第40話 幻の海イベント
麦藁帽子を被り、この世界ではありきたりなモブにもたくさんいる茶色の髪を隠しているらしい。
眼鏡が一番の個性の男。
彼がどこかに案内してくれるらしい。
(絶対に罠だ。……こいつ、どこまで気付いてやがる?)
悪党とこの男は言った。
そう言われなくても、明らかに罠だと分かる。
それでもマリアベルの名前を出されたら行かざるを得ない。
彼女を守りたいから、……ここにいる。
「イグリース君も気が利きませんよね。世の女性は日の光を嫌うというのに。……それに君みたいな体質の人間もいるのにね。」
岩影には本当に洞窟があり、斜め下に降っているような感覚もする。
足場があることから、人の手が加わっていることが分かるが。
「ここは……、要塞の一部……か。」
赤い目の青年がぽつりと呟いた言葉。
すると、目の前でチラチラと松明が揺れた。
「よく分かりましたね。ライスリッヒ諸島ではよく見る風景なんですか?」
「あぁ。いつ王国に攻められるか分からないからね。」
幼い日の記憶。
海軍が存在したのかもしれない。
(本当にこの先に誰かがいる?罠なら、もう仕掛けて来ても良いはずだが?)
人気のない暗がりで、二人きり。
勿論、この先に彼の仲間がいて待ち伏せをしている可能性はある。
絶対に発見できない場所で殺害し、海に流されたと言えばよい。
もう少し先に丁度良い、殺害ポイントがあるのかもしれない。
だが。
「あれ?うちのクラスの女子がいない……。ももも、もしかして、地下洞窟の水位が上昇しちゃった?……アイザック君、不味いですよ。」
洞窟の奥は青い光が幻想的に浮かび上がっていた。
そして、彼が言う通りに湖が広がっていた。
水位が上昇したという話を信じるのなら、この水溜まりはどこかで海と繋がっているのだろう。
だとすると、更に殺害に適している気がする。
(流されて遺体が発見される可能性もあるか……。なら、溺死を装わせる?)
殺される前提で推理していたアイザック、彼が周囲を警戒していると。
「シーブル様、どちらですかー⁉」
知らない女の声が聞こえた。
よく見ると、洞窟内の海面の先に明かりが見える。
ただ、その光は海面に反射しているだけで、岩壁が邪魔でその向こうは見えない。
海面が低い時にはあちらに渡れるようになっていたのだろう。
でも、それなら時間が経てば解決することだ。
「戻れないんです!私たち、気がついたら帰れなくなってて、それで頑張って出口を探してたんです!でも、息苦しくて!」
(え?あからさま?)
何というか、確実に罠だ。
この施設は人工物だし、海の満ち引きを知らぬ生徒が貴族の学校にいるとは思えない。
「大丈夫だよ。ここは人工施設なんだ。だから、そこに窓があって——」
「鍵が掛かっているんです!だから……」
「鍵?……そうか、僕が持っていった鍵と共通だったのか。ぼ、僕のせいでみんなが……、どうしよう。どうしよう……」
その会話のやり取りを聞いている間、白髪の青年は海が本当に海なのかを調べていた。
例えば、海水に見えるこれが実は熱湯だったり、全てが強酸だったり、強アルカリだったり。
アルカリの場合は骨も残らないかもしれない。
(その場合は流石に洒落にならないんだけど、それは大丈夫そう。魔法の気配も……)
「酸素が無くなり始めているんだ。不味いよ、アイザック君。これが鍵だから早く彼女たちのところへ。さぁ、早く!」
「は?」
とても分かり易く。
——ドンと思い切り背中を押された。
アイザックはその意味が分からないまま、海水へと飛び込む。
確かに鍵付きの紐の輪を首にかけられた。
しかも普通の鍵。
呪いのアイテムでも、みょうちくりんな魔法具でもない。
(なんだ、これ。いつでも攻撃チャンスはあった筈だ。狙いがさっぱり分からない。さっぱり分からないけど、本当に向こうに誰か居たのは事実……か)
まさか海に入ることになるとは思っていない。
水着も何も持っていないし、今は制服にローブという夏の海に似つかわしくない姿。
だが、それは気にしなくても良い。
人間のポテンシャルが異常に高い異世界ファンタジー世界である。
この程度では溺れない。
彼が心配するとすれば、
(制服の着替え、持ってきてたっけ?)
