第33話 黒と白
リリアは無自覚・鈍感系逆ハーレム恋愛チート主人公である。
そんな鈍感な少女にも、転入生が異常なまでに怯えているのが分かった。
「ねぇ、アドヴァ。アイザック君って学校が怖いのかな?」
リリアは無自覚にもアドバイスキャラ・アドヴァに彼のことを聞く。
恋愛ゲーム名物アドバイスキャラ、彼女がリリアの恋愛チートを支えていたと言っても過言ではない。
「アイザック・シュガーね。アドヴァの噂センサーにひっかかった情報によると、彼は不幸な生まれね。二百年前に公爵家と王家が対立したことは知っているわよね。」
頼りになる親友アドヴァ、彼女の言葉を聞き、少女は頷く。
金髪の少女リリアは、同じく金髪のメガネの少年が楽しそうに話してくれたことを思い出していた。
そして固唾を飲んで、親友の言葉を待つ。
「聞いたことある。シーブル君が教えてくれたし。」
「そっか。なら、復習ね。まず、ここ大学校。ここは元々は公爵家の持ち物だったの。そして貴族街も同じくシュガー公爵領よ。」
「え、そうなの?」
「あ、そこまでは知らなかったのね。確かに、これってレオナルド君が教えてくれたことだから、もしかしたら王族しか知らなかったのかも。今はその情報も解禁されているから図書室に行くともっと読めるわよ。」
彼女はメタな話をしているが、レオナルドとパイプを持つのだから知っていてもおかしくない。
そして、図書室に行くとあの禁書の切り取られた部分の一部が読めるようになっているが、それもメタではなく公表されている。
「うーん。図書室かぁ。」
少女が険しい顔をしたので、桃色髪の少女は肩を竦めて続きを話す。
「開戦はここだった。でも、最終的に公爵家は海に逃げたと言われているの。そして最終的には海上で戦ったとされているわ。勿論、公爵家がなくなったってことは王家が勝ったんだけどね。で、いなくなったとされる公爵家はライスリッヒ諸島に隠れ住んでいた。ただ、王家との戦いの影響で彼らは呪いを受けたと言われているわ。」
これは現時点での情報でもある。
以前、公爵家情報を暴露しそうになった時、彼は心の声で言っていた。
アイザックは薄幸キャラなのだと、だから人気なのだと。
「……それがあの白い髪と血のように赤い瞳。さらには太陽の光にも弱いとされていてね、悪魔と取引をしたんじゃないかって噂もちらほら聞くわ。なんにしても、王家にとっては邪魔な存在には違いない。そんな彼がどうして入学できたのか……。イグリース様がチラッと教えてくれたのだけれど、彼は学校に憧れてて、王位継承権を放棄してでも、ここに通いたかった——って、言われているけれど、本当の目的は分からない……だって。あんまり関わらない方がいいみたいよ。悪魔に引き摺り込まれるかもって。」
転入式の時は、ほとんどの生徒が知らない情報。
でも、その夜と今日の午前の休憩時間。
たったそれだけで、ここまで噂が広まる。
無論、第三王子レオナルド、文部大臣の息子イグリース、商人連合のドンの息子シーブル、防衛大臣の息子ゼミティリが各々情報開示をした結果なのだから、広まって当然である。
——白髪、赫眼、王家の血筋、呪い、関わってはいけない存在。
このド定番キャラ詰め合わせパックがイケメンとなれば、プレイヤーからの人気は高くなる。
だが。
文化や人権の考え方、差別なんて日常茶飯事の中世以前の世界。
さらに魔法や呪いが存在している世界なのだから、彼は間違いなく迫害の対象である。
因みに、今の情報はあくまでユニオン王国が流した情報である。
マカロン王国民が全員アルビノというわけではない。
ただ、
「私、お話ししてくる!」
と、正義の少女が言い始めるのもやはり当然。
クラスの最前列に座っている白髪の青年の前まで、カツカツと歩いていく。
誰にも彼をそんな目で見させないとばかりに少し険しい顔で。
そして。
「アイザック君、私とお友達になりましょ!」
怯えている彼は目を剥いて驚いた。
「えと、リリア……さん。僕と関わらない……で……」
彼の心境は。
『リリアと関わると、他のヒーローたちが俺の命を狙ってくる。だから、お願いだから関わらないで』
だが、彼女には、
『僕と関わると君まで同じ目で見られるから近づいちゃダメだよ』
と、潤んだ瞳が言っているように見える。
だから、少女は怯える小鹿に言ってやるのだ。
「大丈夫!この学校は素敵なところなの。それに素敵な友達もたくさんいるの!」
『ステキ』という言葉は江戸中期から用いられているらしい。
そして敵という字が当てられたのは、ただの当て字というのが一般的な見解らしい——
だが、今のアイザックの中で「素」で「敵」か、とミスリードを生んでしまう。
そして、この世界ではどうやらそれはミスリードではないらしい。
「リリア、無理強いは良くない。良くないが、こんな得体の知れない転校生に気を遣えるのは、流石リリアだ。ならば俺も協力しよう。転校生、ちょっと顔を貸せ。お前がどれほどのものか、俺が確かめてやる。」
早速、素の敵が本性を現した。
「ゼミティリ君、喧嘩はダメだよ!」
「喧嘩ではない。リリアも知っている通り、この学校には強制参加ではないが、部活動がある。俺たち新入生には部活紹介があったが、転校生にはそれがないだろう。可哀想とは思わないか?だから昼休みに剣術部の俺が直々に剣術部の紹介をするだけだ。」
「そか。部活に入れば、みんなと仲良くなれるよね!」
白髪の青年は口をパクパクさせているが、心配することはない。
彼女の友達はみんな素で敵な人達なのだから。
——そして、アイザックは昼休みに武道館へ強制連行される。
(どういう展開だよ!……完全に暴風圏内に入ってしまった。ってか、俺に対する悪口、全部聞こえてんだよ!この学校では品行方正が求められる。こんな悪い噂がたったままだと、マリアベルに近づけない!マリアベルがもっと悪者になってしまうじゃないか!
