第28話 信用の出来ない転生者
マリアベルの帰宅を考えると、あまり時間が取れない。
ボルネーゼ領は貴族街のある王領とも近いが、面積がとにかく広い。
だからこそ、どうしてこんな時期に自領に戻るのか、そんな疑問さえ口に出来ていない。
でも、急がなければならないのは知っている。
ジョセフにも彼女の焦りが伝染し、何をするのか分からないが気が逸る。
「ええ、急ぎましょう。マリアベルが心配ですしね。」
「貴方は心配しなくていいのよ。自分のことだけを考えてなさい。」
やはり、今日は何もかもが噛み合わない。
ここまで来ると、流石におかしい。
自分のことだけを考えるなんて言われると、逆に怖くなってくる。
(てめぇは自分の命だけを心配してりゃいいんだよ、的な?)
くわばら、くわばら。
「……はい。身の振り方に気をつけます。」
——そして、久しぶりにあの魔女に会う。
白髪の長身の女性、老婆と言ってもまだ60手前である。
しかも顔の皺は少なく、見た目は30代くらい。
そしてとても美しい。
だが、長年の呪いか、魔法の使いすぎか、彼女の人生はもうすぐ終わる。
そして、その生涯が終わることを彼女は知っている。
「お久しぶりです。と言っても、二ヶ月ぶりですか、ネザリア様。」
「……ふむ。なにやら顔色が悪いのぉ、ジョセフ。」
それはそうだ。
彼女にどれだけ仕込まれたことか。
どれだけの魔法を刻まれたことか。
どれだけ鞭で打たれたことか。
そんな会話をしていると、ロザリーがネザリアに近づき、ジョセフには聞こえないように耳打ちをした。
すると、ネザリアの顔色も悪くなる。
「それは記憶の混濁……か。やはり、その時期は近い……ということか。」
(その言葉、どこかで聞いたような?)
今朝の夢の内容も、すでに失われつつある。
「はい。急いだ方が良いと思います、お母様。マカロン王国のことも既に思い出しかけています。」
「いや、思い出しているも何も、私は最初からそれを知っています。」
「……なるほど。確かにお主は最初から知っている。なるほど……、確かにもう六月……そろそろじゃな。」
ここで更に違和感。
(今日はネザリアの婆さんとも話が噛み合っていない?いや、六月と言ったのだからアイザックが出るのは当たり前だけど……。)
不味い、無能と思われると、彼は元気よく宣言する。
「はい。アイザック・シュガーの転入が迫っています。」
「分かっておる。じゃから其方を呼び出したのだろうに。」
ここで彼は一度勘違いをする。
「……ちょっと待ってください。もしかして、俺を……、いや、私をアイザックに仕立て上げるつもりですか?流石にそれは、その齟齬が生まれるというか、ドッペルゲンガーと言うべきか。」
その言葉には怪訝な顔で返される。
そして、ネザリアは言う。
「ロザリー、確かにアイザックの記憶はかなり混濁しておるらしい。お前はもう帰れ。ボルネーゼ領の引き継ぎはいつでも出来るようにしてある。お前は、なるべくマリアベルの側に居ておやり。可愛いワシの孫だよ。」
「はい……、お母様も……お気をつけて。必ず、ボルネーゼを……この国の秩序を守ります。マリアベルと共に……」
その言葉にジョセフは固まった。
アイザックの記憶の混濁。
この国の秩序。
そして噛み合わない会話。
……いや、まさか。
だから、彼は息を詰まらせながら、あの話をする。
「今朝……夢を見ました。私が貴女と船に乗っている夢です……」
「……ロザリー、頼んだぞ。……そしてアイザック、久しいな。懐かしい思い出じゃ。」
即答される言葉に、彼は目を剥いた。
「いや、そういう夢を見た……と」
「意識の混濁だのぉ。ワシの力も衰えておるということじゃな」
「意識の……混濁?あれは本当に記憶?……でも、この体は……!」
そこで彼はやっと気がついた。
ネザリアの変身魔法は国随一なのだと。
「記憶が中途半端に戻っておるの。ワシの魔力が失われつつあるということ。……ワシらの救世主様になってくれると、其方は言った筈じゃが?……そして、其方がこの世界の未来を教えてくれた……じゃろ?」
「俺が……教えた?」
「ワシの寿命も教えてくれたのぉ。マカロン国の王子……いや、本来この国の王に為るに相応しい、——血統を持つ其方がな。」
その言葉で彼は膝から崩れ落ちた。
そして両手を地面に突いた。
ひどい頭痛がする。
耳鳴りも酷い。