くらいしかない。
———だが
外でも思っていたが、かなり綺麗な海だった。
透明感が前世の海とは比べ物にならないほどに違う。
ボルネーゼ領では隠れ住んでいたし、マカロンの海は冷たすぎる。
この世界で初めてのちゃんとした海水だ。
そして、岩壁を潜り抜け、海中から見上げたそこで女子生徒を見つけた。
しかも見知った顔だった。
ザバッと海面から顔を出した彼はそこにいるメンツに驚愕した。
「本当にBクラスの女子生徒たち?……マリアベルもちゃんといる?」
「アイザック様、鍵はございますか?」
彼は、ほい!と海から上がりながらキャロットに鍵を投げた。
するとオレンジの髪の少女はそれを受け取って、窓を開けた。
そこではっきりと分かる。ここは秘密の砦だ。
もしかすると、その穴から海上の敵に魔法を放ったりするのかもしれない。
(いや、問題はそこじゃない。シーブルの言葉は本当だった?何のために……、——いや、それは流石にないか。)
「みんな、大丈夫かい!良かった!こっちの鍵も無事に開いたよ!」
そして何故か、ガチャと別の場所の鍵が開く音がした。
その後、聞こえてくる、さっきまで聞いていたメガネからの声、メガネが本体の青年。
「シーブル、お前……」
「泳ぎが苦手な僕より、君の方が適任って思ったんだよ。島国で生まれ育ったんだしね。それに念の為にこっちのドアも開けておきたかったんだよ。……ほら、みんな、彼が風邪を引いちゃうよ。火を起して彼を温めないと。キャロット、レチュー、彼の服がずぶ濡れだ。ん、もう!気が利かないな。いつもマリアべル様のお手伝いをしていたんじゃないのかい?」
その内容を聞き、アイザックは半眼で彼女、娘を見る。
すると、彼女は肩を竦めた。
「キャロットとレチューが良い場所があると、私たちをここに連れてきたんですの。彼が何を考えているのか分かりませんが、流石に風邪を引いてしまいますわよ。服をお脱ぎになった方が——、……う!」
突然、こめかみのあたりを触りながらよろめく少女。
ただ、倒れるとかそういう感じではないらしい。
そして、別の女性が割って入ってくる。
「マリアべル様、ここは私たちがやっておきますから、その辺で待っていてください。」
シーブルの言われた通りに二人がアイザックの服を脱がす。
二人だけではない。
他の女子生徒までが参加して来た。
皆、嬉々として服を脱がしていく。
娘さえいなければ、アイザックも嬉しく感じた、かもしれない。
いや、そんなまさか。
(ちょ、どこまで脱がすつもり?確かに海水でとんでもなく気持ち悪いけれど。狙いは何なんだ?少なくとも彼女の目はこれは罠だと教えてくれた。問題はどんなタイプの罠か、ということだが。)
彼が一番恐れているのは、ハニートラップ。
ここには世界で誰よりも大切な娘であり、大切な『 』である彼女がいる。
そして少女はまだ自分には打ち解けていない、と自信を持っていえる。
「マリアベル様、それにみんなも。僕はもう大丈夫だから、シーブル君が来た出口から外に避難した方がいいんじゃないですか?」
本当に困る。
ここには『 』がいるのだ。
すると、誰もがキョトンとする。首を傾げる。
「避難……ですか?私たちは別に避難するような状況ではないのですが。」
女子生徒の一人がそう言った。
(ん?つまりマリアベルの言葉のみが真実?まるで意味が分からない。それよりマリアベル、さっきフラついてなかったか?)
誰よりも彼女が心配だ。
ただ、その途中で少女たちによる、アイザックの脱衣行為が止まる。
ちょうど上半身が裸になったところで。
(あ、そうか。俺って世界で一番人気……、いやあれはプレイヤー目線だったんだっけ、結局。それよりも『 』が心配だ)
だから彼はマリアベルを探す。
そんな時にレチューが大きな声を出した。
「シーブル様!……も、も、紋章が!……アイザックの背中には王の紋章が御座います‼」
『紋章』という言葉、
それがついにアイザックの耳に触れる。
◇
紋章?
紋章って何だっけ。
とても大切なことだったのに、思い出せない。
いや、紋章というくらいだから絶対に大切な筈だ。
あれ?
待って。
そうだよ、物凄く大事なことじゃん!
アイザックが何故正統な後継者かというと、見た目だけじゃないんだよ。
彼の背中には王の紋章がある。
彼はリリア争奪戦で他のライバルヒーローから出自を疑問視される。
そりゃ、みんながリリアを好きになるんだから、そんなことを言い出す奴もいたりして。
——あれ?
それを追求するやつって、確か——、あれ、分からない。
分からない、何かを思い出せないけれど、これだけは思い出せる。
——リリアがアイザックルートを選択した場合の話。
このゲームでは婚約が大きな意味を持つ。
しかも。
互いの愛を確かめ合うことに大きな意味がある。
リリアがアイザックと婚約すると……確か紋章が輝き出して、それから……
……えっと、それで……なんだっけ。
アイザックにとって、それはすごく大事なことなのに、
俺にとって、なんだっけ?あれ、……ど忘れ?
ここに来て、脳年齢がおっさんってこと⁉
確かに数あるゲームの中、このゲームをここまで覚えていられたこと自体が奇跡に近い。
そして、あれも。
あれも聞かなきゃ。
俺がこんなんだから、絶対に大切なことを忘れているんだろうけど。
だから、主人公リリアがあんなタイミングであんなことを言ったんだ。
ほんと、どうして俺は、こんなに……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます