第50話 結末
王家が持つ軍港に三隻の船が停泊していた。
そして、とある一族が勢揃いしていた。
正確に言えば、とある一族ともういくつかの一族の数名もいる。
オレンジの髪、緑の髪の少女の姿もある。
彼らを見送るのは、これから国民を引っ張っていく者たち。
ただ、そこに白髪の青年の姿はなかったが。
目立つのは父と娘の姿。
「マリー、父親とはいえ、流石くっつきすぎではなくて?」
「そんなことはないわ。父と娘がくっつくのは当たり前でしょう?お父様は私を誰の所にも嫁がせたくないくらいに私のことが大好き。娘冥利に尽きるではないですか。」
「マリー、それは良かったわね。でも、私の顔も立たせて欲しいのですけれど。ここには私の知り合いも来ているのですよ?」
「それでは、お母様もお母様のお母様とくっついていれば宜しいですわね。」
とにかく仲の良い父と娘、と娘の母。
そんな家族の姿を主人公の少女は微笑ましく見守っていた。
「マリー。えと、今はお似合いじゃない……けど、お似合いだと思うよ。」
そんな少女の声を聞くと、マリアベルは頬を染めて少しだけ父親と離れた。
友人に見られると恥ずかしいという気持ちは持っていたらしい。
「……そ、そうよね、リリー。気持ち悪がられるわよね。でも、ありがとう、リリー。やはり、貴女はこの国の希望です。」
そして離れてしまった少女を名残惜しむ顔の父親は、これから王国を解体していく少女に頭を下げた。
「リリアさん、本当にありがとう。俺が蹴っていた理由のもう一つに気付いてくれて。それにマリーのことも……」
「そうでしたの!忘れるところでしたの。リリー、あの時言っていた事、なんだったんですの?確か、トマトが美味しい……、とか。確かにトマトは大好きですけど。」
すると金髪の、そして今は少し神々しく見える少女はスッと背筋を伸ばした。
「レオナルドはマリーが親切心で勧めたトマトを毒と勘違いしていました。でも、それはあの男が本当は貧民を見ていなかった証拠です。……ただ、あの時言ったのは勢いと言うか、……親近感が湧いてしまって言いたかっただけというか。」
フフッと青い髪のアレの娘が笑う。
そして、背の低い少女を抱きしめた。
「リリーは不思議な子。でも、確かにあの一言でリリーが敵じゃないって気付きましてよ。」
「私も。もし良かったら、お料理のやり方とかも教えてくれない?」
「あ……、えっとそれは」
「そうですね。そこから先は私とメルセス、それとロジアンがお話しします。理由は察してくださいね、救世主様。」
バツの悪そうなマリアベルと、クスっと笑うロザリー。
そして、確かにボルネーゼを救った救世主様もその意味を悟って半笑いになった。
「それにしても不思議だよね。マリーが他のお貴族様とは違って、民と同じ目線で歩いていたことは知っていたけれど、ボルネーゼではトマト料理が定番だったなんて。」
「……そうですわね。観賞用の植物をどうして食べる習慣が付いたのかしら。覚えていません。」
二人とも『真実の間』には行っていない。
あの『プロローグ』はあくまでプロローグ。
本編の解決には何の関係もない。
彼らは、持ち得る記憶と知識だけで、あの困難を乗り切った。
運が良かったのは、リリアの『聖女の器』が覚醒したこと。
——いつか語った通り、マリアベルとリリアのエンディング時期は異なる。
本当は終盤間近に起きること、その前に居なくなるマリアベルには関係なかったことだった。
ただ、ゲームの展開があまりにも早過ぎた。
それなら、エンディング間近のイベントである、主人公覚醒が起きてもおかしくはなかった。
それにもうすぐ、そのゲームのエンディングらしき出来事が、つまり国の崩壊が起きる。
「え、覚えていないの?でも、私が私自身の過ちを確信したのはトマトで間違いないよ!あ、そうだ、教えてもらわなきゃ。それじゃ、また後で!」
狂気に走った彼らの計画は完結間近だったし、あの後真実の間を利用するつもりだったから、リリアにはずっと掛けられていた精神支配の魔法が掛かっていなかった。
それに真の意味で、あそこは本来の主人公が本当の悪に気付くのが王道だ。
「ヨシュア様、それからマルス様、本当に私たちのことは調べなくて宜しいのですか?」
「必要があれば、召喚するかもしれませんが、まずは城内で抜刀していた二人から話を聞かないとなんです。リリア様の話を信じればですが、きっと貴女とここにはいない彼が呼ばれるのはずっと先、いえ、その頃にはこの国は無くなっているでしょうから、考えるだけ、無駄かもしれません。」
