第25話 マリアベルがやるべきこと

 聞き耳というか、絶対にバレるくらいに耳を押し当てていた。


 そして聞こえて来た声に、ジョセフは目を剥いた。


 ——娘はペペロンチーノの話をしていたのだ。


 あの時、マリアベルはペペロンチーノの言う通りに行動していた。

 そして、それが故に悪役の宿命を背負ったと考えることも出来た。

 さらにはシーブルの言葉、あれでペペロンチーノを見限ったのだと勝手に思っていた。


 でも少女は——


「私を庇ってくださったの。……でも、彼は……先生は王子に歯向かったの。ただで済む筈がない。……私のせいで、先生は……」


 つまり、目を見てくれなかったのは、彼女が見限ったからではない。

 彼女があの時出来た、最大限の抵抗がソレだった。


 ——自分とベコン・ペペロンチーノは無関係だと彼女は行動で示していた。


 何を言っても誰も聞いてくれない状況、彼女に出来ることは目を合わさずに、一人で立ち去ることしかなかった。


「ペペロンチーノ先生に……会えない?せめて、私があの先生にあんな風に言わせたってことに……出来ない?内務大臣の力で……、お父様……報告書を……書き換えて……よ」


 ジョセフの視線が落ちる。

 なんて、ダメな親父なんだと自分を殴りたくなる。

 マリアベルが引きこもっていた理由は、彼女が傷ついたからではなかった。

 彼女が落ち込んでいた理由は、存在しないペペロンチーノを傷つけてしまったと思っていたからだった。


 ——いや、そんな回りくどい言い方は止そう。少女は彼のことを心配していた。


 胸が詰まる。

 彼の身勝手な行動が、娘を、少女を傷つけていた。

 だが、真実は告げられない。

 彼女のことを更に知ってしまったから、余計に真実が言えない。


「ベコン・ペペロンチーノは……、ペペロンチーノ家は取り潰しとなった。だが、安心してほしい。彼らは国外追放処分になっただけだ。死罪になったわけではない。」


 少女になんて言えば良い?

 実は父親が変装していただけ、ペペロンチーノなんて家は元から存在しなかった?


 ……マリアベルは表の道を歩む存在だ。

 だから——


「……おとうさ、……いや、ジョセフ。入っていいわよ。」


 その時おそらく、いや絶対?

 五年前からの記憶しかないけれど、五年で初めて娘から入室許可が下りた。

 以前にも話したが、魔力による鍵がかけられているので、彼女の部屋に入れるのはロザリーとマリアベルのみだ。

 そして今、部屋のロックが外される。


「あ、あぁ。分かった。」


 彼は緊張しつつ、どうして入室許可がおりたのかを考える。


 いや、事態の緊急性を伝える方が先だ。


 だが、入った瞬間、彼は彼女の圧倒的な魔力の圧で膝から崩れ落ちた。

 部屋は薄明かりしか灯っておらず、少女の姿もなんとなくしか見えない。

 真っ黒のドレスのような寝巻きを着ていることだけ、辛うじて分かる。


「そこから一歩も動かないで、ジョセフ。そして今すぐドアを閉めなさい。」


 ドアを閉める行為と一歩も動かないという行為が矛盾している。

 だが、彼女の望みは何でも叶えてやりたい。

 だから彼は動かない膝から下、その上から身を捩ってドアを閉めた。

 すると、カチッと鍵が閉まる音がした。


「マリアベル、これは——」

「勘違いしないで。お母様に無用な心配をさせないようにしただけ。……それで、彼は本当に死罪にはなっていないのね?」


 それは流石に自信を持って頷ける。

 まさか自分がそのペペロンチーノだとは言えないが。

 ただ、それで少女の緊張が一つだけ緩んだような気がした。


「でも、私のせいで国外追放になったのは事実なのよね?」

「マリアベルのせい、という理由ではない。彼は——」

「私のせいみたいなものよ!野蛮人が住むという東の山の向こう……、追放された者が今までどうなったかは、誰にも分からない、聞かされない場所。でも……。いえ、彼ならきっとその中でも生きていける。私にはそう信じるしかない。あの人は私よりずっと強くて高貴な方。だから、……うん、大丈夫。……それで、どうして私やお母様が死んでしまうというの?」


