第20話 マリアベルの最重要機密情報
ベコン・ペペロンチーノは静かに廊下を歩いていく。
有名なイベントだから、自分の目で見ておきたかった。
犯人は予想通りだが、どこにいるのか分からなかったから決定的な証拠は掴めなかった。
だが、まだ急ぐ段階ではない。
「さて、今回も悪役に仕立て上げられた訳だが、リリアの無双っぷりがヤバいな。今も変わらずリアルタイムアタックモードか。……そして来月、アイザックがやって来ると。」
「先生?犯人に心当たりあるんじゃありませんの?」
その言葉に両肩が浮く。
そして、出来るかぎりの顰め面をする。
「はぁ……。それを聞きたくてここに直行したのか?」
「えと、私はお止めしたんですが……」
「わ、私も……」
実はというか、当たり前だがキャロットとレチューはペペロンチーノの正体を知っている。
他にも数名は正体を知っている。
だから、この二人を連れて来られると色々とやりにくい。
あの日以来、ちょくちょく三人でやってくるのだが、それは流石に紳士ベコン・ペペロンチーノも本意ではない。
(だって、キャロットとレチューはロザリーとも繋がっているからね!俺の妙な行動とか、素行とか報告されちゃうから!こないだとか、うら若き女子生徒を凝視してました、とか報告されちゃってるからね?この二人からではないけれども!)
「先生が所属している派閥がどこかは存じませんが、高みの見物を決め込んでいるのでしょう?」
そんな高みの見物を決め込んでいるのが、自分の家の人間なのだと、彼女に言える筈もない。
彼女は貴族の鑑を目指しているのだ、——それがこんな偽装をしている理由である。
因みに、今の状況で一番高みの見物が出来ているのがシーブルの実家、グラタン家である。
現状の彼はリリアに傾きがちだが、根本的に彼はマリアベルに惹かれている。
彼はどっちに転んでも良いと思っているし、何にも縛られていない。
グラタン家が何をやっているか、それを考えればすぐに分かる。
彼の家は金貸しだ、——世の中が混乱すればするほど、彼らの家は権力を持つ。
しかも既に力を持っている為、グラタン家は敵に回せない。
「察しがついていたとしても、お前が言ったまま、これは水掛け論で終わる。大人しく引き下がって、婿探しに励んだら良い。その方が私の派閥も助かる。」
現状、それしか解決方法がないのだ。
リリアと友好的な関係になるのはNGである。
人畜無害なリリアだが、彼女の象徴が『自由と希望』というのが宜しくない。
これはネザリアからの忠告である。
権威の象徴であるマリアベルが『平民』と同列になるのは不味い。
本当に都合が悪いことに、ボルネーゼが自由という大義を掲げてしまうと、それは単なる謀反扱いになるのだという。
(強大な派閥が自由という旗を振りかざして国中を跋扈する、それはただの国盗り物語だ。嫌われ者のボルネーゼ家がそれをやるんだから、リリアもただ利用されているだけと捉えられる。シナリオ上、二人が仲良くなることはないんだけど。)
そも、この国は四百年もの間、自由を手放している。
だから、国中が『革命』を求めている。
ただ、そんな彼の思惑なんて、少女には関係がない。
「嫌ですわ。学校開始早々、平民にへこへこする王子、ナンパでしかも同じく平民にへこへこしている侯爵御曹司。それから周りが見えていないお金持ちのメガネに、許嫁がいるにも関わらず、破廉恥なことをしでかす軍務大臣の息子。殿方を選ぶ権利は私にもありましてよ?」
「ぬ!そ、それは……」
ぐうの音も出ないほどの正論である。
現状の四大貴公子は、彼女の目にそう映っていてもおかしくない。
キャロットとレチューの顔にも同じ文字が浮かんでいる。
二人から見た四大貴公子の心証も同じようなモノだろう。
「そうかもしれない……が、ボルネーゼ家の目的はそれだと聞いている。これは間違っていたのか?」
(俺が聞くのも変だけれども!そういう予定だっただろ!その前に一つ言いたいことがあるけれども、俺としても、父としても……)
「それはそうですが、その為の学校ですわよね。成績優秀者は王に認めて頂ける。つまりは第一王子や第二王子も視野に入るということですわ!」
無論、それが出来れば困りはしない。
だが、そこにたどり着くまでに、彼女の処刑イベントが始まってしまう。
ネザリアの死がその道中で待っていて、それは成績発表前に起きる。
——つまり、彼女は本当の主人公が誰かとカップリングする前に消えている。
それを少女に、どう伝えれば良いか、その答えは見つかっていない。
だから、なるべく早く彼女の後ろ盾になる誰かが欲しい。
「確かに、それも大切か。父としても、今の四人に嫁がせたくないというか……、六月になれば、気持ちも変わっているかもしれないし。」
