第36話 ズレていく世界
リリアはAクラスを訪ねていた。
レオナルドとイグリースのいる教室。
どうやらAクラスは豪華な教室になっているらしい。
因みに、シーブルの話ではA、B、Cの順に豪華さが異なっているらしい。
「どうして?アイザック君は何も悪い事はしていないよ?」
リリアは今の学校の雰囲気をどうにかしたかった。
だからレオナルドに相談しにこの教室に来た。
だが、彼らは彼女と真逆のことを考えていた。
「リリアちゃん、何も悪いことをしていないんじゃなくて、アイツはこれからする予定なんだよ。彼は、俺たちの国を壊しに来たんだよ?」
普段は絶対にリリアを否定しないイグリースも、アイザックには否定的だった。
お互いに切磋琢磨してきた彼ら、時には互いを否定し合う彼らが、ここまで一人の人間を否定する。
それはまるで、あの時と同じだった。
「また、過去の話……なの?ボルネーゼが過去にこの国を滅茶苦茶にした……。その話と同じなの?マリアベルさんは何もしていないもん!アイザック君だって!」
「リリア、一つ訂正させてもらおう。マリアベルは王族に毒を盛ろうとしたことがある。……公にはされていないがな。」
それは本当にあったこと。
ただ、彼は受け取らなかったし、受け取ったとしても観賞用の植物という記録にしかならない。
「嘘……よ。そんなことする人じゃない!」
それはリリアにとって初耳だった。
だが、彼女はリリアを助けてくれた凄い人。
あの人がそんなことをするとは思えない。
「それが本当なんだよ、リリアちゃん。文章には残っていないけれど、あいつはひどい奴でさぁ——」
そして、イグリースの発言に少女は救われた。
文章に残っていない、それならいつもの『よく分からない貴族』の習性で片づけられる。
そこに今度は大きな本を持った眼鏡少年が割り込んでくる。
「待って!今はアイザックの話だよ。それに証拠だってある。この本だよ。この本は元・公爵家のスパイが持っていた本だ。そしてここが切り取られている。物的証拠だよ。ここには彼のルーツである公爵家にまつわる話が書かれていたんだ。」
「そうだよ。今はそっちが厄介なんだ。何も悪いことをしていないというが、俺はあいつに恥をかかされたんだ。」
流石に、その発言には一瞬の沈黙が流れる。
「馬鹿だから挑発されただけでしょ?」
「ふむ。あり得るな。」
「そうだね。」
「ち、違……う。馬鹿だから……では……ない。」
三人が半眼で四天王最弱を睨みつける。
が、彼は勇気を持って、ここで会心かもしれない行動に出る。
「何が違うんの?」
「お、男らしく答えてやる。リリア、俺が今から男を見せるからな。」
ここからさらに彼の勇気ある行動、——いや、それも彼の計算なのかもしれないが。
「あいつは俺のプライバシーを……、いや俺しか知らない情報を知っていた。」
「へぇ、それはどんな?」
イグリースがつまらなそうに合いの手を打つ。
そこで黒髪の貴公子は立ち上がる。
「俺がリリアを抱きしめたのは、リリアが可愛かったからだ!リリアのような幼さが残る可愛い子を見ると、俺は興奮する。それを、あいつは知っていた!」
男ども全員が半眼から、呆れ顔へと変わった。
だが。
「か、可愛くないよ!私は普通です!」
「うーん、リリアちゃん。ツッコむとこはそこじゃないんだけどねぇ。でも、なるほど。転入したばかりなのにゼミティリの性癖を知っていた、と。やっぱりシーブルの言っていることは正しいみたいだね。」
「うん。罪人ペペロンチーノは元・公爵家の間者で、同じく元・公爵家のアイザック・シュガーに有利な情報を残していた。今のはあんまり文章に残したくない言葉だけど、一応証拠の一つだね。でも、そこは僕の中では確定事項だったから、このどうしようもないバカは99.9%を100%にしただけだよ。」
黒の貴公子は、シーブルのペペロンチーノスパイ説の裏付けをした。
言葉足らずだったのか、履き違えた勇気のせいか、元々そうだったのか、その発言のせいで、『黒の貴公子』が『黒のロリ公子』に変わってしまったが。
だが、彼の『ロリコン』カミングアウトに意味がないなんて、悲しいことにはならない。
「99.9%と100%ではまるで意味が違うぞ、シーブル。俺の幼児性愛をアイツは知っていたんだ。だから、これは国を揺るがす事態だ。おそらく間違いないではなく、絶対にそうだという確信が持てただろう!」
黒のロリ公子はまだ頑張る。
「確かに。ペペロンチーノが真っ黒だった理由は必要だよね。あの男は間違いなくスパイ。それを証明できれば、外患誘致の罪も上乗せできて、アイザック・シュガーを陰謀罪で処刑できるかもしれない。」
そして、金の貴公子が黒のロリを救う。
その勇み足から、アイザック・シュガーの処刑ルートを導き出した。
「仕方ない、それも文章にするよ。アイザック・シュガーはゼミティリの小児性愛を知っていた。ね、リリアさん。歴史を学ぶことも現状を解決する方法の一つってこと。」
仕方なく、眼鏡の貴公子もロリを引用して、リリアを説得した。
そして、銀の貴公子レオナルドはグッと目を瞑り、沈黙を貫いた。
