第16話 機密の暴露
ベコン・ペペロンチーノの初講義。
そこで彼はライスリッヒ諸島と言った、だがこれは明らかなミス。
しかも平凡なミスを犯してしまう。
タイムパラドックスの話を意識していながら、早速タイムパラドックスを引き起こしてしまう発言。
このゲームの初見プレイヤーでも知っている話が、この国の一般常識だろうと誤認する愚か者だったという話。
「えと……、ボルネーゼ様と同じなのは納得できませんが、その話は僕も興味があります。いえ、図書室の歴史書には載っていない話ですし。ライスリッヒ諸島には様々な言われがありますし。それこそ都市伝説レベルの話まであって、僕にはよく分からないんです。」
更にドツボが待っていた。
険悪な仲と聞いていたシーブルまでもが、この話題に食いついてしまったのだ。
その瞬間、既に吹き出していた冷や汗が、大瀑布となってペペロンチーノの背広をびしゃびしゃにする。
立ち眩みを覚えるほどの脱水に、彼は二、三歩よろめき、黒板に寄り掛かる。
「いや、ちょっと待ってください。」
「え、どうしてですか?」
「くっ……、ここまでか」
黒板によって逃げ場を塞がれた、とまで考えてしまう。
質が悪いのは、未だに彼が気付けていないこと。
彼の誤認は、実は最初から始まっていたのだ。
「ゆ、有名な話ですよね。ほら……、だってヒーローは五人ですし、もうすぐ彼が転校して来るのだ……し。……ね?」
だが、そこでまた空気が凍り付く。
ペペロンチーノ先生は痛恨のミスを犯していた。
『五人だけに誤認』なんて駄洒落も、洒落では済まされないことをしている。
あれだけ、四大貴公子と騒がれていたのに、そこに疑問を持たない男。
生徒全員の目が見開かれたのだから、彼も何かをやってしまったと気付く。
だが、何がミスなのかが分からない。
(あれ、この反応は何?だって、そうじゃん。そういうゲームじゃん。ここはゲーム世界じゃん)
『四大貴公子』という言葉は、勿論知っているし、生徒たちの話、教職員の話からも彼は知っている。
そして、彼は公式ホームページに堂々と登場している、あのキャラの話をしようとしただけだ。
ゲームプレイする前に公示されているキャラクターであり、ネタバレ禁止の隠れキャラというわけでもない。
配信オッケーどころか、プロモーションビデオで最初に登場したキャラでもある。
更に結局、彼は無意識的にマリアベルにヒントを与えようとしていただけだ。
だが、やはり彼の認識は、まだまだ序の口レベル。
(アイザックは『私がシンデレラ⁉五人の花婿と悪役令嬢たち』のパッケージ真ん中にいる。しかも、狙い通り人気投票でも一位のキャラ。メインヒロインならぬ、メインヒーロー。流石に知らない筈がないだろ?ファンアートもアイザック塗れだよ?)
ゲームと、この世界を混同してしまっている。
どこからどう見ても、デジタル化していないこの世界をゲームの設定のまま貫こうとしている。
「あの……、転校ってどういうことですか?今までの学校の歴史でも転校という話は聞いたことありませんけど」
転校という言葉に、マリアベルの紫水晶の瞳が真円を描いた。
その眼力は凄まじく、ペペロンチーノは白手袋で丁寧に扱っている本に、うっかり汗を零してしまう程。
動揺して訳の分からないことを言ってしまう程。
「いやいや。転校生は花形ですからね、そういう感じの反応で正しいのです。転校生、憧れますよね……」
「は⁉何を言っているんですか?」
(本当にそう!俺は何を言ってんの!マリアベルが正しい!でも、納得がいかない!そういう登場、定番じゃん!今まで転校って無かったの?マリアベルの圧強いし!そんなことを言っているけれども、事実としてアイザック・シュガーは六月に、……えっと、後一ヶ月ちょいで転入してくるんだぞ!だから、今さら隠すようなことでもない筈だよ?ネザリアの婆さんからも特に禁則事項なんて言われていないし?——あれ?俺ってどこまで話したっけ。この世界の何をどう知っているか、詳しくは話したっけ。話していないような?でも、それって流石にネタバレだし。預言者だとか、運命だとか言われてさ。そうじゃなくて、こういうゲームって言える訳ないし?発売数年前に情報を開示したら、世界がおかしなことになるかもしれないし?)