「そうですか……、それでは——」
「ジョセフ!ネザリア様がお呼びよ。」
「はーい。ちょっと失礼!」
話の途中で呼びされるジョセフ。
そう、早い展開が故に彼女はまだ生きている。
そして、ものの数分で戻って来る、白い貴公子。
「ん、どしたの?」
「事実上、この国の最後の王の御前で嘘はダメだってさ……」
というわけで、改めて、こっちのストーリーの方のヒーローとヒロインが横に並ぶ。
「おお、これはこれは。マカロン王国の皇太子殿下!お話がしたかったです。この度は大変申し訳ありませんでした。」
「いえ。僕が無理やり転入したんです。それに『聖女』様の話は真実でしょうが、僕がまだ無罪とは決まっていませんし。ヨシュア殿下、マルス殿下にもご迷惑をお掛けしました。」
深々と頭を下げるアイザック。
そして、それを見て慌てる銀髪の王子様二人。
「頭は下げないでください!……アイザック殿下。本当に国にお帰りになるのですか?」
すると、妖艶なまでに美しい青年はニコリとほほ笑んだ。
「えぇ。聖女様に古めかしい王子様とお姫様は逃げた方が良い、と言われましたので。」
エンディングは近い。
ズレていたとはいえ、上流貴族が殺される未来は変わらないかもしれない。
それに、上流貴族で一番有名だったボルネーゼが居なくなった方が、より平和的にエンディングを迎えられるだろう。
「法の原本に則れば、アイザック様がこの国の王、と言いたいところですが、更に原初を紐解いていくと、別の解釈が出来ます。些か単純ですが、魔力が一番高い者が国を導くことこそが、原点なのです。今でしたら、アイザック殿下と聖女リリア様のどちらか、ということになってしまいます。ですから、リリア様がそう仰られ、アイザック殿下がそのようにお考えでしたら、私共はこれから王家の解体、貴族制度の解体をすることになります。——先程は、あぁ申し上げましたが、私共としてもその方が助かります。きっと殿下が残ってしまえば、真っ二つに分かれてしまうでしょう……」
「兄上、その話はよそう。アイザック殿が困っておられる。兄上は心配性なんです。それに私から礼をしたい。私もあまり良い立場にはありませんでしたからね。感謝しています。……それより、兄上。我らはやることが山積みですぞ。私は私よりも辛い思いをしていた弟の力になりたい。」
「あぁ、そうだな。……それでは。私共はこれで。」
王子も大変なのだろう。
銀髪の王子が二人、まだ、解体していないので王子には違いない。
そのうちの一人が帰り際に振り返る。
まるでステレオタイプな古き良き古典探偵のように。
「そういえば、貴方は私たち兄弟しか知らない暗号を用いたとか。貴方は一体何者なんですか?」
牢獄の柵を蹴って呼び出した『彼』はレオナルドではなく第一王子ヨシュア。
レオナルドが来ることは最初から想定していた。
そして運良く、いや、それは野暮な話、主人公リリアが来ない筈がない。
「僕は元・預言者ですから。」
「そうじゃな。元でしかなかろうのぉ。ワシが死ぬ前にこんなことになるとは思わなんだぞ。それに……、これはこれは、わざわざお見送り感謝いたしますぞ、殿下」
「……相変わらず、お美しいですね。ネザリア殿。ふふ、申し訳ありませんが、貴女まで国を離れると聞いて、少し安心しました。」
「兄上!」
「良い良い。このまま残っておったら、このおいぼれは踏み潰されてしまうでな。」
「老いぼれには見えませんよ。それでは私たちはこれで。兄上、急ぎますよ。真実の間での尋問が始まってしまいます。それでは良い旅を、ネザリア殿」
マリアベルとアイザックは逃げた先でロザリーを探した。
マリアベルが裁判の為に監禁されていたのだから、あの場にロザリーは絶対に居る。
アイザックの姿のままでは動きにくかったので、そこでジョセフに成り代わって、あの場から立ち去った。
ジョセフとロザリーがマリアベルを連れていく方が人々からは自然に見えるから。
あの時は本当に間一髪だった。
リリアの迅速な行動がなければ、アイザックがイグリースを殺していただろう。
勿論、彼奴がそういう行為をしそうだったから、リリアがマリアベルに並ぶか凌駕する頭の良さで、一瞬で事件を解決したのだが。
「ネザリア様、お体は?」
