エピローグ

第51話 船上でハッピーエンド

 船は立派とは言い難いものの、しっかりとした造りをしている。


 一番目立つところに白い旗を掲げているのは、戦う意志がないことと、この船に白き王子が乗っていることのダブルミーニングである。


 中央の船にはボルネーゼ家。

 左右の船にはキャロット・ロズウェルらロズウェル家やレチュー・ラウらラウ家、そしてほかにも少数の弱小貴族が乗っている。

 サンダース子爵は、やはり架空の子爵家だった。


 頑強な船の甲板でジョセフは空を見上げていた。


 挨拶の時はアイザックに戻っていたが、出航となると別。

 建前を大切にするのが貴族、書類上はジョセフ・ボルネーゼでなければならない。


 だから、今は三十代の体である。

 ちなみに隣には17歳の娘がいる。


「ねぇ、やっぱり。最初からリリアちゃんと仲良くした方が良かったんじゃない?」


 中年の男性は、少女の言葉が聞こえているが、上を見たまま止まっている。


「分からないんだよ。そもそもが分からない。……ってか、あのさ、本当に大丈夫だったの?」

「大丈夫よ。それもこれもリリアちゃんのお陰なんだから。トマトって言われて気が付いたの。貴族はトマトなんて言い方はしない。蕃茄ばんかって言うんだから。私たちがトマトって呼んでたのを知ってたから、彼女は味方だって気が付いた。なんとなくだけどね。」


 少女の言葉に男性は視線を下ろした。

 やはり、結局はリリアだった。


(それに、あの時のリリアは何か違っていた。俺がペペロンチーノって見抜いてたし。数分の遅れが、彼女の尊厳を奪っていたかもしれない。全て、リリアのお陰か。)


「そこはあれだな。恋愛ゲームあるあるだな。」

「何よ、恋愛ゲームあるあるって。」

「なんでもない。予言の別名」

「予言の話はもういいわ。それにしても、お婆様が生きているし、私も生きている。私は卒業し損ねたけどね。世の中ってほんと、何がどうなるのか分からないわね。某・天才預言者殿。」


 半眼で睨みつける娘。

 でも、それに関しては何も言えない。

 言えるとすれば。


「俺だって父親役に先生役に大変だったんだ。それに実は自分がアイザックだってことを忘れていたんだから。」


 その言葉に少女は目を剥いた。

 さらには半眼に戻ってしまう。


「はぁ⁉……とんだポンコツね。そのせいで私の心は振り回されたんだからね!恋心を振り回される私の身にもなってよ。」


 ただ、次に目を剥くのは父親の方。


「え……、えと。マリーは俺がペペロンチーノでもあったって気が付いたから、抱きついてくれたんだよな?だって、そのお前はペペロンチーノみたいなのが好きで、アイザックは……」


 互いの耳が赤いのは海風のせい、かもしれない。

 この件については、今はここまで。

 そんなじゃれあいの中、ロザリーの声がした。


「二人とも、こんなところに。ネザリア様がお呼びですよ。しかも、とっても大切な話があるそうよ。」


 ロザリーの目が怖い。

 一応、この体の時は彼女の夫、ということになっているからかもしれない。

 そう思って、ジョセフはへこへこしながら、船内に向かう。

 マリアベルはというと、そそくさと歩いていってしまった。


「ほんと、あの二人には困ったものね。」


 と言って、ロザリーもネザリアのところに戻る。


     ◇


 船の客室の一番大きな部屋、艦長室なのだろうそこには大きな椅子が置かれていた。

 そして、白髪の見た目三十代の女性、ネザリアが座っていた。

 しかも、明らかに不機嫌そうに座っている。

 いや、もしかしたら具合が悪いのかもしれない。

 あと二ヶ月もしないうちに、彼女は死を迎える。


「ワシはな、其方に全てを託しておった。ワシは死ぬ運命じゃからな。それは最近、自分でもよう分かる。」

「お婆さま!それは何かの間違いでは?だって、こうやって生き延びられたではありませんか!」


 マリアベルが祖母に駆け寄ろうとする。

 だが。


「待て、急くでない。話を最後まで聞け。そういうところは昔から変わっとらんの、マリアベル。急な引っ越しで大変だったんじゃから、疲れて当然じゃわい。」

「そ、その節はすみません。どうしてもそれしか方法が——」


 今度はジョセフが深々と謝罪をしようとした。

 だが。


「じゃから、急くでない。其方がそのようだから、マリアベルも直らんかったんじゃな。でじゃ。……ワシはな、死ぬ前に荷物の整理をしとった。じゃから、準備の時間が余分に作れてな。家の者に蔵の中をひっくり返して、貴重品を残らず探させた。……するとな、面白いものを見つけたんじゃ。」


 そう、ここで。


「面白いもの?」


 二人の声が揃う。


「ワシはもう長くはない。じゃから、船の上でアイザックとマリアベルが結ばれるところを見てから死のうと思っておった。緊急にじゃが、手配もしておった。じゃが——」


 そこで『じゃが』と来ることに二人は焦りを覚える。

 何か間違いがあったのかと、「結婚は認めぬ!」というフレーズさえも思い浮かぶ。


「えっと……」

「あの……」


 無論、これは。


「箱の中からこんな書類を見つけたんじゃ……、見覚えはないかの?片方は昔、アイザックが書いておった文字のように思えるが?」


 そして差し出される『婚姻届』

 二人は唖然、呆然である。


「あれ、これ私の名前……?でも、この変な字って……」

「そ、そ、そ、それは日本語?カタカナで俺——」


 その瞬間、彼の紋章が輝きだし、ジョセフの体はアイザックの体へ。

 魔法の婚姻届の前では嘘偽りは許されない。


 そして——


「え⁉私達‼」

「俺達‼」


 二人の声が揃う。


「結婚……していた?」


 嘘偽りは許されないのだから、当然である。


 ——二人の記憶は、実はここで戻ってくる。


 マリアベルは頬を赤く染め、アイザックに至っては全身の毛細血管が広がり、全身が真っ赤に染まる。


「まだ、完成はしとらんよ。保証人がいるに決っとろう。アイザックが持つ初代ヨハネスの強大な魔力故、中途半端にじゃが無理やり九割程度まで成立しておったんじゃろう。言うてみたら、『許嫁』どまりじゃな。じゃが、ワシらの知らぬうちに中途半端に契約しおって!アイザック、作戦とはなんだったのじゃ?世界が歪むとは……、まぁ、良い。血圧が心配じゃ。ほれ、ロザリー、ペンを。」

「はい、お母様。それから、みんな、もういいわよ!」


 バン!


 と、扉が開き、そこから船中の人々が顔を覗かせる。


「はぁ。全く、若いもんは……、で、いいんじゃな?健やかなる時も病める時も苦しい時も貧しい時も、いや、当時のマリアベルじゃ。この件ももう済ませておるのじゃろう?」


 二人の手はいつの間にか握られており、ゆっくりとだが、しっかりと頷いた。


「あい分かった。ワシが証人じゃ。二人の結婚を認める!ここにおる全ての者もしかと目に焼き付けよ。」


 そしてネザリアはサラサラとサインをした。


 ——その瞬間。


 あの時よりもさらに強い光が紋章から放たれる。

 服を着ていても分かるほどに明るい光。

 ここに居る全員にもそれは見えているようで、皆の目がそれを追っている。


「すご……い」


 その光はここにいる全ての人間を包み込み、最終的にはアイザックとマリアベルの薬指に収まった。

 それから数秒?いや数十秒の沈黙。

 ロザリーが肩を竦めて二人に近づいた。


「マリアベル、それにアイザックさん———」


 その言葉に二人は目を剥いたが、後ろを見ると大勢の観衆が固唾を呑んで待っていた。

 流石にこれは。


「……マリアベル。愛しているよ。これからもずっと守ってみせる。」

「……私も貴方を愛しています。私も貴方を守り続けます。アイザック。」


 そして、幼少期に実はちょっとだけやっていた、ソレ。

 数年近くお預けだった口づけ。


 ——二人は目を瞑り、誓いのキスをした。


「おめでとう!」「おめでとう!」「おめでとう!」「お幸せに!」

 その瞬間、怒涛のように祝福の声が船内に巻き上がる。


 あたり一面から飛び交う声に、二人はさらに赤く、アイザックに至っては心配するくらいに真っ赤になったが、もみくちゃにされながら二人はどこかに連れて行かれた。



 そして——


「……お母様!」


 がっくりと項垂れる母にロザリーは駆け寄った。

 ここまで本当に無理をしていた。


 だが、この瞬間を見る為に、彼女は——


「あれ?……生きてる?」

「——そう、みたいじゃな。今、初代ヨハネスの声が聞こえた。保証人なのだから、もう少し長生きをしろ……とな。おそらくはロザリー、お前もじゃな。やはり王の力は偉大じゃった……ということじゃ。ボルネーゼの呪いを全て打ち消しおった。」

「そう……ですか。ではやはり……」

「あぁ、あやつはワシらの救世主で間違いはなかった、のじゃろうな」


 そして船上は、マカロン王国に辿り着くまで、お祭り騒ぎだったという。


 因みに、こんな場面もあった。


「あの……、マリアベル様……」

「許してもらいたいんじゃなくて……、謝りたくて……」


 オレンジの髪、緑の髪。

 その二人に青の髪の淑女は半眼を向ける。


「マリア。二人は俺を狙うって計画だけで……」

「アイザックは黙ってて。その後、あいつが何を考えていたか、大体分かるから。」


 キャロットとレチューは連れて来た。

 そして、今まで二人は姿を見せなかった。

 ずっと、謝るタイミングを見計らっていたのだろう。

 ただ、許してもらおうとも思っていなかったらしい。


「ここで私達は海に飛び込みます。」

「ここまで陸から離れたら、助かることもないと思います。」


 二人は甲板の端に立っていた。

 つまり、謝ってから死ぬつもりだった。


「ダメです。死なないように命令します。」


 でも、彼の大好きなマリアベルがそんなことを許すはずがない。


「でも!」

「私はもう!」


 今後、どうすれば良いのか分からない。

 買収されていた、マリアベルに薬を盛った。

 それでも、彼女は許すのだ。


「アイザック。貴方も私を随分、騙してきたわよね?」

「え?突然、俺?」

「俺、じゃなくて僕」

「あ、うん。僕……」

「そう、僕君は無茶ばかり。変装して、喧嘩して……。本当に私を振り回して……。それは確かに関係がないわね。ただ、二人がギリギリまで買収を拒んでいたことは知っているわ。」


 いつの間にか着ていたウェディングドレスの美女。

 何故、今ディスられたのか分からないタキシードの美青年。

 そして怪訝な顔の二人。


 ——それでも、マリアベルの考えは非常に簡単なものだった。


「私も母や祖母、……それに一応義父の為なら、私も手段は選ばない。だから同じ状況だったら同じようにしたかもしれない。でも、罪は罪。だから、キャロットとレチューの二人の償いは——」


 けれど、まだ見えてこない。

 そんな彼女が言った償いとは。


「私が一途な乙女だったことを証明することよ。だって、あれ……、ほんと……、まだモヤモヤするんだから!」


 そして白い目がアイザックに向けられる。

 そのアイザックは肩を竦めて、赤い目を二人の少女に向けた。


「そっか。マリアベルのコイバナを聞いているのは二人だけ。そして学生時代のマリアベルの行動を直接見ているのも二人だけ。そして——」

「そうよ!アイザックへの想い以外は話してる!つまり二人のオジサンに対する思いを、私はキャロットとレチューに相談してるの!いつか、どこかで私はオジサン趣味って噂されるかもしれないの!その時は必ず証言台に立つこと!あと、これからも親友でいるって約束して!あの時まで私は二人に守られていた。それくらい私にも分かる。親友でいてくれるかの方は……、私のお願いだけど。」


 その言葉にキャロットとレチューは泣き崩れた。


 そして、アイザックはあの日と同じように三人から離れて行った。


 都合の良い話、それでも許してほしい。

 彼女には親友と呼べるものはいなかったし、それに披露宴に友人のスピーチは欠かせないのだから。


 だって


 物語の終わりは幸せな方が良い。



「マリアベル、俺……」

「アイザック、私……」



 二人の行為が良いか悪いかはさておき


 彼らは見事にこの世界のルールの外で——


 


「————ずっと前から好きだったよ」

「————ずっと前から好きだったの」





 ——子供の頃の約束通り、結婚をした。



 そんな、甘いハッピーエンドがこの物語の一つの終わり方。

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