第21話 平民のヒロイン
リリアは今や囚われの姫?箱入り娘?どちらも当てはまりそうな状況にある。
「先週、謝り損ねてしまったの。ゼミティリ君、どうにかならないかなぁ。」
クラスメイトの少女。
そして何故か王子と侯爵御曹司に目をつけられている少女。
彼には許嫁がいるが、それは親が決めたこと。
レールに乗せらえた人生なんて、糞食らえと思っている。
そんな武闘派の彼は、只今何もかもが鬱陶しい。
でも、貴族の型にハマらない少女は、やはり彼の中でも特別枠である。
「ったく、仕方ねぇな。あの日、俺は侯爵の息子に嵌められたからな。どうもあの二人は胡散臭い。リリア、あんま権力者に近づくんじゃあねぇぞ。俺が居れば、お前が転がされることなんてなかったんだ。で、ボルネーゼんとこ行くんだろ。俺が一緒について行ってやる。勘違いすんなよ。俺はあいつに言いたいことがあるだけだ。」
魔力というよりは体術を磨いている黒髪の彼。
ゼミティリは、なんだかんだリリアの望みを叶えてくれそうな男だった。
しかも、運のよいことに彼もマリアベルに用があった、……らしいが。
「シーブル君の話では、Bクラスは午後から魔術実験室で実習みたいなの。昼休みをうまく利用すれば、マリアベル様にお会いできるかも!」
「おう。侯爵家なんてクソくらえだ。」
あの日以来、フェルエはマリアベルと交流を深めているという。
あの悪名高いマリアベルならば、許嫁の件を武器に動きを封じる手立てだって考えているだろう。
目も合わせずにフラれた、あの日と同じように恥をかかされるかもしれない。
(マリアベル。あの時と同じ俺と思うなよ?)
だがここで、リリアを守ることが出来れば、彼女はきっと自分にもっと興味を持ってくれる。
あの日の勇み足など、全てがチャラになり、頼りになるのゼミティリとなるに決まっている。
更には、あのマリアベルも悔しがるに違いない。
だって、あの時と状況が異なるのだ。
噂ではマリアベルは後ろ盾のある結婚相手を探しているらしい。
そして、フッた相手が平民の娘と付き合っていると知る。
きっと彼女はこう言うだろう。「そんな下民よりも私の方が魅力的でしょう?今すぐ乗り換えなさい、今すぐ結婚しなさい。」と。
だが彼はその時、こう言うと決めている。
「そんなお前だから興味がない」と。
彼の中では勝ちルートなのだ。
入学式の日、彼はレオナルドとイグリースが興味を持っている女がいると風の噂で聞いた。
そしてその女が同じクラスのリリアで、更には王子が頭を下げるほどの人物だとも知った。
リリアには何かがある。
だからリリアと結ばれれば全てが解決する。
そして、マリアベルも逃した魚が大きすぎたことを知り、傅くように側室として仕える。
彼はそう信じている。
——当然だが、四大貴公子は一枚岩にはなれない。
彼らにとって、マリアベルとは比べ物にならない脅威がある。
それは同性の男、特に四大貴公子である。
四大貴公子は、それぞれが『恋敵』だから、共闘などできやしない。
「リリア。一つだけ忠告しておく。レオナルドは王族だ。あいつには気をつけた方がいい。それにイグリースもよく分からん奴だ。あと、シーブルも気をつけろ。眼鏡の裏で色々考えている奴だ。……ってか、同じクラスなんだから俺をもっと頼れよ。それから——」
一つだけにしてはやけに長い忠告。
彼がヒーロー候補?などと思ってはいけない。
四天王の中でも最弱、それが彼。
リリアの中の人がどれだけ恋愛ゲーム下手でも、彼という救済ルートが存在する。
そんな救済ルートな彼が、リリアを救済する為に動くのは当然である。
◇
許嫁が同じ教室にいるにも関わらず、そんな発言をしてしまうゼミティリは、クラスで浮いている。
ただ、ぱっと見が怖いのと、権力者の父を持つので、誰もが見て見ぬふりをする。
フェルエの周りに自然とクラスメイトが集まるのも仕方がない。
「あいつ、また抜け抜けと。」
女子から見れば、同情かもしれないが、男子生徒の中には、これを機にフェルエとお近づきになりたい者だっている。
フェルエは大人びた容姿をしているし、辺境伯とのパイプを欲しがる者も少なくはない。
ただ、そんなフェルエはマリアベル派としても知られている。
「フェルエちゃん、リリアはマリアベルに会おうとしているみたいだぜ。」
「あ?なんであたしにいちいち報告するのよ。ってか、距離近くない?」
ちょっと怖いところはあるけれど、それがまた良いという男子もいる。
そして、別のクラスからも。
「フェルエちゃん!リリアがマリアベル様の所に向かってる!……えと、一緒に居たのはゼミティリ君に見えたけど……」
「分かってる。一緒に出ていくところをアタシ、見てたし」
リリアが動けば貴公子の何人かが動く。
そして風の噂という突風が吹き荒れる。
伝言ゲームだけでは済まず、廊下を走ってまで誰かに報告する。
上から見ると、彼女は噂の台風の目のように見えるだろう。
そんなリリアが、不味い存在なのは事情を知らないフェルエにも感じることができる。
「どうしよう。私見てこようかな?フェルエちゃん、どうする?」
