第19話 主人公はその令嬢と会う
そして、ユニオン歴469年の5月が来る。
つまりは冒頭のシーン、本来は30分で訪れるのだが、それまでに色々とありすぎた。
マリアベルは妹分二人を連れて、今日も学園を練り歩く。
教室に引き籠るようなことはせず、堂々と道の真ん中を歩く。
「マリアベル様!応援しております!」
「マリアベル様!困ったことがあったらいつでも言ってください!」
ベコン・ペペロンチーノとの出会い。
あの日から、色々なことが変わった。
過半数の生徒が自分の後ろに居る、味方がそんなに居るのだから、彼女は怯える必要はない。
勿論、彼女の味方は元々それくらい居た。
増えたのではなく、彼女の見方が変わったから、そんな風に思える。
(この国に『平等』は、『自由』は早すぎる)
彼女は彼の言葉を心に刻みつけていた。
「分かっておりましてよ。必ずや私が一番になりますわ。黄金の世代筆頭になってみせますわ!」
頭を下げる生徒たちに向けて、高らかに宣言する少女。
登校初日と変わらぬ気品のある姿勢で、遥か先を見つめながら美少女は歩く。
——これが本来のマリアベルの姿、義父が見惚れる貴族令嬢の本性。
入学前、ジョセフは少女に聞いたことがある。
『どうして馬車で通わない?王族と変わらぬ権威を持っていることを示すべきだ。そもそも在る物を使わないのは勿体無いだろう。』
すると、少女は答えた。
『私は民を導く者で在り続けなければなりません。私を見て民は安心して生きることが出来るのです。そうあるようにと強く願っております。貴族とは迷える人々を導くから
それが、彼女が堂々と矢面に立つ理由。
彼女は貴族という存在に、誰よりも
因みに、ジョセフの気持ちが一発で彼女に傾いた瞬間でもある。
そして何故この
バシャ
第一話での出来事の少し前のこと。
中庭を横切ろうとしたマリアベル、彼女の制服の裾に泥水が掛けられたのだ。
「あら、これはこれは。」
道の真ん中で少女が膝をついている。
何故、泥水が入ったバケツを持っていたのか分からないが、少女は転んでしまったらしい。
中庭は普段、綺麗に手入れされている筈なのに、不自然に石が転がっている。
キャロットとレチューも、ある事に気がついている。
「……何かが起きていますわね。これはどちらが仕掛けたことかしら。どうやっても水掛け論になってしまいますわね。」
「ですが、マリアベル様——」
「問題ありませんよ。それより——」
そう、フェルエ事件の後の一か月。
マリアベルとリリアは顔を合わせていない。
だから、ここはこのセリフなのだ。
「——先に自己紹介しておきましょうか。」
◇
これが、リリアが噂の貴族令嬢を、初めて間近で見た瞬間だった。
あの日、何かをされたらしいが、現時点でも記憶は曖昧だった。
「おそらくはトラウマだろうね。あんな怖い思いをしたんだから、無理に思い出す必要はないよ。でも、絶対に近づいちゃダメだからね。」
眼鏡の青年はそう言った。
そしてその後は、レオナルドを筆頭にイグリースも、同じクラスのゼミティリも彼女に会いにいくことを認めてくれなかった。
貴族の悪い部分を折り畳んで出来上がったと言われている少女、マリアベル・ボルネーゼ。
「私の名前はマリアベルですわ!ボルネーゼ侯爵の一人娘のマリアベル・ボルネーゼですわ!」
リリアは彼女に会ってみたいと思っていた。
彼らがそこまでに言う人物に興味が湧かない筈がない。
それに少女は『人は分かり合える』と信じている。
ただ、出会い方は最悪だった。
植物園の水換え作業中にうっかり転んでしまった。
——そして、少女では絶対に弁償が出来ない特注の制服を汚してしまった。
「そ……、そうなのですね。貴女が噂の。えと、私……、私はリリアと申します。えと、その。先ほどはすみませんでした。」
◇
マリアベルは分かっている。
リリアは『平等の象徴』、『自由の象徴』である。
皆がそんな風に振る舞えたら、どれだけ素晴らしい世界か。
……そんなことは誰でも分かる。
「お気になさらずに。全て分かっておりましてよ。私、例え平民の出と分かっていても、皆様と同じよう、平等に接しますわ!」
そして少女は自分の身の程を知っている。
——リリアと対極の象徴がマリアベルであると。
「ちょっと待ってくれ。今のはリリアは悪くないぞ。」
そして現れたのは銀色の髪の青年。
凛とした緑の瞳の王子は立つだけで、その場の空気が変わる。
「え!?レオナルド様!」
キャロットが慌てている。
マリアベルよりも身分の高い者が現れたのだ。
例え、彼がいずれ王族を追い出される第三王子だとしても、今は王位継承権を持つ。
「レオナルド君!違うの!私が勝手に転んで、マリアベル様のスカートを汚してしまっただけです。」
「違わなくはないよ、リリアちゃん。」
すると今度は中庭の茂みから、金髪パーマの少年が姿を見せた。
「イグリース様!」
今度声を出したのは、青い髪の少女の隣にいた緑の髪の少女・レチュー。
気を許してはいけない男、イグリース・ポモドーロ。
レオナルドといつも行動を共にする、何を考えているのか分からない男。
ただ、爵位を考えるとマリアベルと同じ階級なのだから、扱いが難しい。
そして、ボルネーゼ家の存亡を考えるなら、友好的な関係を維持しなければならない存在でもある。
マリアベルは彼がどうも苦手なようだけれど、彼の振る舞いを見ればなんとなく分かる。
どこか不気味な男。
「イグリース、お前の出る幕じゃない。リリアは彼女達に転がされただけだ。だから謝るべきはお前だろう、マリアベル。」
その言葉にマリアベルは目を剥いた。
(真っ先に私を疑った。ということは、レオナルド様がリリアを転がした?それとも他の誰か?)