そんなふうに彼が考えているなんて、リリアには分からない。
だって彼女の男友達は、みんな、未来有望な若者で、平民出身の自分にも優しくしてくれる、とても素敵な人達なのだ。
ペペロンチーノカードを切ってまで作った合同合宿は、彼女に再びそう思わせる十分な機会だった。
「知っているか、新入り。この学校は剣術を重んじる。」
(知らないです。そういうゲームじゃありませんから。)
「無論、魔法も学ぶがやはり正々堂々、体術のみで戦うことこそが『武道』であり、正義とされる。だからこれを使う。正に真剣勝負だ。」
(魔法の方が演出派手ですけどね?っていうか体術なの?剣術なの?)
「知ってます。でも……、真剣でやるなんて、流石にやりすぎ……じゃないですか?」
「そうだよ。真剣を使うのは危ないよ、ゼミティリ君!」
武道館はCクラスの生徒のみならず、他の生徒の姿も見られる。
噂の転校生がどんな奴かを見に来ているのか、それとも逃げられないようにしているのか。
とにかく凄い人だかりだ。
「リリア、これが我が校の伝統なんだ。騎士道の精神は真剣勝負でなければ計れない。無論、この男がこの学校に相応しくない臆病者ならば、逃げても構わないのだがな。……それに部活の事故は不慮の事故……だ。」
最後の一節だけはアイザックにしか聞こえない。
いや、間近のアイザックも耳を澄まさなければ聞こえないほど小さな声。
(なんでバトルモノになっているんだよ!こういう趣旨じゃないだろ!乙女ゲームで恋愛ゲーム!)
と、彼は半眼を黒髪脳筋野郎に向けるが、脳筋の視界に映っているのはリリアのみ。
「さぁ、かかってこい!」
と脳筋は言っているが、真剣で戦うだけにアイザックも不用意には近づけない。
「僕は受け専門なんで……」
だから、白き赤目の貴公子はそう言った。
「ふん、臆病者が。臆病者にリリアは守れない。——リリアの為に、お前は死ね!」
理性も知性もないようなゼミティリだが、動きだけは本物である。
防衛大臣の父の英才教育は心・技・体の技・体の部分に重点を置いたモノ。
——常人ならば防戦一方になっても仕方がない。
反撃などできやしない。
何度も繰り返される剣戟を、アイザックは辛くも受け流す。
盾の使用も許可されている剣術部だけに、盾を駆使して黒き貴公子の攻撃を防ぐ、——彼は防御だけに徹する。
「話にならんな、お前。まるで亀だ。ドンガメだな。男らしくもない——」
攻撃をしてこない相手。
盾と剣を使ってはいるが、そのどちらも防御にしか使わない男。
——確かに攻撃しにくいが、これは致命的だ。
真剣勝負なのだから、慣れているゼミティリにも恐怖はあった。
だから、様子見で今までは手数を出していた。
だが、理性も知性も他のヒーローより少なめな彼は、ついに結論を出していた。
「卑怯な男、臆病な男。学校に似つかわしくない。——俺がこの手で葬ってやろう。」
ゼミティリは剣を一度鞘に納めた。
そして直後、鞘から黒いオーラが放たれる。
その様を見て、リリアは勘付いた。
「ダメ!ゼミティリ君!本気でやったら、アイザック君が死んじゃう!」
少女はゼミティリの強さを知っている。
学校内でも何度か目にしたが、あの合同合宿でその凄さを再確認した。
今までは加減している様子だったから、安心して見ていた。
だが、あの気配はダメだ。
「リリア、そこから動くな。……こいつの化けの皮を剥いでやる。なぁに、死にはしない。……運が、良ければだがなぁぁ‼」
リリアの目でも追うので精一杯の彼の攻撃。
魔法剣を使った居合斬り。
ドン!
「やめて!」
リリアの声が掻き消えるほどに音を立て、黒の貴公子は床を蹴った。
その瞬間に、彼の姿は盾を構えるアイザックの前に、それは魔瞬歩と呼ぶべき魔力と体力が混じりあう足捌き。
そのまま、彼は横凪に白き貴公子を両断——
‼
その瞬間、黒の貴公子ゼミティリは何かに弾かれたように、大きく後退した。
切った?
それともアレが盾で弾いた?
ただ、どちらにしても音がする筈だ。
でも、その音がしない。
なのに、ゼミティリの体は以前にリリアが廊下で見た動き、——後ろに飛んで勢いを殺したあの時のように、彼は大きく後退した。
「良かった……。私の声が間に合った……」
だが、ゼミティリはこう言った。
「貴様!今、なんと言った‼」
ゼミティリは激昂した。
彼は今までリリアしか見ていなかった。
だから戦いを始めて、彼は初めてアイザックの顔を見た。
そのアイザックは盾の先端でドン!と床をつき、防御の構えを解く。
——白の貴公子の顔は盾の影で笑っていたのだ。
そして赤い目を丸くし、首を傾げて彼は言う。
「なんと言った、って言っちゃう?それってさっきの話を言っちゃっていいってこと?この大衆の面前で、大声で?本当に?」
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