第37話 ズレていた世界
469年前にユニオン王国は建国された。
そこに王国が作られたのは自然な事だった。
南北と西を海に囲まれ、東には大山脈がそそり立っている。
だから、異民族に攻められにくい土地だった。
気象変動が少なく、鉱物資源を含む鉱山も多く、肥沃な土地だった。
土地は食べ物を産み、人を産み、富を生む。
——その要となっていたのが、『魔力』だった。
人々は、農耕、採掘、加工の大半を魔力に頼っていた。
だから、魔力が高い者の所に富が集まっていく。
そして、その時代もいつしか終わり、技術が富を生み始めた。
だが、ここで問題が生まれる。
人々は争いにも魔力を使っていた。
だから魔力が高い者がいなければ、治安が維持できないから、富が守れない。
法を作っても、魔力が高い者がそれを取り決めなければ意味がない。
そんな世の中で魔力が高い者が長になるのは想像に難くない。
強い者がいるからこそ、人々は安寧に暮らして行ける。
その生活は人口増加を産み、富を更に増やしていく。
人口増加の中で、膨大な魔力を持った者が何人も生まれるようになった。
その後、増えすぎた人々が土地を巡って争うようになった。
ただ、豪族同士が争う群雄割拠の時代は百年ほどで突然終わりを告げた。
この地を纏め上げるに値する魔力を持つ者が現れたからだ。
——それが469年前のヨハネス王である。
ヨハネス王が初めに行ったのは法の整備、各地の豪族に位を与えることだった。
そして、位に応じて彼らにその地を統治させる。
強力な魔力を持つ王が居たから可能な事だった。
そこから先が、絶対王政に近い封建社会、ユニオン王国の歴史である。
王が一番強いのだから、王の血族が一番強いのだから、位によって相手の強さが分かるから、争いが起きにくくなる。
結果として平和になったのだから、人々は希望を持って生きることができる。
「魔力に秀でた王家の血筋が重要で、それを途絶えさせないことが更に重要だった。だから公爵家も普通に存在していたんだよね。」
シーブルが歴史書を広げながら、秘密にされていない歴史を語る。
メタ要素を含ませるなら、アイザックの登場により開示された文章である。
「世代を重ねるごとに土地が足りなくなる。だからその後、長子相続法が作られた。そうしないと、王族だけでなく、領主たちも次第に力が弱まっていく。また、群雄割拠時代に逆戻りだ。だけど、それで後継ぎ問題が発生するようになった。貴族は貴族で問題が発生し、王族は王位継承問題に頭を抱えてしまう。」
と、イグリース。
「それもあるが、もう一つの問題の方が大きかった。血が濃くなりすぎることによる、先天的障害の発生だ」
レオナルドがそう答えると、その言葉にシーブルが飛びついた。
「もしかして、メラニン細胞の欠如、アルビノもその一つ?レオナルド君の髪がこの国では珍しい銀色ってのも色素が他の人と違うから……とか?」
すると、銀髪の彼は静かに頷いた。
公爵家は王家の近親なので、その答えには辿り着きやすかった。
「それも先天的障害の一つに過ぎない。それ以外の先天異常も多数見られた。そもそも子供が生まれにくくなってしまう。そして王族は血筋に拘りすぎることも問題だと悟った。だから、他の貴族との婚姻も視野に入れなければならなかった。」
「だが、それでは王の血筋が国中に散ってしまうのではないか?」
知性も理性も感じさせない男が、ここに来て理知的な発言をする。
「確かに。貴族階級でも王族に匹敵する魔法使いはいる。例えばネザリア・ボルネーゼとか?だいぶ老いぼれてはいるけどね。でも、流石にそれくらいは分かるよ。それでも、王族は400年以上王族だったんだよね?ちゃんとルールがあったってことだよね。勿論、公爵家を置かないという今のルール以外のものが。」
イグリースの言葉にレオナルドは半眼を彼に向ける。
親友と言うわりに、痛いところをズケズケと聞いてくる。
そして、その内容こそが絶対に言ってはならないことであり、おそらくは切り取られたページに書かれていたこと。
——実は、レオナルドはページが切り取られたのは、かなり以前のことだと考えている。
どう考えても、王族関係者が抜き取ったとしか思えなかったからだ。
ただ、彼奴が現れた以上、味方は多い方が良い。
それに先に話してくれたイグリースが舞台から下りると言ったことも大きい。
その理由もレオナルドは知っているから、彼は信用できる。
(だが、他の二人はどうだ?シーブルとゼミティリは信用できない。)