「ん?どうして義父様の考えがそこで出てくるのですか?」
(だー!心の声がつい……)
「し、し、心中察するに余りある、という意味だ。く、詳しくは知らないだろうけれど、いずれは知ることになるだろう?」
「それはそう……、ですけど」
キャロットとレチューの方を見れない。
これも報告されるのかと思うと、内心ひやひやである。
だが、それが功を奏した。
プレイヤー目線では絶対に分からないし、今までの義父という立場では絶対に教えてくれなかったこと。
それが今なら分かるかもしれない。
「父親の件はさておき、マリアベルの眼鏡に適う男ってどういうタイプなんだ?」
それがアイザックであれば、そこに全力を注げば良い。
いや、そうであってくれなければ困る。
彼は一番人気キャラなのだ。
「確かに、マリアベル様がどのような殿方を選ばれるのか、私も気になります!」
「そうですね。四大貴公子が眼鏡に適わないのであれば、どのような殿方がよろしいのですか?」
居た堪れなくなっての、思わぬ加勢。
というより、キャロットとレチューも目的は同じだ。
「ええ!?私の好みですの?そ、そんなこと……考えたことは今までありませんし……」
珍しく、マリアベルがたじろいでいる。
頬を染める姿など、五年間で一度も見たことがない。
ヒロイン・リリアと対極の美しさの美少女なのだ、——落とせない男など想像が出来ない。
「そもそも、キャロットとレチューはどのような殿方が良いのですか?私だけ責められているようで狡いですわ。」
そして、マリアベルのこの発言は悪手。
(おや、珍しくマリアベルがミスをした。彼女は彼女でノーミスでここまでやっていた筈なのだが。そこで二人に話を振るのは、こちらとしても大助かりだ。)
ペペロンチーノにも分かるほどのミス。
それがマリアベルという存在、彼女の生き方なのかもしれない。
案の定、キャロットが即座にそのミスに付け入る。
「私はやっぱり、カッコよくて、強い方が良いです!出来ればお金も持ってて欲しいですね。」
さらにはレチュー。
「私はどちらかというと、守ってあげたいような少年のような男の子が良いです。弟がいるからかもしれませんが……」
つまりは『恋バナ』
年頃の女子に振ればどうなるか、——なんて、誰でも想像がつく。
そして、相手の話を聞いてしまったら、一貫の終わり、——自分も話さなければならなくなる。
勿論、今のままでは未完に終わるので、ベコン・ペペロンチーノがアレンジする必要がある。
マリアベルがチラチラと見ているのだから、なるほど、分かりやすい。
「おっと、これは失礼だったな。……では、少し席を外すとしよう。」
——そう。
かなり気まずいな、と思っていた。
変身魔法がなければ、顔を真っ赤にして、ソワソワしている顔を見られていた。
これは女子会、彼がこの場を離れてこそ、会が成立する。
この話は必ず聞いておかなければならないが、実はそこはクリアしている。
二人から後で聞き出せば良いのだから、こんな気まずい空気の中に留まる必要はない。
だから彼は颯爽と出ていく。
実はお父さんとして物凄く気になるが、今は我慢だ。
後はこのドアを閉めれば、完全犯罪成立、マリアベルは完全に追い詰められる。
そして。
(キャロット、レチュー。後は頼ん——)
「——私は!……全てを投げ出して、私のことだけを思ってくださる方が好……」
なんと、ドアを閉める前から彼女が話し始めてしまい、彼の耳にも届いてしまう。
(——って、聞こえてしまった!マリアベル、言うの早いって。やはり、こういうのに慣れていないのか。……それにしてもマリアベル、案外好みがそのままというか、可愛らしいというか。これはやはり可愛いのでは?)
だがしかし、今の四大貴公子にこの条件はやはり当てはまらない。
であれば、やはり六月が勝負である。
(今のうちにネザリア様に手を回させておくか?流石にもう知っているよな?ライスリッヒ諸島、氷に閉ざされた大地……。あ、そういうことか。氷に閉ざされているから遅れているのか。だから夏が訪れて彼は登場する。だったら、まだ来ていない可能性がある。そりゃ、噂が広まっていない筈だ。)
ここで漸く、彼が遅れてくる設定の意味を理解したベコン。
だが同時に、今は手出しが出来ないことも理解した。
——アイザック、彼によってこの国の命運が決まると言っても過言ではない。
というところで、ベコン・ペペロンチーノは完全退室。
少女の義父はこれ以上の話は後から聞くことになる。
そして彼はまだ気がついていない。
動き過ぎた彼もまた、この学園ドラマ劇の演者になってしまったことに
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