ベコン、いやジョセフは、そんな意味不明な考え方でこの世界を受け入れていた。
本来、王の親族に割り当てられる爵位、公爵家が存在しないなんて話が、まずはおかしい。
レオナルドが第三王子なのだから、王の血族が他にも存在しているなんて、誰でも考えつくこと。
彼は単純にそう思っていた。
ゲームでもしれっと、彼は転入してくるから大した理由なんてない、そう思っていた。
それはそう、ゲームの方は恋愛がメインのご都合主義世界だ。
だが、ここはどうやらそうではない。
だが、この男はそれにまだ気が付いていない。
「あの……、大した話ではないですよ。公爵家の話を少ししようかと思っただけ——」
彼は視線を落とし、歴史書に汗が染み込んでいることに焦りを覚える。
そしてそこで目を剥いた。
焦って持ってきた本だったが、例え一分でも、ちゃんと目を通しておくべきだった。
彼は適当に本を開いたつもりだったが、実はそうではない。
数十ページ分が切り取られていたから、偶然でもなんでもなく、その切り抜かれた部分で本が開いたのだ。
——学校の秘密の書庫から持ち出した、国宝レベルの歴史書。
そこからページが抜き取られているのだから、どう考えても穏やかな話ではない。
のっぴきならない事情があったから削除された。
そして、先のシーブルの発言。
『ライスリッヒ諸島に関しては図書室で見つからない』
ちゃんと答えが出ている。
それは話してはいけない内容なのだ。
「公爵家?……侯爵家ではなく?そしてペペロンチーノ先生はライスリッヒ諸島の話をすると……」
「でも、ライスリッヒ諸島はユニオン王国から更に北にある諸島。氷に閉ざされた島々だけど、王族の領地と聞いたような……」
どんどん嵌っていく。
うっかり口にしてしまった公爵家の話。
それをマリアベルが、そしてシーブルが考え始めてしまう。
ただ、六月になれば解禁される情報には違いない。
(いやいやいや。考えたら分かることじゃないのか?公爵家が存在しないわけがない。でも、この反応ってやばいやつ!?もしかして、本当にこの国には公爵位が存在しないことになっている?——でも、俺も納得がいかない。とりあえず、探ってみるか。)
王族の親族がいない筈がない。
それはおそらく周知の事実。
「……えっと、シーブル君。公爵家の話は流石にご存知ですよね?」
「はい。二百年前までは存在していました。ですが、王位継承問題が発生して取り潰しになりました。」
だが、あっさりと答えが出てしまった。
しかも間違いなく、穏やかではない話。
(ふむ、そういう話……だったっけ?——なるほど、分からん!アイザックはなぁ、しれっと格好よく転校してくるんだよ!んで、公爵家の人間だとか設定で言われてたんだよ!)
王位継承問題なのだから、どう考えても大切な話。
でも、彼にとってのそれは、単にゲームの設定。
五年前には憑依していたとはいえ、彼はマリアベルの下支えになる修行を課せられていた。
それに彼女の父親として、この国の貴族の立ち振る舞いを学ぶに専念していた。
——そも、マリアベルの入学日からが、彼の異世界人生の始まりである。
それまでに彼が行動を起こすということは、ゲーム世界が最初から成立しないことになってしまう。
預言者にもそれが見えていたようで、実際に行動の制限を受けていた。
「そ、その通り。やはりシーブル君には敵わないですね。全くその通り、取り潰しになりました。ですが、簡単には行きません。つまり……その……、戦場がライスリッヒ諸島で……。だから戦いの跡を残す諸島は立ち入り禁止に……なったという話をしたかったのです……」
うっかり発言をしたのだから、これはもはや無能のフリをするしかない。
しどろもどろを通り越して、シーブルを何故か称賛しつつ、適当な嘘をついてしまう無能教官。
ここで漸く、頭を抱える理由を見つけられた彼。
(……これはやってしまっている!思い出した!アイザックはエンディングで確かに言っていた。自分は正当な王なんだって。なんだったかなぁ……。アイザック周辺はお菓子っぽい名前だった筈。……えっとラングドシャ、じゃなくて……。そう、マカロンなんとか。マカロン王国としてあそこは独立していたんだ。ってことは、王家が二つに分かれていたってこと⁉それがどういう経緯で公爵位を名乗ったのかは分からないけれども!っていうか、こんな直近でも不味いの!?多分、あれだよ?今、マカロン王国とユニオン王国で色々話し合っている最中だよ!いや、だから不味いのか。アイザックは王位継承権を持っているし、彼の生い立ちは——)
多分、いや絶対に間違いなくやってしまった。
だが、シーブルはベコンのその嘘に食いついて来た。
そしてこれが彼にとってはある意味で救いになる。
「……なるほど。それで歴史から消された。公爵家を討ち滅ぼした呪われた島……。いつかは忘れましたが、氷で閉ざされた海で、漁民が朝方に海で白い亡霊を見たという噂があります。その出どころは本当に亡霊だったが正解なのかもしれませんね。」
因みに、それは亡霊ではない。
北の諸島に移り住んだのは正統な王、もはや帝と呼ぶべき正しき血統はアルビノとして生まれやすいという言い伝えがある。
だが、無能教官がまだまだ心の中でツッコミ続ける。
(白髪、赤目の薄倖キャラは、ヒーローのド定番でしょうが!アイザックはもうすぐ来るから!今、多分転入届を書いてるから!きっとレオナルド辺りは知ってるから!……そんな目を向けないで!お願いだから話題を変えて?俺の一言、無かったことにして?)
『カーンカーン』
そして、そんな無能教官に本当の救いの鐘が鳴らされた。
彼は殆どを心の声と適当な嘘で乗り越えたが、授業の時間を考えると文字数が少なすぎる。
つまり、ペペロンチーノは殆どを無言の時間で乗り切ったことになる。
そんな彼は大きな本をバタンと閉じて
「い、以上です。来週からはネアンデール先生がきっと来ますから!」
と、逃げるように教室を後にした。
この顛末がベコン・ペペロンチーノという教師が、確かに存在したという証明となってしまうと考える余裕もなく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます