第39話 四天王二番手
シーブル・グラタンは両親の仕事上、弱みを握る方が多い。
だから逆に、弱みを握られたくないと考えている。
そんな理由で、彼はイグリースが大嫌いだ。
あんな手で弱みを握られるなんて、卑怯者のすることだ。
自分のような卑怯者のすることだ。
本当はマリアベルの所有権が欲しかった。
自分よりも上の貴族のご令嬢をオモチャにできるなんて、格別な喜びだろう。
グラタン家の血を要らぬと言った、ボルネーゼ家をボコボコにしたい。
あの日、まるで相手にされなかった彼女にありとあらゆることをしてやりたい。
どんどん魅力的になっていく、彼女に服従させたい。
ただ、弱みを握られたなら仕方がない。
だから僕は『使用後のリリア』で手を打った。
(でも、僕の推理が正しければ、あいつも考えを改めるかもしれない。というより、それを手にした時のマリアベルを想像するだけでも、胸が熱くなる。)
——それなら、その取引も反故にできる。
本計画はイグリースとレオナルドの立案によるもの。
亡国の脅威を未然に防ぐことで、レオナルドの存在価値を高める。
その後に、平民の希望の象徴『リリア』とレオナルドが婚約する。
侯爵家以上の人間ならば、彼女の心を魔法で支配できる。
だから、そこは問題ない。
そして、イグリース達が焚き付けた下級貴族と、ゼミティリが唆した平民の軍隊が、シーブル、グラタン家が持つ資金を元手に立ち上がる。
個でやれば、十年近くかかるかもしれなかった計画が、それぞれが協力する事で一ヶ月で成し遂げられる。
つまり、王都を陥落できる。
厄介なネザリアの没後を狙っていたが、それぞれが協力する事により、彼女も脅威ではなくなった。
魔力の時代が終わろうとしているのは、それぞれの貴族が所有している領民の人数が増え続けているからだ。
どれだけ強大な魔力でも、千の、万の凡人が叩けば、簡単につぶすことが出来る。
だから、時間の問題だった。
だが、その口火を切れる者がいなかった。
扇動する者が先に潰されたら、千も万も瓦解してしまう。
でも、黄金の世代が組めば別だ。
リリアさえ居れば別だ。
異なる領地を越えて、平民が立ち上がる。
(あとは悪の元凶を探すだけだ。領民が立ち上がる大義名分を手にすれば僕の勝ちだ!アイザック・シュガーとベコン・ペペロンチーノの繋がりを見つければ僕だけの勝ちだ‼)
イグリースの推理はアイザック・シュガーとボルネーゼ家が直接繋がっているというもの。
でも、シーブルの推理はその間にペペロンチーノがいるというもの。
イグリースの計画の中に『マリアベル』がいないところがポイントである。
「あのマリアベルの反応は間違いない。ベコンと恋仲だった。ベコン・ペペロンチーノも王子に逆らってまで彼女を救おうとした。つまりそういうことだ。Q.E.D、証明は完了しているんだ。僕がベコンの生殺与奪を握ってしまえば、あのマリアベルが泣いて媚びへつらうに決まっている。」
そうなれば、『使用後のリリア』ではなく、『使用前のマリアベル』を手に入れることができる。
シーブルには、イグリースが何故あそこまでマリアベルに固執するのか理解できない。
彼の計画にはマリアベルは必要ないのだ。
「許嫁を断られたという噂は聞いたことあるけど、それは昔のことだし、あれはボルネーゼ家が王族を狙っていたからだ」
惨たらしく、殺したい理由に繋がるとは思えない。
そんなことをしても一銭も得をしない。
勿論、それを言ったらシーブル自身もそうなのだが。
彼もマリアベルに固執している。
最初からそうだった。
子供の頃に、彼女に一目惚れした瞬間から固執している。
『貴方にも良き教師がいらっしゃるの?』
その言葉を今も覚えている。
教師!それはベコン・ペペロンチーノのことではないのか?
あの頃から、マリアベルの心は‼
怒りで高級なガラス細工を壊しそうになる。
いや、壊してしまった。
でも、問題ない。
こんなものはいくらでも買える。
でも、マリアベルは買うことが出来ない。
そんな彼女も乱暴にしたら壊れるのだろうか。
大丈夫。
壊れないように大切にするから。
その為に!
僕が勝たなければならない‼
「とにかくアイザックだ!あいつに紋章がなければ、公文書偽証罪に問えるかもしれない。王族が紋章を調べる事はないって言ってたんだ。それはそうだよね。自分たちの首を絞める行為だ。そして転校する前にペペロンチーノが処分したって証拠になる筈だ!それかあいつに無理矢理にでもペペロンチーノとの繋がりを白状させるんだ。なんなら生徒を買収して、あいつのハーレムでも作ってやろうかな。ずっと悪口を言われ続けていたんだ、ひょっとしたらひょっとするぞ。」
計算が合っているとか、合っていないとかは関係ない。
ユニオン王国にとってアイザックは目の上のたんこぶに違いないし、ペペロンチーノは死人に口なしも同然だ。
『平等』ブームに乗れば、王族は嬉々として罪人認定してくれる。
黄金があれば、表も裏も自由自在。
——さて、現実問題。
彼が正しい、なんて誰も思っていない。
ただ、彼は焦りの余り、周囲が見えなくなっている。
イグリースには弱みを握られている。
その上で、シーブルもマリアベルに固執している。
だから、ペペロンチーノという自分が見つけた罪人に、拘り続けている。
「僕が先にマリアベルを従順な犬にしてみせる。」
◇
青い海、青い空。
ここに来てもう二週間かぁ!
少年が心の中で囁いている。
しかも、ここはお貴族様のプライベートビーチだ。
なんて綺麗な海なのだろう。
「だが!俺は日光に弱い!水着にもなれない!これってイジメの延長ですか⁉」
木陰で一人、分厚いローブを被っている青年。
結局、成績発表以降、娘と話すことが出来なかった父親の顔も持つ彼。
「しかも日差しが目に痛い。……ま、いいんだけれども。いいんですけれども⁉」
一人でブチギレている彼は、水着姿の生徒が織りなす甘い青春風景を眩しそうに見つめた。
やはり、青春は輝いている——
女子と海水浴は見ているだけで、目が痛い。
「本当に目が痛いんだよ!っていうか、このゲームに臨海学校イベはないっつったろ‼んで、もっとあるぞ。この時代のお貴族様の御令嬢が人前で肌を晒すわけがない。みんな、ゴツいスエットスーツみたいな服を着てるし!んで、見渡す限り男の裸ばかり。裸なのは男ばかり——って!それは当たり前なんよ!これは、乙女ゲームですよ‼」
ただ逆に朗報もある。
「ってか、安心したぁ。娘のあられもない姿を他の男に見られるとか、虫唾が走るんですけど⁉」
更に。
「って、俺は服脱げないから、暑いんですけど⁉俺の人生に海は関係ないって思っていた時期もありました!って、イケメンになったとしても同じく海はNGですか⁉」
だがしかし。
「って、やっぱツレぇだけじゃねぇか‼国家転覆の冤罪を掛けられそうになっている上で、期末試験でバカ認定されたからね⁉」
海に向かって叫ぶという『青春ミッション』だけは達成されたらしい。
いや、要らんけど‼
「アイザック君、泳がないの?」
叫びすぎて、誰かが声を掛けて来た。
流石に突然話しかけられて、しかもアイザックの喋り方ではない時に話しかけられたから両肩が飛び跳ねる。
とはいえ、声の主が誰かは直ぐに分かるのだが。
ただいま、取り扱いに非常に困っているメインヒロイン様だ。
兎にも角にも、今はアイザックに徹しなければならない。
今しがたの彼の精神年齢は三十路前後だった。
「……えと、リリアさん?すみません、僕、肌が弱いので日差しは苦手なんです。」
白髪の青年の言葉に、ヒロインは驚嘆した。
「ええ⁉そうだったの?……それじゃあ、辛いだけだよね。みんなに誘って来てって言われたんだけど、私からそう伝えておくね。多分、みんなも知らないから。」
多分、王族系は知っている、と彼女は思わないらしい。
——が、この世界観では仕方がない。
「うん。リリアさんはこの世界のヒロインですから、僕はいない方がいいですよ。」
少女はただ、目を剥いた。
そして、そのまま数秒間立ち止まった。
水着と呼べないコスチュームなのが、残念だ。
可愛い水着とはいかなくても、スクール水着であれば、完璧なギャルゲーのイベントスチルだ。
「リリアさん?」
「あ、……えと。こうやって日陰で見ると、前にどこかで会ったような気がして。」
ゾクリとする言葉。
メインヒロインの直感はある意味でプレイヤー目線。
別名・神視点の可能性もある。
「いやいや、リリア!何を言っているんだ?きょ、教室も日陰みたいなものじゃん?……じゃなくて。えと、せっかくの海なんです。みんな待ってますよ。」
すると今度は、何故かにっこりと微笑む少女。
「アイザック君って、お貴族様っぽい時と普通の人っぽい時のギャップがすごいね。この学校で初めて会うタイプ。もっと仲良くなりたいな。」
(リリアさん?俺を口説きに来ないで⁉娘が見てるかもなんです‼見てるんです!絶対に!多分!もしかしたら!)
この後に及んで娘でもないが、そういう気持ちでいないと、少女に気持ちを持っていかれる。
「あの……、僕には近づかない方が良いと思いますので……」
「そっか。そうだよね。ごめん、私には何も出来なくて……。えと、それじゃあ、みんなの所に戻るね。」
そして少女は海に向かって走っていった。
そんなメインヒロインが見えなくなった頃。
ルビーのような瞳に影が射した。
「……はぁ。全く懲りないですね。次は僕の噂話で有名なグラタン伯の息子さんですか?」
「うん。国を乗っ取りに来た悪党さん。」
このメガネ少年が悪い噂を立てているのは知っている。
だが、今回は不意打ち魔法では来ないらしい。
「日光に弱いというのは本当だったんだね。このまま焼け死んでしまえ……と言いたいんですが、マリアベル様に使いを頼まれたんです。Bクラスはマリアベル様の要望で、みんなで日の当たらない洞窟にいます。だから、ちょうど良いのではないかって。」
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