顔中が痛い、体も痛い。
——そして、彼はここで真実に気付く。
「そう……か。俺は降霊したんじゃない……。降霊術士を見なかったわけじゃない。最初から降霊術士なんて、いなかった。そして預言者も……。つまり俺は死んだ後に、この世界に転生をしていた……?そして……。予言をしたのは俺……自身。つまり——」
「ようやっとはっきりしてきたか。其方は記憶を持ったまま、マカロン王国の王子として生まれ落ちた。そして、奇妙な言葉を話すお主を見てほしいと、シュガー王より、ワシに依頼があった。」
確かに地形的には北東にあるボルネーゼ領は北の海に接している。
ボルネーゼ家なら、マカロン王国と密かにやり取りが出来る。
そしてここでもう一つ。
ここで更に注釈を付け加えるならば、貴族街や王立大学校は、二百年前までは公爵家の領地だった。
王族が気前よく、諸侯に土地を貸す、もしくは売り渡したのではなく、あそこは皆で仲良く分けた土地だったのだ。
おそらくは建物も公爵家の物。
学校が立派だったのもそれが理由である。
「大丈夫か?とにかくワシの話を聞け。ワシはライスリッヒ諸島に渡った。すると言葉は奇妙なのに、ワシの名前を、ワシの娘の名前を、ワシが孫につけようとした名前を更にはユニオン王国の貴族の名前までお主は口にした。ワシとお主はその時からの付き合いじゃろうに。」
頭の中の霧が晴れていく。
いや、彼女が記憶操作の魔法を解いているのだろう。
(シーブルが以前話していたのは、このことだ。あの時はアルビノだからとか、心の中で理由をつけたけれど、亡霊はこんなところにいた。諸島の亡霊とはマカロン王国とネザリアの船の往来を見られたから、流した噂。)
——いや、そんなことよりも。
蘇った記憶の中に、妙な記憶が混じっている。
「何故……、俺の方から記憶を消してほしいと頼んだんだ?……ペペロに頼まれた……から?いや、俺がマリアベルの父親に徹するためだ。俺は……それほどまでに……マリアベルを……」
「じゃから、救世主様なのじゃろ?ワシの孫の、この国の救世主様になってくれると言ってくれたじゃろう。」
やはり、預言者も降霊術師も存在しない。
これは彼女の言葉を信じたのではなく、彼自身が知っていたこと。
(その設定を考えたのも、俺自身だ)
幼少期、ネザリアは定期的に島に渡り、前世の記憶の混濁を調整していた。
前世の記憶を引き摺るのは、幼少期の彼にとってあまりにも辛かったからだ。
特に、死の瞬間や家族との記憶だけは、どうしても忘れさせなければならなかった。
——そして、アイザックとしての記憶の封印をネザリアに頼んだ。
……それが五年前。
彼はアイザックの設定に引っ張られないように、記憶の消去を望んだ。
その全てはマリアベルの世界を作るためだった。
「そして、結局俺は失敗した。彼女の父親になることは出来なかった。」
記憶を失った後に、在りもしないジョセフ・サンダースの記憶を探っていたのだから、最初から無理のある考えだった。
——変身魔法が更に解けていく。
30歳の体から、17歳の体へと変わっていく。
「計画を実行に移すぞ。其方は今、本土にやってきた。今年の夏は暑いとそこら中の貴族連中には言わせている。氷が解けて、マカロン王国の誰かがやってきてもおかしくはない状況じゃのぉ。既に王族には匂わせておる。アイザック、この地よりワシと共に王都へ迎うぞ。」
「なるほど。ある意味で効果はあったのか。俺はアイザックの設定に引っ張られていない。……ま、余計な設定は追加されたみたいで、そっちが厄介そうだけど」
「なんじゃ?何かあったか?」
……自分でも笑える。
彼の敵はヒーロー、ヒロイン一同だけではなく、自分自身が作った幻、ベコン・ペペロンチーノなのだ。
「いや。元々、この方法はズルすぎるから、そのツケが回ってきただけだよ。ただ、俺の変身魔法だけど……」
「忘れておらんよ。その引き継ぎもロザリーに託しておる。あの子もとっくに覚悟は済ませておるわい。昼は王子として、夜はマリアベルの父としてよろしく頼む。……これからのこと、お主に全て任せたぞ。」
そういうことだった。
今までの話は何だったのか、という展開が待っていたとは。
つまり俺は……
——信用の置けない転生者だった。
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