「どうもこうも。アタシが行くと面倒になるだろ?」
「よっし!それじゃあ、俺がフェルエさんの代わりに見に行く!で、その後報告します。じっくり……」
「——ご勝手にどうぞ!……ってか、ゼミティリと同様、アタシも許嫁状態ってこと、忘れてない?」
そして、フェルエと数名を残して、Cクラスの生徒が消えた。
ゲーム上では、あそこで登場しなくなる予定だったフェルエは皆に追い込まれることもなく、今もここに居る。
全てはマリアベルの独断の賜物。
だから彼女は机に突っ伏しながら、主の為に祈りを捧げた。
(アタシが動くとややこしくなるからすみません。……マリアベル様、どうかお気をつけて)
◇
リリアはメインヒロインである。
恋愛においてチートキャラであり、チートキャラといえば鈍感設定である。
ゼミティリの好意など特に意識せず、彼女はBクラスへと向かう。
流石に王の権威を示す校舎、それぞれの教室はかなり離れた位置にある。
「ゼミティリ君がついてきてくれて、本当に嬉しい!ゼミティリ君のお陰で、やっとマリアベル様に謝れるんだもん。」
隣を歩く可憐な少女。
周りを明るくする力を持つ笑顔が出来る彼女。
自由の象徴を背に、彼は肩で風を切りながら歩く。
「けじめは大事だからな。でも、弁償しろなんて言ってきたら、聞いてやる必要はねぇぞ。制服なんぞ、あいつにとっては端金だ。そんときは俺が相手になってやる。」
「えぇぇぇ、いいよぉ。それに、マリアベル様ってそんなことを言うかなぁ。」
少女は貴族というものを知らない。
そして貴族とは一個人の問題では済まない。
だから面倒くさいのだ。
——だが、一個人でも面倒くさい奴もいる。
「あれ!リリアちゃんじゃん!……どしたの?なんで、そんな悪そうな奴と歩いているの?リリアちゃんには似合わないんじゃないかな?……それに、こいつは許嫁の前でいかがわしいことをする奴だよ。」
……やはり来た。
分かっていたから、ゼミティリは身構える。
イケメンでなければ、だらしなく見えるボサボサの黒髪の隙間から、金髪ナンパ野郎を睨みつける。
黒髪の青年は馬鹿だが、馬鹿過ぎはしない。
いままでのことも、こいつが大体悪いのでは、と思っていたりする。
「あ?てめぇのクラスは北棟だろう。邪魔だから失せろ。」
すると、金髪チャラ君・イグリースは肩を竦めて、こう言った。
「相変わらずゼミティリは尖ってるねぇ。そもそも、君がリリアちゃんと同じクラスってのが納得出来ないんだよね。許嫁がいるから、大人しくしてくれるものだと思っていたんだけどさ。そもそも、君が全部悪いんじゃないの?」
ただ、黒髪の彼は沸点が低い。
自分が考えていたことを、先に相手に言われて挑発に乗ってしまう。
「バカか、お前は。あれは辺境伯を押さえ込むための政略結婚だ。別の俺でなくとも問題はない。そう、お前でもな。寧ろ侯爵家の次男の方が相応しいだろ。……あぁ、そうか。お前はマ——」
その瞬間、リリアにはイグリースの姿が消えたように見えた。
同時にゴッ!と鈍い音がして、ゼミティリが吹き飛ばされた。
そして、ドン!と大きな音がしたと思ったら、彼は廊下の壁に背中を預ける姿勢になっていた。
一瞬の出来事すぎて、少女には何が起きたのか、全く分からない。
彼女の隣には独特のポーズをとっているイグリースが居る。
そんな彼が言う。
「伯爵家と侯爵家では魔力が段違いだよ。それにいくら学校とはいえ、侯爵家をバカにする発言は許されない。君はもう少し立場を弁えた方がいいね。」
「……お得意の不意打ちかよ。だが、なるほどなぁ。そういうわけか。ならば別に俺には関係ないな。ただ、やられたらやり返す、それが——」
「二人とも!何やってるの!ここは学校だよ‼」
そして、ようやく事態を飲み込めたリリアが二人を止めた。
因みに、ゼミティリに怪我はない。
イグリースはあの一瞬で間合いを詰めて、彼を蹴り飛ばしていた。
ただ、ゼミティリもきっちり両腕で蹴りを受け止めて、自ら後ろに飛ぶことで勢いを相殺していた。
リリアには最後の瞬間しか見えてない。
それでも二人が急に喧嘩を始めたことくらいは分かる。
「リ、リリア。違う。これはただ……」
「リリアちゃん、違うんだよ!えっとこれは貴族の挨拶みたいなもので……」
少女には二人の会話はさっぱりだった。
結局、二人とも貴族様同士の会話をしているのだろうとしか思えない。
それはイグリースの先の発言から分かる。
だから、平民風情が二人を止めるのは違うのかもしれない。
(やっぱり二人とも偉ーい貴族様なのかな。私は関わらない方がいいってことだよね?さっき魔力の差って言ってたけど、魔力って暴力の為にあるの?)
納得がいかなかった少女は、スタスタと廊下を一人で歩き始めた。
「もう、いいもん。お貴族様のことは私には分からないし。——だから、私は一人でマリアベル様に謝りにいく!」
そして台風の目はマリアベルのいる教室へと向かう。
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