前は高慢で調子に乗ったガキで良かったんだよ!」

「何を言って……?私、あんたをフった?フッたような気もするけど、悪いけどあんまり覚えないわ。ま、どっちみちあんたなんて願い下げだけどね?」


 そう、実は。


 ——世界のズレの影響をより早く、そして強く受けた男が彼、イグリース・ポモドーロである。


 ここで彼が中途半端なネタバレをするから、先にプロローグを挟まなければならなかった。

 せっかくの二人の思い出が、この男に汚されないように語り部は先に二人のプロローグは語らざるを得なかった。


「その目、三度目に俺をフった時と同じだな。お前が大好きな権威をせっかく用意したってのに、なんでお前はそんなに俺を嫌う?……そうだ。今からでも遅くない。俺がお前を飼ってやってもいい。お前は俺のおもちゃになるべきなんだよ!」


 盗聴防止がされているとはいえ、流石に王族領で喋りすぎだ。

 それくらい、彼は熱くなっている。



      ◇


 本来の世界線の話をしよう。


 マリアベルは我が儘な少女であり、王子様との結婚を信じて疑わない少女だった。

 ただ、世の中は長年、この国を牛耳ってきたボルネーゼを嫌い、少しずつ力を削っていた。

 そして、そんな事実があるにも関わらず、——いや、そんな事実があるからこそ、少女は虚勢を張り、高慢な少女へと成長していく。


 そも、ボルネーゼの失墜を狙うポモドーロから婿養子など出す筈がない。

 だが、マリアベルは容姿のみは魅力的だ。

 だからイグリースは彼女を嫁に……、いや二番目か三番目くらいの嫁にならと、上から目線で少女に


「嫁にならもらってやってもいいぞ」


 と誘う。

 けれど、彼女は


「私は王子様以外の誘いは受けませんの」


 と、断る。

 そして、彼は断られたことにキレつつも、馬鹿な女だと心の中で片付けて、嫌がらせをする程度の存在となる。


 ——だが、現実こっちでは。


 それより前に動きがあった。

 もう少し前、ホントに冗談っぽく言った俺の子分になれという冗談にさえ彼女は、


「子供ね」


 と冷たい視線を浴びせられている。

 そして、先のゲーム上の流れの時は、


「あの……、すみません。その話は……、その……、お受けできません。せっかくのお誘いなのに申し訳ありません。」


 少女は頬を少し染めて、丁寧に断っていた。


 それが彼には「他の男がいるから」という、断り方に見えた。

 ボルネーゼが欲しているのは王族の権威。

 ならば、彼女はすでに王族と約束をしている、そう思った。

 だから彼はレオナルド、そして母にわざわざ確認に行った。

 無論、「あんな女、こっちから願い下げだし」という顔をしながら。


 ——だが、王族にそんな事実はなかった。


 では、どうしてあんな断り方をしたのか?

 そもそも、あんなに可愛い顔が出来る女だったのか?

 

 まさか彼女が当時、アイザックと婚約していたなんて思ってもいない。


 だから、彼はそこから迷宮に入り込んでしまう。

 逃した魚がとても美しく、とても美味しそうに思えてしまった。

 でも、彼のもう一度チャンスが到来した。


 ついに彼女の父が死んだ。

 これで、彼女は本当に力を失った。

 もうすぐ再婚するという話だが、ボルネーゼ家は間違いなく力を欲している。

 侯爵家の血を欲しているに違いない。


 ——本来は出現しない、3度目のプロポーズイベントさえ、この世界線では発生していた。


 だが。


「君の父親になるという男、どうやら子爵の男らしいじゃないか。これはこれは、本当に一族のピンチ到来だね。どうだい?今度こそ俺のモノにならないかい?」

「……今度こそ?よく分かりませんが、私、あなたのことはよく知りませんので。私はただ、学校に行かなければなりませんの。申し訳ありませんが、その話はお受けできません。それに、ポモドーロ侯爵の御子息様なら、いくらでも花嫁候補がいらっしゃるのではなくて?」