けれど、ここは未知の世界線。
こんなことも起きる。
「シーブル、ゼミティリ。俺、実は二人のことも調べているんだ。ま、ゼミティリについては調べるまでもなかったけどね。君はもう後戻りができないんだから。」
その言葉にゼミティリは目を剥くが、レオナルドもシーブルも半眼になっているので、そのまま項垂れた。
「そ、その通りだ……。父上になんと申し開きをしてよいか……」
「そうだね。でも、レオナルドが実権を握れば、そんなもの関係がなくなる。そうだよね、レオナルド。」
レオナルドが今度はイグリースに半眼を一瞬だけ向けたが、その通りだけに渋々頷いた。
「国の再編をするつもりだから、当然だな。でも、シーブルはどうなんだ?」
「うーん、僕はねぇ——」
彼の言葉に目を剥く三人。
だが、彼らしいと言えば彼らしかった。
——だからレオナルドは瞑目して覚悟を決めた。
「分かった。皆、私について来てくれるということだな。ならば明かそう。切り抜かれたページに書かれていたのは、『紋章戦争』の歴史だ。」
「紋章……戦争?」
三人ともが流石に初めて聞く言葉だった。
それもその通りで、王族しか知らない言葉、尚且つ『死語』だったから。
「初めて聞く言葉……だね。でも、もしかして継承者には紋章がある……みたいなこと?もしかしてレオナルドの体にも紋章が?」
イグリースさえ、知らない言葉。
それでも紋章と言われたら、それくらい想像できる。
「いや。残念ながら私にはない。そもそも二百年間、紋章を持つものは誰も生まれていない。王家にも、他の貴族にも。」
実に簡単な話だった。
「つまり、二百年前に公爵家と戦争をしたのは、公爵家に紋章を持った赤子が生まれたから?」
シーブルが言ったが、ここまで話を聞けば誰でも想像がつく。
「——その通りだ。初代ヨハネスは一族の血に紋章が浮き出る魔法を掛けていた。継承者のことをその頃から考えていたのだろうが、……それは悪手だった。そのせいで、王家は近親婚を繰り返したのだからな。」
「そか。それを公爵家が逆手に取って、勝手に王族を名乗ったのか。血を薄めるように王家は動いていたのだから、紋章を持つものも生まれにくくなる。なるほど……、それで紋章の存在自体をなかったことにしたんだ。でも、それならなんであいつはその文章を……」
シーブルが嬉しそうに会話の主導権を奪い取った。
だが、彼の言い分でも、王家が歴史を切り取ったとなる。
「公爵家ではない。今はマカロン島で王を名乗っている。それにシーブル、その文章のことだが——」
公爵家は既にいない。
彼らが公国を名乗ってくれたら、少しでもマシだったかもしれない。
だが、彼らは逃げ延びた先で、自分たちが正統な王の血筋だと言い続けた。
公爵家について、ずっと気になっていたのでそこは否定できたのだが。
「分かった!そういうことか。レオナルド君の話だと、紋章を持つ人間はもう生まれないってことだ。だったら、アイザックは紋章を持たないんじゃないかな。つまり偶然生まれたアルビノの赤子をユニオン王国の正統な継承者に仕立て上げたんだ。で、偶々学校でその記述を見つけたからあいつはその部分を切り取った。やっぱりあいつは公爵家……じゃなくてマカロン?そこのスパイだ!よし、こうなったら、徹底的にあいつの正体を暴いてやるぞ。殿下、あの約束、忘れないでよね!ゼミティリも行くよ!君にはあの男を監視してもらわないといけないんだから!」
そして、二人は風のように去っていった。
シーブルとしては知りたかった内容が聞けたのだ。
これ以上、ここにいても無意味だ。
寧ろ、あの男を放っておく方が不味いと思ったのだろう。
——そして、二人残された部屋に静寂が戻った。
「イグリース、これで良かったんだよな。」
一応、レオナルドの計画通りに事が運んだ。
でも、計画立案者に確認したくなる
すると、彼はやはりこう答えるのだ。
「問題ないよ。俺はボルネーゼ家、いやマリアベルを殺したいだけなんだから。」
そして、レオナルドはこう言う。
「済まないな。汚れ役をお前に託してしまって……」
すると、王子の親友はこう答える。
「君の手を血で汚すわけにはいかない。……それに俺の方があいつを殺したいと思っている。これは譲れない。」
そして。
「ふ……、私が殺されかけたというのに。お前という奴は……。済まないな。」
「気にするなって。——俺たちは親友だ。」
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