なるほど、確かに困難な状況。
対極の存在なのだから、この場にいるすべての生徒に可能性がある。
あちらの教師にも、そちらの生徒にも。
今は、中立的な存在を探す方が難しい。
だから今は俯いて、踵を返した。
「私は自己紹介をしたかっただけですのに……、——そして、これが私が負けてはいけない理由なのですね、ペペロンチーノ様。」
◇
少し寂しそうな彼女の背中をリリアは呆然と眺めていた。
そしてマリアベルを追いかけるように去っていく橙色と緑色の髪の少女。
ただ、その視界は遮られ、男性の割に華奢な手がそこに差し出された。
「ほら、リリアちゃん。怪我をしていないか、心配だ。僕が保健室に連れて行ってあげようか?」
「イグリース。カッコ良いところを持っていくな。」
リリアの手を握り、立ち上がらせる優男。
いつ見ても彼らは格好良いし、優しい。
親友のアドヴァからもお墨付きの二人、超絶最高物件。
彼らに手を握って顔を赤く染めない女がいるだろうか。
そう考えてしまう程、彼女は今の状況を理解できていない。
少なくともマリアベル・ボルネーゼが魔法を使ったようには見えなかったが、誰がやったかは分からない。
ただ、自分が転んだだけかもしれない。
「王子様、心が狭いですよ。」
「王子と呼ぶなと言っているだろ。それよりも気付いたか?」
「あぁ、レオナルド。お前が言っていた通り、この平等を口にした学校そのものが、平等な世の中を否定しているみたいだな。」
無論、リリアにもその言葉は聞こえている。
自由や平等は素晴らしいことだから、彼女には何も言えない。
(でも、私はあの
彼女は見えない目隠しをされたまま、貴族たちの巣窟を歩いている。
勿論、その目隠しを外されたとしても、彼らの本音は聞こえない。
◇
王子と侯爵家の息子が警戒している先にいたのは、ベコン・ペペロンチーノである。
勿論、ボルネーゼ派閥の教員数名も見ていた筈だ。
高貴な生まれであるレオナルドとイグリースが
『貴族どもの好きにはさせるか』
と言ってしまう世の中が、このゲームの舞台である。
(ここで本当ならリリアはマリアベルを知る場面。ゲーム中だと全然気付かないことが色々あるな。相変わらずの権力嫌い、レオナルド。確かに彼の立場だと権力さえも鬱陶しいか。だが、マリアベルを嫌いすぎていないか?それとも、単に表情の描写をケチっただけか?)
本来のマリアベルの登場シーン、彼女は悪役で登場だけれど、愛娘が晴れ舞台に立ったような気分だった。
ビデオがある世界なら、是非とも押さえておきたかった一枚。
ちゃんとクリア後に過去回想できるのだろうか、という雑念が浮かぶが今はしまい込む。
(……っていうか、相変わらずマリアベルにご執心だな、イグリース。どう考えてもお前はまだリリアが好きではないだろ?……いや、それなりには好きなのかな。うーん。マリアベルが大好きなのは、ここからでも伝わってくるけども。好きだからこそ、虐めたいか?小学生か、お前は。……ゼミティリの姿が見えないのは、リリアがゼミティリルートに入っていないからか。だが、同じクラスだけに動きにくいというだけかもしれない。)
ゼミティリは何故か早い段階でルートが出現した。
そして、そのせいかルートが途切れてしまった存在。
フェルエが良い仕事をしているのだろう、マリアベル軍もなかなかのもの。
だが、この場面で本当に見たかったのは彼らじゃない。
(あそこだな?ここからじゃ良く見えないけど、そこからだとさっきの顛末をじっくり見物出来るもんなぁ。そこに隠れているんだろ、リリアを転がせた真犯人、シーブル)
真犯人はシーブルだ。
巧妙なことに小石を動かすという、魔力が少しでもあれば出来る単純さ。
これでは犯人として吊るし上げることはできない。
(……なかなかサポートも難しいものだな。頑張れ、マリアベル。)
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