第24話 引きこもりの少女

 マリアベル・ボルネーゼは学校一の、いやこの国一の悪役令嬢のレッテルが貼られた。


 そして結局、第三王子の訴えは無視することは出来ず、マリアベル・ボルネーゼには二週間の自宅待機が命じられた。

 リリアはあの日以来、マリアベルの無実を訴え続けている。

 だが。


 「リリアは優しいね」


 その一言で、全てが片付けられている。

 

 だから、少女は何も言わなくなった。


 ——そも、リリアにあの少女を救うことは出来ない。


 リリアのすべきことは、そんなことではない。


「合同合宿があるの?」

「そうだな。私たちの更なる魔術、化学術の向上のために学校側が企画したらしい。」

「去年はそんなのなかったのに?」

「で、でも!だったら、僕はリリアさんと一緒に勉強できるってことだよね!」

「なんだと?だったら、そんなもの要らんな。」


 因みにだが、彼らは彼らで浮いている。

 

 皆の憧れ、第三王子殿下はあれから、あからさまに平民、リリア以外に興味を示さなくなった。

 侯爵の息子は多少の交流は持つものの、結局、あの少女の側にいる。

 付け加えるなら、ボルネーゼの信用が落ちたことで、ポモドーロ家は発言力を増した。

 今ではボルネーゼの信用を落とす発言botと化している。

 ボルネーゼの信用が落ちたことで、グラタン家も発言力を増している。

 そして、軍部を率いるドリア家も何故か、本当に何故か影響力を増している。


「私、居場所がないんだけど……」

「それを言ったら私もだよ。それにしてもお嬢様は大丈夫かな。私の悪い予感が当たっちまった。」


 アドヴァ・リングイネはリリアの恋愛ナビゲート役。

 でも、ここまでの逆ハーレムを作られると、口出しをするまでもなくなる。

 フェルエはマリアベルと仲が良かったという理由で、一部の人間から距離を置かれている。

 でも、リリアも距離を置かれているので、アドヴァも実は彼女と同じ境遇である。


「アドヴァ、ちょっといいか?」


 そんな時、彼女の幼馴染がクラスを訪ねてきた。


「ベルガー、どしたの?血相変えて。」

「合宿の準備。えと……」

「フェルエ。フェルエ・ラザニアだよ。あんま、私に近づかない方がいいよ。」

「あぁ、あれか。……いや、丁度良いかも。二人とも手伝ってくんない?」


 その言葉に二人とも首を傾げるが、少年は二人に近づき、耳打ちをした。


「俺たち伯爵組が合同合宿の部屋決めを任されたんだよ。今、その辺難しいだろ?それぞれの顔役がいるんだよ。正直、俺よりも二人の方が詳しいだろ?」

「えー、なんかすごく面倒臭そうね。」

「あぁ。大人しくしてはいるが、ボルネーゼ派は今も健在だよ。」

「マジで、そうなんだよなぁ。んで、王子様とかも訳わかんないじゃん。ってか、ちゃんと健全に男女は違うところに泊まるんだぞ。ほんと、誰だよ。こんな面倒臭いイベント考えた奴!」


 ただ、過半数以上の生徒達は期待に胸を膨らませている。

 だから、ベルガー・バルサミコは頑張らなければならない。


 そう、皆は今、大忙しである。

 それもこれも全ては彼の仕業。


     ◇

 

 ペペロンチーノは最後の仕事として、万が一の為に準備していた『合同合宿』の計画を進めさせた。

 教職員の中にもボルネーゼ派は多数いる。

 彼もあの時はかなり感情的になっていたが、この事態も予想できたこと。

 マリアベルが逮捕、および自宅謹慎になった場合に取る計画がそのまま実行に移されただけだ。

 しかも、もうすぐアイザック・シュガーが転入するのだから、このタイミングで切らなければならないカードだった。


「このカードの良いところは、普段は違うクラスにいるヒーロー達にもメリットがあるということです。それに大抵の学生はそういう行事が大好き……、私にはよく分かりませんが、それは間違いありません。」


 ジョセフはロザリーに跪き、床を見つめながらそう言った。


「なるほど。最期の仕事としては有効のようですね。それにしてもペペロンチーノは国外追放ですか。お前のミスのせいで、そちらのカードは失ったようですがね。」


 正確には指名手配という形で国中を捜索されている。

 そも、ペペロンチーノ家自体も蓋を開ければ、ボルネーゼ家が数世代に渡って管理していた架空の貴族だったという話だ。

 その話を聞かされた時は、ジョセフも舌を巻いた。

 ボルネーゼは建国以来、これだけの影響力を持っていた。

 それは恨みも買うだろう。


 ジョセフがペペロンチーノを名乗る以上、ペペロンチーノ伯爵と話を擦り合わせる必要があった。

 その必要が無かったのは、ペペロンチーノ会社が空企業だったからだ。


(数世代に渡ってボルネーゼ家が作り上げた空企業を、俺のミスで取り潰されてしまった。お金に換算するとどれだけの損失が出たか。……あまり考えないようにしたいけど。やばい、震えて来た。)


 マリアベルを逃す為とはいえ、第三王子に楯突いたのだ。

 更にマリアベルと繋がっているばかりか、リリアを襲う準備をしていたなどと、証拠も何もない罪を着せられた。

 教員が生徒を狙う行為は、王の御心にも反する為、本当の意味で重罪人になってしまった。

 勿論、ペペロンチーノという人物は実在しないのだから、そこに後悔はない。


(あの四人、本当に番外戦術を使いやがった。まぁ、それはどうでもいい。目の前でマリアベルを傷つけてしまった。それこそが……、俺の重大なミスだ。)


「まぁ、良いでしょう。これまでのことはある程度想定内です。今後の作戦を考えねばなりませんが、まずは再び引きこもってしまったマリアベルをどうにかするのが、お前の仕事です。私は知らぬことになっていますから、あとは頼みましたよ。」


 ロザリーが知らない設定ということは、マリアベルが母親に話せていないということだ。

 あの出来事をどう話せば良いのか、キャロットとレチューからの報告を読んでも、確かに思い浮かばない。


(あの後、リリアはフェルエに謝罪した。つまり、彼女は曖昧だった記憶が戻っていたのだ。おそらくはそれを誰か、いやイグリースが思い出させたか、伝えたか。そして雨を降らせたのか、それともあの日、雨が来ることを知っていたのか?今まで近づかせなかったリリアを、突然奴らはマリアベルのところに向かわせた。そして、これは事後に考えても意味のないことだが、恐らくは他の方法もいくつか用意していた筈だ。——つまり、マリアベルにとって防ぎようのない事件だった。)


 マリアベル本人からは何も報告が出来ないだろう。

 リリアという娘が雨の中謝ってきて、そうしたら何故か生徒全員に白い目を向けられた。


 ——それは事実なのだ。


 それにも関わらず、自宅謹慎処分、——説明出来る筈がない。


 『コンコン』


 ジョセフはいつもと変わらないリズムで、彼女の部屋の扉をノックする。

 昨日、そして一昨日もノックをしたが、彼女からの返答はなかった。

 それに、今度はやはり重症のようで、メルセスの食事に手をつけていない。

 本当に本当に彼女は堕ちてしまっている。


「マリアベル、話がしたい。——先ほど、ロザリーと少し話をした。私は危険レベルに達したと見ている。このままでは本当に危ないんだ。お前もみんなも。」


 けれども返事はない。

 生存確認はロザリーの魔法で出来ているとはいえ、流石に彼女が心配だ。

 それに、このまま彼女が引きこもってしまうと、学校はリリアのやりたい放題。

 どのみち、革命が成立してしまう。

 だから。


「情報の開示をボルネーゼ家に了承してもらった。だから今からその情報をお前に伝える。」


 寝ていては意味がない。

 寝ているとは思えないが、一応確認をする。

 娘には悪いが、聞き耳を立てる。

 ボルネーゼの魔法が使えれば一番だが、持っていないしロザリーも貸してはくれない。

 ただ、彼女が身を起こした音は運よく拾えた。


「伝えるぞ。……お前が学校に行かなくなれば、間違いなく、——お前もお前の母親も皆、殺されてしまう。」


 ジョセフは先の未来をネザリア、そしてロザリーに話している。

 当然、その為の降霊術だったのだから、ジョセフは話している。

 そして、マリアベルの本当の肉親であるロザリーは、その話を娘にして欲しくないと言った。

 親としては当たり前の話だろう。


 勿論、自分の心配だけをして欲しいという意味でだ。


 もしも、それが未然に防げるのなら、娘にそんな話は聞かせたくはない。

 あの子には崇高な貴族になるという夢がある。

 いつかは裏の世界を知ってしまうのだろうが、今は表の部分だけを見て、真っ直ぐに生きて欲しい。

 それはジョセフもそう思っていたけれど、本当に状況が悪い。

 アイザックを逃せば、本当に未来は来ない。

 だから、覚悟をして聞き耳を立てる。


 ただ、——彼女からの返答は予想外のものだった。


「……さま。……ね、……は…………か」


 か細い声。

 ジョセフは良心の呵責を感じながら、娘の部屋のドアに耳を押し当てる。

 非常事態が故の行動だ。

 ロザリーも許してくれるだろう。

 

 そして聞こえて来た彼女の言葉は。


「お父様……は、内務省でお仕事をしているの……よね?……ペペロン……チーノ先生は……ご無事……なの?」

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