第32話 蛇の道は『邪』
次の日。
アイザックは午前五時半に学校にいた。
起床して鏡をみたら、自分がアイザックだったのだ。
だから急いで家を飛び出してきた。
「前みたいに切り替え式じゃなくて、数時間限定の変身魔法なのか。そういえばネザリアと一緒の時はずっとアイザックだったもんな。」
学生服の上から大きなレインコートのようなローブを纏っている。
フードを目が隠れる位置まで深く被って、開門までの時間を花壇のレンガに座って待つ。
流石にアイザックの見た目は街では目立ちすぎるし、記憶を辿れば確かに日の光が苦手だった。
「しかも六月って……。一番日照時間が長いじゃん。っていうか、本当にこの時がやってきてしまった。俺の計画だと……。おっと俺はアイザックだ。切り替えないと……、アイザックの一人称は『僕』。……僕はアイザックになる前に決めておきたかったんだ。まさかリリアがあんなに早く——」
「あれ!もしかして君は……、アイザック君?」
——これが運命の出会いである。
なるべく彼女には会いたくなかったのに、こんなに早く会うことになった。
しかも、周りを見ても誰もいない。
彼女は学校の近くに住んでいるのは知っていたが、こんなに早くに登校しているとは思わなかった。
「リリア……さん?随分、早いですね。」
転入式で大々的に教育係に彼女が指名された。
だから知らないふりなんて、不自然すぎる。
それに学校に入学したということは、品行方正も求められる。
彼にとって、ここは敵地なのだ。
「うん。……私、なんか目立っちゃうから、なるべくみんなに見つからないように登校してるの。」
同じ理由だった。
これもメインヒロインの力なのだろう。
「そう……ですか。もう夏が来ますけど、この時間だとまだ涼しいですね。」
ド定番、天気トーク。
これでこの場をしのげれば良かったのだが。
少女はさりげなく隣に座り、じっと見つめてきた。
「アイザック君の目、すごく綺麗……、何の種類かは分からないけど、宝石みたい!」
この程度の言葉で、彼は揺るがない筈、そう思っていた。
でも、実はそうではない。
(なんだ、これ。眩しすぎる笑顔。無邪気な笑顔。正にヒロイン。)
彼女の笑顔につられて微笑み返しそうになる。
しかも、今は変身魔法が切れているのだから、感情がそのまま表に出る。
更に、色素の薄いことが仇となって、頬が直ぐに染まりそうになる。
——だから、彼は目を逸らした。
——だから、それに気付けた。
こんなにも暖かい
その横槍は、——悪意の込められた極細の氷槍だったのだけれど。
「——‼」
キンッ!
小さな音がして、粉々に砕け散る。
アイザックは見事にその透明な槍を右手で打ち払っていた。
リリアのお蔭で気付けた?
いや、本当のところはどうだろうか。
おそらく、いや間違いなく、彼自身が反応した。
リリアの存在には関係なく。
でも、アイザックはそうは思わない。
だから、彼は素直に目を剥いた。
(……嘘……だろ?今、僕を殺そうとした?アイザックは初日に殺されかけていた?)
その後、馬のいななきが聞こえ、目の前で馬車が停まる。
そして降りてくる銀髪の男。
「リリア!相変わらず早いな。——なるほど、貴様か。リリア、この辺には不審者が偶に出る。あまり一人でうろつくなと言っているだろ。」
「レオナルド君、おはよ!考えすぎだよ。それに私だってちゃんと相手は選んでいるよ。今日はアイザック君がいたから、早めに出たの。」
レオナルドの金色の瞳がアイザックの赫眼を睨みつける。
因みにリリアは何も気づいていない様子だった。
(……こいつが氷の極細の槍で僕の頭部を狙ったのか?