「……もう少し持つじゃろう。マリアベル、本当に良かった。アイザック、本当に感謝しておるぞ。」
「止めてくださいよ。今生のお別れみたいじゃないですか。そういうフラグは要りませんよ。」
ボルネーゼ領、ネザリアを訪ねた。
そして、そのまま彼女とその親族をここに連れてきた。
結果的に全てがギリギリで間に合っていた。
未遂に終わっていたとはいえ、襲われたという心の傷は消えない。
もっと早く行動に移すべきだったという、懺悔の心は一生消えない。
「あ、アイザック君に戻ってる!それじゃあ気を付けて。あの二人には真実の間で洗いざらい白状してもらうつもりです。だから安心してライスリッヒ諸島にお戻りください。今の時期なら、氷の心配はないんだよね?」
「うん。真夏だから一番いい時期だね。」
すると、聖女はキョトン。
「見た目が変わると、喋り方も変わるの?この喋り方はアイザック君だ!」
「そう、ですね。僕にも分かりませんが、癖?みたいなものです。」
「マリー!色々片付いたら、遊びに行ってもいい?」
「勿論。でも、私もあっちがどんなところか知らないの。氷で閉ざされているくらいしか。だから、お手紙送るわね?」
「うん!待ってる!それじゃ、私も真実の間にいかないといけないから!」
真実の間に二人は行っていないのは先ほども述べた通り。
本当なら、二人が最初に行く筈だった場所。
あそこに行ったら、解決したかどうかは今となっては分からない。
ただ、一つだけ言えるのは。
「アイザック、どうしたの?震えている。私はもう平気よ?」
「……うん。あの四人を許せる自信はないけど、それは心に収めると誓ったんだ。だから、僕も大丈夫だよ。ただ、ちょっと……」
アイザックは震えていた。
——結果的にだが
未来が完全に変わった訳ではなかった。
『最後の一枚絵は何の違和感もなく完成する』
どれだけ近親婚を繰り返してきたのだろうか、第一王子と第二王子はレオナルドと似過ぎるている。
そして、ボルネーゼ家は今からいなくなる。
元々、ボルネーゼとマカロン王国は友好関係にあったのだし、あそこはまだ魔力本位社会。
ならば、暖かく出迎えられるだろう。
ただ、ユニオン王国目線では、これは島流しであり、この国には帰って来れない。
ヒロインがアイザックルートを選択しなかったのだから、アイザックがこの国から消えても問題ない。
それは死んでいったヒーローにも言えること。
ルートから外れ、登場しなくなれば、生きていても生きていなくても関係ない。
(マリアベルがレオナルドにトマトを持って帰らせようとしていた。でも、ボルネーゼ家では普通にトマトが使われていたから……。そういえば、昔、トマトは毒リンゴって言われていたんだっけ。それを勘違いしたのか。レオナルドは色々と不憫だな。)
と、今の彼の記憶のことはさておき。
これから処罰されるだろう貴族たち。
ポモドーロ侯爵関係者は勿論のこと、かなりの関係者がレオナルドとイグリースの口から出てくるのは間違いない。
成績を弄る行為にどれだけの教員が関与していたのか、ペペロンチーノが先に追放されていて良かった。
そして、間違いなく貴族の生首図は完成するだろう。
そこに市民の星であるリリアと彼女に平伏したレオナルドによく似た元王子が並ぶ。
二人いるのはご愛嬌、重なっていたという判定かもしれないし、第二王子もレオナルドルートでは登場するから、レオナルド役がヨシュアで、ヨシュア役がマルスと考えれば問題ない。
実は、予言通りになってしまう。
これがこの世界の強制力ということなのだろう。
つまり、まともにやっていたら助かっていなかった。
そう思って、白髪の青年は震えていた。
「それじゃ、ワシらは行こうかね。」
「そうですね、お母様。」
「そうですわね。ネザリア様」
そして、予定通り船に乗り、ライスリッヒ諸島へ逃げ延びる。
ユニオン王国はこれから解体されて、民主国家を目指す。
その後のことはゲーム上では語られない。
「うん。行こう、僕の故郷へ!」
アイザックもこれから先のことは分からない。
彼らはゲーム外に消える。
ゲーム上のハッピーエンドであり、彼らにとってのバッドエンドは無事に回避された。
ただ、このままでは物語の締めには相応しくない。
——だから、エピローグでこの先の話を綴る。
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