第17話 マリアベルの暗躍

 初等教育、中等教育の途中までは、それぞれの家に教師を呼んでいる。


 勿論、仲の良い家同士であれば、合同授業をすることもある。


 ただ、王家となればそうはいかない。


 それでも偶に子供同士を引き合わせるお遊戯会くらいには王子様も呼ばれる。


 そこでの一幕。


「でんか!でんか!あたしとあそぼ!」


 その言葉に振り返るのは三人の王子だった。

 その時から痛感させられることが、彼にはあった。


 目の前の青い髪の少女は、全然こちらを見てくれない。

 身長差は確かにあるが、よく似ていると言われている三人の王子。

 だが、彼女のアメジストのような瞳は、魔力でも篭っているのか、正確に第一王子を見抜くことが出来る。

 あんなに幼いのに、だ。


 その時は何も思わなかった。

 また兄か、くらいは思っていたが。


 そこから数年経つと、お遊戯会というより親睦会に近いものが催された。

 但し、その回数はかなり少ない。

 

 しかも第一王子、第二王子と第三王子では扱い方が変わってくる。

 レオナルドはそれについて、考えないようにしていた。

 その分、侯爵家との親睦を深められる。

 その友人の一人が幼女をからかっていた。


「王子様と結婚するんだったよなぁ、マリアベル。アピールチャンスだぞ。いつも習ってるダンスを踊ってみなよ。」

「はぁ?あたし、ダンスとか踊らないしー!」


 金髪の幼児が青い髪の女児を弄っている。

 王家の子と親睦を深めるとしたら、侯爵家以外にないらしい。

 しかしながら、あの青い髪の女児は対象外だった。


 そして、僕も対象外。


「ね。僕がダンスを教えてあげるよ!」


 銀髪の男児は、王家からも他の有力貴族からも白い眼で見られる女児に自分を重ねていた。


「え?嫌よ。あんた、第三王子、なんでしょ?興味なしぃぃ。」


 幼い子供ながらイラっとした。

 あの時、父に言われたことの次にイラっとした。

 ただ、金髪の友人は笑っていた。


「あは。レオナルド。気にすんなよ。こいつは変人だから!」


 その噂は聞いている。

 そして、友人はついでにと耳元で囁く。


「変に同情すんな。こいつと結婚したらどうなるか、お前だって知ってるだろ?」


 それだけ告げて、彼は彼女を弄りに行った。

 ボルネーゼ家は潰される計画だ。

 マリアベルは王の後継者と結婚して、その難を逃れようとしているのかもしれない。

 ただ、それは全て無駄な足掻き、それが自分の状況と重なって思えた。


 それから数年後、父から話を聞いた。

 いや、魔法具の不具合なのか、偶然聞こえてしまったという方が正しい。


「レオナルドには頑張ってもらわなければならない。」


 自分が期待されていると思った。

 だから、盗み聞きと知りつつも、目を輝かせたのを覚えている。

 ただ、そこには聞いたこともない話が含まれていた。

 父と兄ヨシュア、そして二人目の兄マルスの息遣いが聞こえてくるのだが。


「大人しく大公を名乗っておれば良いものを……。シュガーの残党は自分こそが正当な王族と思っている連中だ。」

「ポモドーロ侯爵からはイグリース、金の伯爵と呼ばれるグラタン家からはシーブル、軍務大臣の息子ゼミティリ、そして我が弟レオナルド。」

「それに父と長年の親友であるギズモ男爵が面白い人材を発掘したと……、ならばシュガーにも有能な若者が誕生している可能性がある。」

「そうだ。あと、これは計算には入れておらぬが、マリアベル。あいつも黄金の世代に相応しい能力を持っておるらしい。マリアベルを追い込みつつ、シュガー家には立ち入らせない。ここが正念場だな。我らの方が優れた文化を持っていることを彼奴らに示さねばならぬ。レオナルドには気張ってもらわねば。お前たちからも……」