「殿下、僕はお邪魔でしたね。僕はあっちに行ってます。」
彼はその場を離れる選択をした。
本当に今の横槍が、彼の攻撃かは分からない。
馬車からの長距離魔法の可能性もあるし、別の者の攻撃の可能性もある。
ただ、レオナルドにはアイザックを殺す動機がある。
「アイザック君、待って!一緒に待とうよ!」
「リリアちゃん、おっはよー!今日はいつもより早いね!よっと、ゼミティリもしつこいね。いつも不意打ちご苦労さん。」
「ふん。お前がたるんでいないか見ているだけだ。というか不意打ちはお前の十八番だろ?……シーブル、お前もいい加減、やめろ。」
「合宿の続きだよ。僕たちは常に高め合う……でしょ?」
その場を離れようと立ち去る彼の周囲から聞こえた声。
アイザックの心が凍りつく。
(……もしかして、これがこいつらにとっての日常なのか?)
そして誰もが戦闘力は一級品。
さらに魔法を使えば、証拠を残さずに殺せるかもしれない。
——先の攻撃は誰かと間違えられた可能性さえある。
例えば、抜け駆けする奴は『殺してもよい』とか。
(……いや、さっきはリリアがいたから、あの程度で済んだ?)
そして彼はあることに気が付く。
(アイザック・シュガーの出自を考えれば、王自ら命令を出している可能性もある。ゲームの設定を無視すれば、マリアベルよりも僕の方が危険人物だ。だが、身をもって体験したおかげで気付けたよ。……やっぱりシナリオに狂いが生じている。シュールなラストかもしれないけど、殺し合いゲームじゃなかった筈だ。気を引き締めないと、一気にゲームセットだ。)
——ここにはあらゆる可能性が存在した。
常識では測れない何か。
彼らは元々殺し合っていたのか、それとも抜け駆けを許さないというルールなのか。
そも、今の会話が全て演技で、最初からアイザック排除を目的としている可能性もある。
ゲームのエンディングを改めて考えると、——リリアとリリアに選ばれた男で国を滅ぼすという未来が描かれている。
つまり、リリアに選ばれた男は『自由と平等の象徴』を手に入れて民を味方につける。
そして選ばれた誰かの理想の為に世界を作り直す。
このゲームはヒーロー目線だと、そう見えてしまう。
そうなってしまった可能性が高い。
「リリアさん、本当にすみません。僕はまだ慣れないので、一人の方が落ち着きます。僕は行きますね。」
まだ、始まってもいない。
それでも分からされた。
(だけど、こうも考えられるか。恋愛ゲームは主人公に見つけられないと、キャラクターは画面にもストーリーにも登場しない。ルート分岐とはそういう意味でもある。だから僕はあのイベントだけいればいい。それでも世界としては成り立つのか)
——つまり、ルート外の人物は死んでいても問題ないということ。
彼が殺されかけたのは事実だ。
でも、理由はまだ分からない。
この中の誰かの攻撃かも分からないし、この中の誰かでない可能性もある。
動機は?
単に危険人物というだけなのか。
全員が敵同士なのか。
今分かっていることは、一人で行動するのは危険だということ。
——そして、彼はここで一つの気付きを得た。
いや、思い出したと言うべきか。
あまりにも情報量が多すぎて、まだ補完できていない記憶領域がある。
彼はネザリアに匿われて生きてきた。
その意味を、単に日光に弱いからだと思っていた。
そして変身魔法はマリアベルの為だけに、と思っていた。
でも、それだけじゃない。
彼は守られていたのだ。
アイザックというキャラがこの国を滅ぼす理由は、彼自身を守る為でもある。
だからこそ、彼は自分の勝利条件を自分に言い聞かす。
(……この世界、怖すぎる。ネザリアは僕を守ってくれていて、僕もずっと暗殺を警戒してたんだ。でも、——アイザック、勘違いするなよ。俺とお前の勝利条件はマリアベルが生き残るってことだからな!)
彼は遠目にヒーロー達を観察する。
でも、周囲の警戒も怠らない。
アイザックはこうやって毎日学校に通うのだ。
誰よりも命を狙われる存在。
「おーい。門を開けるぞー」
教員の声。
開門の時刻を迎えたらしい。
そして彼は視界の端でリリアと四大貴公子を捉えながら、危険がいっぱいの教室へ向かった。
自分自身を殺されないように。
マリアベルを守る為に。
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