父とヒーローと娘編
第29話 マカロンの王子様
ユニオン歴469年6月
つまり、五人目のヒーローがやってくる月。
そして、クラスの生徒が合同合宿を楽しんでいる頃の出来事。
アイザック・シュガーはネザリア・ボルネーゼと共に、謁見の間を訪れていた。
そこで、この
真っ白は髪、ルビーのような赤い瞳、それはまさに初代ヨハネスの生き写しである。
何なら、リード・ヨハネス・ユニオンの後ろの絵画にそっくりである。
それにネザリアが持ってきたマカロン王国の勅書は、紛れもなく本物である。
そしてアイザックは勅書と同時に、ヨハネス13世が考えた国取りゲーム、学校への入学申請を同時に手渡した。
「後継者を主張した身でお話しするのは、あべこべかも知れませんが、王が考案した学校という制度は素晴らしいです。僕もその学校に入ってみたい——そんな我が儘が通用するとは思いませんが……」
この辺りのネザリアとの話し合いは鮮明に覚えている。
実は、これが肝なのだ。
王族にとって、目の上のたんこぶであるもう一つの王国の存在。
それは国を揺るがす事態である。
でも、彼は暢気にも学校に憧れている。
そして、学校とはすなわち、王が考えた『身分を剥奪する』制度である。
つまり王位継承権のある者が、継承権とは関係のない実力社会へと飛び込みたいと言っている。
因みに、断れば国は荒れる。
だって、リリアの存在とは完全に正反対だが、ユニオン王国の『真の王』の象徴である。
今の王家を偽物として、断罪できる存在である。
ただ、そうすればボルネーゼもただでは済まない。
いや、これも立派なバッドエンドだろう。
「ふむ。文部大臣、ポモドーロ候はどう考える?」
既に王の懐刀となったポモドーロ侯にとって、公国としても認めていない存在の介入は腑が煮え繰り返りそうな状況だろう。
だが、彼の考えも王と同じである。
皇太子気取りの若造は王が考えた学校制度を理解していないように見える。
この制度でボルネーゼ家の権威は失墜したのだ、——つまりは過去の権威とは無関係の世界が学校に構築された実績がある。
そして記憶を取り戻したアイザックではなく、ジョセフとしての記憶も納得である。
こういう条件だったから、アイザックはしれっと転入したのだ。
「大変、素晴らしい考えかと。第三王子レオナルドも入学しているのです。この際、公国という存在をお認めになっては、……いえ、そこまでせずもと良いですが、彼は言わば大公のご子息です。喜ばしいことです。祖を同じとする者同士、同じ経験をして頂きましょう。それが未来永劫に続く、我が国の和平へと繋がります。」
——ここに未来の分岐は存在しない。
ゲームの裏設定がどうだったかは知らないが、これはマカロン王国を再び服従させるチャンスでもある。
どれだけ正当な後継者だったとしても、今はそんな時代ではないと突っぱねる理由になる。
勿論、相手がそれに納得していればの話だが、この通りマカロン王国の次の王はそれに乗り気なのだ。
だから、連中が乗らない手はない。
「ふむ。文部大臣はそう言っておる。どうかね、王国とマカロンの垣根を払うために、王立大学校へ入ってみては?」
彼らにはそれしかない。
それをアイザックは知っている。
でも、目を輝かせながら王の話に喰らいつく。
「本当ですか!?僕も階級の垣根を越えて、同じくらいの年齢の子と共に勉強ができる……、これほどの喜びはありません!」
あっけないほどにすんなりと、彼の要求は通っていく。
そして、マリアベルの運命を決める分岐は数ヶ月先。
そこで彼は決められた未来以外を探さなければならない。
学徒として……、そして父として。
「ネザリア様、ここまでのご同行、感謝しております。どうか、ご自愛なさってください。」
「いえいえ、古くからの付き合いじゃ。ヨハネス、この子のことは頼みますよ?そして、この条件をこちらへ通したボルネーゼにはもう少し優しくしてもらえると助かりますがねぇ。」
「あぁ、それは尤もだ。全員とまでは行かずとも、ある程度は取り計らうようにしよう。」
ちゃっかりボルネーゼをアピールするところは、流石ネザリア。
王はこれで、面倒臭い全てが片付いたと考えている。
そして、既に力を失いかけた魔女、ネザリアの言葉さえ、今までのたんこぶさえも王は爽やかに受け入れた。
勿論、ネザリアの魔力が衰えていることは、ここにも伝わっている筈。
それをもう少しだけ我慢しようという腹なのは分かる。
でも、少しでもマリアベルの人権は取り戻しておくべきだった。
実際には、並べられた世界線を選びとれば、王もまた生首になってしまうというのに。
(ということで、僕が成功したら、王も感謝してほしいものだね)
「時に、ネザリア殿。彼の住まいは問題ないのかね。」
と、ポモドーロ侯の言葉。
ネザリアは怪しい笑みだけで応えた。
でも、どう考えても伝わっていないので、アイザック自ら説明をする。
「大丈夫です。僕、こう見えて色々出来ますから。マカロンは王国ほどに栄えていませんから、お気になさらずに。それに……ちゃんと護身術も心得ております。……っと、学校で何かあった場合は身分の垣根を越えて、真実のみを詳らかにする……でしたよね。今、深く胸に刻みました。」
アイザックはそのまま学校編入の手続きを終えた。
それは契約書であるとともに、誓約書でもある。
つまり、彼はこれで学校に縛られた存在となった。
そして、彼は意気揚々と謁見の間を立ち去るのだった。
タイミングもピッタリ。
先のネザリアの機転で、マリアベルの謹慎処分は本日付けで終了している。
そして、今日の夕方に生徒たちは合宿から帰ってくる。
だから、ここから彼の、王子の、父親の戦いの後編が始まる。
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