 聞けば聞くほど、自分の話ではないことに落胆していく。

 だから、秘密の小部屋に討ち入りそうになる自分を抑えて、その場から離れた。


 そして、それからは全く別のことを考えるようになった。


「マリアベル。私と君なら——」

「殿下。今はそういう話をするべきではありませんよ。」


 内務大臣であるボルネーゼ侯爵が突然亡くなられた。

 その時にも彼は彼女に会いに行っている。

 葬儀の日ではなく、別の日に。

 辛さを紛らわせる為か、少女は庭で園芸をしていた。

 ラピスラズリで描きたくなる美しい髪、彼女は赤い実を摘んで籠に居れていた。

 父親が早死にしたことで、彼女の家を離れた者も多い。

 だから、貴族の手ずから庭仕事をしているのだと思った。


「辛かったろう。なぁ、今度二人でゆっくりと——」

「……大丈夫です。私は侯爵家の娘ですから。それに、そのお気持ちだけ頂いておきますね?」

「そ、そうか。確かに今は不味いな。それにしても綺麗……だな」


 ぎこちなく言ってしまった、彼女を賛美する言葉。

 ただ、少女ははにかんだ笑みで見当違いのことを言った。


「これ、美味しいんですよ。良かったら、殿下もお持ちください。」


 赤い実を差し出す、儚くも美しき少女。


 ——ただ、その幻想はここで終わる。


「殿下!ボルネーゼには近づくなとあれほど言った筈です‼献上品を受け取るなど、もっての外ですぞ!」


 付き人が急いで駆け寄ってきて、彼女の手から赤い果実を奪い取った。

 そして、少女はその場で呆然と立ち尽くしていた。


「……そう……ですか。そうですよね。」


 そう言いながら、我が家に帰っていく少女。

 確かに彼の行動は、反ボルネーゼを掲げる王にとって都合が悪い。

 献上品を受け取ってしまえば、その後でどうなるか分からない。

 だから、強引に連れ戻される、力なき王子。

 そして、城に帰って信じられない尋問を受けた。


「殿下、あの輸入物の植物の実を如何されるつもりだったのですか?」

「美味しいと……言われたから、受け取ろうとしただけです。父親を失った哀れな娘です。王家の一員として、慈悲の心は忘れぬべきです。」


 間違ったことは何一つしていない。

 例え、政治的に敵対していたとしても、今の彼女には何の力もない。


「……殿下。本当にそれだけですか?殿下の考えを聞いているのです。本当にただ貰っただけですか?」

「そうです。他意はありません。相手は打ちのめされている少女です。他に何を思うことがありましょうか!」


 慈悲を与えるべきだ、騎士ではないが、人々の上に立つ王族である。

 だから、それは間違っていない筈だった。

 だが、尋問官は肩を竦めて言った。

 自分を見失いかけていた第三王子に向けて、こう言った。


「分かりました。殿下を信じましょう。それにしても恐ろしい娘です。殿下、この外来品はあくまで観賞用の植物です。ですが、それだけではありません。それらに詳しいグラタン伯爵にも見て頂きました。そして判明致しました。……あれは毒物です。あの女は打ちのめされているフリをして、殿下のその優しさを利用したのです。」

「毒……?」


 体の底から震えが来た。

 どこからどう見ても、打ちのめされいる少女、健気に生きようとしている少女だったのに。


「宜しいですか?殿下はそれを知らなかった。」

「……はい、その通りです。私はそれを毒物とは知りませんでした。」

「受け取ってもいない、宜しいですか?」

「勿論です。……悪党からの献上品など、受け取る訳がありません。」

「宜しい。ただ、流石は悪党ですね。これは外来品として重宝されているもの。ただの献上品だったと言われるだけでしょう。本当に……、——危ないところでしたね。殿下。」


 マリアベルは悪党、彼女はそういう女なのだ。

 そして自分は、レオナルド・A・ユニオンという男は——


     ◇


 紫の髪、その色が溶けてしまっているのではないか、そんなことさえ心配な程、頭から汗が滝のように零れていた。

 脳も汗をかいているのか、それとも血圧が異常に高くなっているのか、喉が乾くのに嫌な汗も止まらない。

 水を何杯飲んでも、乾きが潤うことは無い。

 この妙竹林な変身魔法も早く解けてくれとさえ思う。

 だから彼は、少しでも体の拘束を解きたくて、ネクタイを緩める。


 そして、禁書だったろう本をドンと机にぶん投げる。


「……急に歴史の授業なんて出来るわけないじゃん。俺、こんな話聞いてませんでしたけど?これは言っておかなきゃならなかったんじゃないですか?そもそも、大事な生徒向けの歴史書を借りていったシーブルが悪い。いや、学生が図書室の本を借りることは悪くない、だがタイミングが悪い。いや、ネアンデールの奴が腑抜けなのが……、いやいや、王が早めに『お気持ち発言』とか『遺憾の意砲』を発動するのが先で——」


 ネクタイで首が締まっていたわけでもあるまいに、ソレを緩めるだけで愚痴が次々に口からこぼれ落ちる。


 ——イレギュラーな出来事が発端だから、何を信じれば良いか分からない。


 フェルエによる『平民呼び出し事件』の裏にマリアベルが居た、ゲーム内ではそう言われている。

 でも、アレは最後の裁判で何もかもを彼女に背負わせるための話で、そこで証拠は提示されない。

 モブ生徒達の証言だけ。


(だって、まだ有名シーンにも到達していないんだぞ?どうしてマリアベルに対して学校側が日和る必要がある?それにロザリー様も無茶ぶりが過ぎる!)


「序盤の茶番程度でこの始末だ。学校はもっと真面目に校則を考えるべきだ。クラス分けだってこう、平民と貴族を分けるとか……。それだと趣旨が変わってしまうけれども……」


 つい、学校のせいにしてしまう。

 これでは生徒たちと変わらないし、彼も今は学校側の人間である。

 だから、これはただの八つ当たりだ。

 やってしまった自分を誰かのせいにしたいだけ。


「……公爵家のその後の話は禁則事項タブーだったのか?いや、普通に考えれば禁則事項か。俺はなんで、あの時に諸島列島の話をしてしまったのか。もっとこう、普通の話を。……いや、白状するよ。俺はマリ」

「——なるほど、そういうことでしたの。」

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