因みに、平民の美少女は、ただ頭を抱えていた。
◇
記憶を取り戻しつつあるアイザックにしか分からないことで、現時点で彼にも気付けないことも含まれるが、敢えてそこについて語る。
現状、彼が知っているゲーム世界と異なる点がいくつも発生している。
それは勿論、イレギュラーの存在、つまり記憶を持った彼が存在していることに起因している。
彼が未来を教えたことで世界線に変化が生じるのは、流石に否定しようがない事実だ。
そして、この作戦会議も変わりつつある世界線上に存在している。
「シーブルが持っていたのはペペロンチーノ時代に俺が持っていた本……。やはりペペロンチーノとして介入しすぎたか?」
と、実はCクラスで頭を抱えている彼。
だが、それだけが理由ではないことを、彼は知らない。
いや、実は重要なことを思い出せていない。
そのせいでここまで拗れてしまったのに、彼は忘れてしまっている。
◇
瞑目していた銀髪の王子はゆっくりと目を開けた。
「流石にここでは話せない。移動するぞ。」
「ダメだよ!授業は受けないと!」
「あ、あぁ。リリアには後から報告する。俺には別室で授業を受けられる権利があるんだ。それを利用させてもらうだけだ。ちゃんと授業は受けるさ。」
リリアのみ教室に帰らされた。
そして、侯爵家以上が使える『紫の煙』魔法が別室で発動された。
つまり、四天王会議はここに完成した。
「今から話すことは他言無用。それは分かっているな。」
マリアベルとアイザックのエンディングは、主人公リリアにとってのエンディングと時期が異なる。
『世界の終わり』を広義で捉えるならば、個人の死さえ、その者にとっては『世界の終わり』である。
ならば、マリアベルの世界はもうすぐ終わるということになる。
——そして、この会議こそがマリアベルの『世界の終わり』の始まりである。
◇
これはゲームを知るアイザックでも、覚えているかどうか怪しい話。
本当は覚えていたかもしれないけれど、今は知らない話も含まれる。
紫の煙が充満する部屋で、銀髪の男は声のトーンを低くして話し始めた。
盗聴阻害の魔法を使っていたとしても、あまりにも危険な話だった。
「切り抜かれた部分の内容は極秘事項だ。だが、その部分を何故奴が切り取ったのかは分からない。そこには……、マカロン王国誕生の歴史が載っていた筈だ。だからこそ、切り取った理由が分からない。——その内容は、今の王家の存在意義を揺るがしかねないものだからだ。」
レオナルドは深いため息を吐く。
ただ、その内容は実は衝撃ではない。
「当たり前ですよ、レオナルド殿下。公爵家は言ってみれば王家の血筋です。それくらい、僕たちにも分かりますよ。ゼミティリ以外なら。多分、リリアさんも分かっているんじゃないかな。」
シーブルは気楽な顔で王子をたしなめる。
バカにされたとあってゼミティリの顔は不機嫌だが、イグリースも特に何も感じていない。
「はぁ……。今は国の大事だ。隠し事は抜きにしようぜ。勿論、俺たちはライバルだけど、国を転覆させようって奴がいるんだ。今はそういうのは言いっこ無しだぜ。」
レオナルドが隠し事をしている、なんて昔から付き合いのある彼ならばすぐに分かる。
それを王子も知っているから、険しい顔にもなる。
「これは国を……、いや、俺自身をも苦しめる話だ。そんな簡単に——」
「どのみち君は王家を継げやしない。予備の予備なんだから、当然だよね。だったら、もう君には関係ないじゃないか。」
流石にこのイグリースの言葉にはシーブルとゼミティリは息を呑んだ。
たかが『予備の予備』、されど『予備の予備』だ。
王が死なないとは限らない。
二人の兄も死なないとは限らない。
そして兄たちに子供ができるかも分からない。
——可能性があるから、彼は第三王子なのだ。
だが、イグリースはさらに突っ込んだ話を付け加えた。
「知らないと思うかい?……君は卒後、東の新興国『チャハ』に出される予定だ。王子様ってのはそういう使い方もできる。ゼミティリも近年『チャハ』が勢いづいている話くらい聞いているだろ?」
その言葉に今度はレオナルドが目を剥いた。
「ど……どうして、それを……知っている?」
「レオナルド、君がリリアに拘りすぎるから調べたんだよ。勿論、権力を使ってだけどね。」
盗聴防止の魔法が使われているとはいえ、ひどい話だった。
あまりの内容にゼミティリもシーブルも顔を顰める。
でも、彼は止まらない。
「君はリリアを使って、市民層を味方につけるつもりだ。それくらいは気付けるし、ここにいる全員がそれを狙っていた筈だ。俺も同じことを考えていたからね。」
そして、ここから先はアイザックも知らない展開。
知り得ない世界線が始まっていく。
「ゼミティリ、シーブル。悪いけど、俺はリリア争いからは抜けさせてもらう。どう考えても、同士討ちになってしまうし、俺は勝ちをレオナルドに譲るつもりなんだ。レオナルドを支えることこそ、親友の務めじゃん。」
そう言ったイグリースは、……不気味に微笑んだ。
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