 三度目もなんと撃沈してしまう。


 そも、マリアベルはこの時、二つの喪失感の中で、『いつか、何かが迎えに来てくれる』と思ってはいた。

 だが、それが彼ではないことくらい分かっていた。

 このような軽薄な男ではない。

 もっと、優しくて、貴族らしくなくて。


 ——そして、どこか大人びて、彼女の全てを包み込んでくれる誰か。


 彼女の無意識が、そんな理想像を生み出しているとも知らずに、金髪の貴公子といずれ呼ばれる男のプライドは木っ端微塵にされてしまう。


 更には。

 それならば粗末に扱おうと思っていた少女は、貴族としての節度を身につけ、更には儚さまで加わって、世界中の誰よりも美しくなってしまった。

 まさに可愛さ余って憎さ百倍。いや千倍、億倍である。


 そんな中で学校生活が始まってしまうのだから、彼は「絶対にマリアベル許さないマン」になってしまう。

 そして、同じ世代にレオナルドが居た。

 彼もマリアベルに唾をつけようとした、という話を聞いた時はイラっとしたが、どうやら彼女は、その時とんでもないことをしていたらしい。

 毒物混入をした、という話までは信じられなかったが、彼を利用できるのは大きい。

 更に、シーブルも操りやすかった。

 アレもどうやらマリアベルに恨みがあるらしい。

 ゼミティリはおまけのようなものだが、同様に使えそうだった。


 本来なら、絶対に許さないと考えるだけで、それを計画に移せない筈の学校。

 権威を使ってはならぬという聖域だった。

 本来なら、恨めしく思いながら、ボルネーゼの失墜を待つしか出来なかった筈だった。


 だが、彼の場合は条件が揃い過ぎていた。

 彼が考える、マリアベル失墜計画は、マリアベルという魅力を使えば実現が可能だった。

 だから、彼は涎を垂らしながら計画を進めた。


 マリアベルの存在は『権威の象徴』で、目下の『自由と平等』ブームに相反する存在。


 本来なら、じわじわと追い詰めるくらいことしか思いつかなかった。

 でも、この世界の彼は、それでは物足りないのだ。

 失意のどん底に落とさなければ、彼の胸がすくことはない。


 計画は余裕で進行、マリアベルを追い詰めるのはこれだけ駒が揃っていれば簡単だった。


 だが。


 彼は見つけてしまう。

 本当に葬るべき存在を見つけてしまう。

 彼のプライドが砕け散ってしまった、全ての元凶を見つけてしまう。


 ボルネーゼがもう一つの王国と繋がりを持っていたことは知っていた。

 だが、氷で閉ざされた国、文明を維持することも厳しいという話だった。

 だが、そこで転入生の噂話。

 もしやとは思った。


 そして転入生を見た時に確信した。

 あれは間違いなく王の継承、紋章を持つ者に違いない。

 つまりは全ての条件が揃う。

 マリアベルはあの男と間違いなく出来ている。

 あの時フラれたのは、あの男のせいだ。

 確信できたのは彼女の目。

 彼を見つめたまま、動かない彼女の瞳。

 

 ——俺はこいつのせいで、負け犬になった。


 だから転入式の時、彼はあいつは絶対に殺してやると誓っていた。

 だから直ぐに殺そうとした。

 だが、その男はやはりイケ好かない野郎だった。


 ならば、本気を出そう。

 全力で、全コマをぶつけよう。

 それがあの日の計画。


 それがイグリースという、悲しき獣が誕生した理由である。


 アリアだったマリアベルはアイルだったアイザックと出会って、変わっていた。


 彼は彼女に勉強を教える教師、シーブルは『教師』という言葉に固執していた。

 そして、彼が居なくなった後も、赤い実を食べる習慣だけは残った。

 既に彼女がロザリーらにあれは食べられると伝えていたから。

 その習慣が、レオナルドのあの記憶へと繋がる。

 ゼミティリはおそらく、どっかで勝手に自爆した。


 とはいえ、マリアベルは運命の人と出会って、劇的に変わった。

 だから、悲しき獣たちと、複数形の方が良いだろう。


「絶対に惨たらしく殺してやる。」

「絶対にあんたには負けない!真実の間にいけば、あんたなんて!」


 そして、愚かな獣たちは中途半端に力だけを手にしてしまった。


「そうだね。俺たちが用意した真実の間で、君は裁かれる。光栄だろう?」


 その言葉の少女は絶望しかける。


「あんた、まさか……。止めて!触らないで!」

「その服が息苦しそうだからさ。ね?いいだろう?どうせ、死んでしまうんだ。だったら——」


 これがこの世界線の『黄金の世代』、この国の重鎮たちの息子たち。

 そして——

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