 確かに。

 名目上のペペロンチーノは、どこに行っても恥ずかしくない力を持っている。

 きっと東の国でも重宝されることだろう、なんて冗談でも言えないが。

 それに流石にそれ以上踏み込まれたくはない。

 そも、問題はペペロンチーノの処遇ではない。


 ——だから、未来の情報が一部解禁されたのだ。


「……信じるか、信じないかはお前次第だ。だが、ほぼ確実な未来を予見する者の話。今までは過激すぎる話が故、お前には話さないようにしていた。」


 彼女にとって、母親と祖母が唯一の家族だ。

 このジョセフはその中に入っていない。

 だが、そのジョセフは熱烈なマリアベル信者である。


「予見?預言者ってこと?……その預言者が私たちの家族の死を予言しているの?おばばさまが関わっているということは、間違いないということよね?」


 義父は静かに頷いた。

 そして、練って練って、こねくりまわした結果、考えついた文言を彼女に話す。



 469年4の月

 学び舎に少女が現れる

 その少女は得体の知れぬ者なり

 その少女は六つの選択をする者なり


 一つ

 三の王子を選べば、平等の名の下に国を二つに割り、内乱起きる。

 その後、伯爵以上の者の首が道端に並べられる。


 二つ

 金色の髪の貴族を選べば、自由の名の下に人々が国家転覆を謀る。

 その後、国は崩壊し、上流階級の者の首が道端に並べられる。


 三つ

 金鉱を持つ者を選べば、博愛の名の下に人々は立ち上がる。

 その後、国は崩壊し、貴族の首が道端に並べられる。


 四つ

 黒の貴公子を選べば、罪の名の下に軍が貴族を討ち滅ぼす。

 その後、国の要人の首が道端に並べられる。


 五つ

 亡国の白の貴族を選べば、真実の名の下に骸の国がこの国を討ち滅ぼす。

 その後、全ての貴族の首が道端に並べられる。


 六つ

 青の悪女を選べば、正義の名の下に人々が集い、悪女を討ち滅ぼすのみならず、この国の全てを破壊し尽くす。


 努努ゆめゆめ忘るなかれ。少女は自由と平等の証、そして民の心を惑わす者。

 少女が朽ち果てる時、全ての厄災がこの国を襲い、国の大半が滅びさる。



「————以上だ。」


 ジョセフはゲームのナレーション風に予言を語ってみせた。

 これが自分の記憶からと言っても、絶対に信じてはくれない。


「……なによ……それ。どうしようもないじゃない!あの子がこの国を滅ぼすのに、あの子を討ってはダメなんて……」


 このゲームは少女のシンデレラストーリーを描いた作品である。

 だが、実はかなりシュールな物語でもある。

 そして、そのシュールさはゲーム内では語られない。

 最後の一枚絵にひっそりと綴られている。

 中世の世界観で、シンデレラストーリーが展開されるのだから、それは権威の失墜と同義である。

 民が革命を起こして、時の権力者を皆殺しにしたことは間違いない。

 最後の一枚絵の片隅に気づかれないレベルで置かれたドット。

 ドット絵で小さく並べられた王族や貴族の首は、弱者による革命の象徴である。


「……マリアベル。一つだけ、この予言に付け加えることがある。予言の五つ目までの世界線が一番可能性が高い。そしてその世界線上に、——お前は存在しない。」


 少女は目を剥いた。


「それ……どういう……」

「この予言は来年以降のものだからだ。ネザリア様はこの冬にお亡くなりになられると予見されている。——そしてその後、マリアベルは処刑される。」


 少女の意識が飛びそうになる。

 例えば、ジョセフが彼女自身に乗り移っていたとしたら、最初から行動に移していたかもしれない。

 けれど、ネザリアとロザリーは……それにジョセフも。


 ——将来の理想を描く少女に、そんな話をしたくなかった。


「では、私が学校へ通わなければ良かったのではないの⁉」


 当然の問いかけ。

 だが、ジョセフは静かに首を横に振った。


 マリアベルが学校に行かない世界が存在するのか分からない。

 呼び出された彼の知識はゲームが始まってからのものしかない。

 もしも、そこで試合放棄してしまったら、それこそどうなるか分からなかった。


「そうすれば、この国がどうなるか分からなかった。……こんな父親で済まない、マリアベル。無知な父のせいで、お前を苦境に追い詰めてしまった。」


 分かっていたのは、リリアが入学することだけ。

 だから、こんなにギリギリになってしまった。

 そして、彼の目からもリリアがどこの馬の骨か分からないのだ。

 ゲームの主人公は情報が少ないことが多い。

 そうでなければ、プレイヤーは感情移入が出来ない。

 だから、圧倒的多数の平民の中から、事前に彼女を見つけ出すことが出来なかった。

 その結果、ネザリアとロザリーは、敵対する貴族が学校制度を使って革命を起こす計画を練っていると結論を出した。

 その為に、優秀な人材を隠しているのだから、見つからないという話だ。

 そして、恐らくだがそれは正解だったのだろう。

 彼女が住んで居たのは、本当に小さな辺境の地だった。


「では、結局私はどうすれば良かったの?」


 それは彼女の意見を聞かずに、大人だけで決めた道だった。


「ボルネーゼ家が考えた道は、マリアベルがリリアに勝つ世界線だ。マリアベルが存在する世界なら、予言を覆せるかもしれない。そして、学校という社交場で婿を見つけて、ボルネーゼ家の権威を磐石にすること。それはお前にも伝わっていた筈だ。」


 マリアベルはその言葉を聞いて俯いてしまった。

 最初から彼女はやるべきことを知っていた。

 でも、ジョセフはそれを強制することが出来なかった。

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