崖下のマリアベルー転生したら娘が悪役令嬢だった件

第6話 マリアベルとその友人

　マリアベルは左右に橙の髪と緑の髪の少女を連れて学校へ向かう。

　彼女の父親が自分自身のことを可憐だと思っていることを、彼女は知らない——いや、知りたくもないだろう。

「今日は算術と魔術の授業ですね。キャロット、算術は得意でして？」

　マリアベルは１７３cmと高身長であり、キャロットは１４９cmと低身長である。

　だからキャロットの視線は自然と上目遣いになる。

「知ってて聞いてません？私、数字は苦手なんです。そして本を読むのが大好きなんです。レチューは算術が得意なんで、分からないことがあれば、彼女に聞いてください。」

　と、彼女はもう一方の女を見上げた。

　レチューは比較的高身長で１６８cm程ある。

「はい。マリアベル様、算術のことならば、いつでも私に聞いてくださいませ！」

　二人には役割分担がある。

　つまり、マリアベルの為にロザリーの母ネザリアが用意したコマである。

　預言者曰く、マリアベルの学校生活にボルネーゼ一家全員の命が掛かっている。

　そして、親戚一同がその運命に抗おうとしている。

　そんな時。

「そういえば、ラザニア辺境伯の娘が何かを企んでいるようです。」

　レチューが耳元で囁いた。

　マリアベル・ボルネーゼ、というよりボルネーゼ家はあらゆる派閥に目を付けられている。

　だから、彼女たちが情報を集めてくれているのだが、この程度のことでイチイチ母親に連絡することはしない。

「……ラザニア伯は長年に渡り、東に追いやられていることへ不満を持っている。娘を利用して政治的立場の向上を狙っているのでしょうね。単に学業に専念している生徒なんて、ほとんどいないでしょうね。」

　ボルネーゼだけが学校をそのように捉えている訳ではない。

　社交場の会場が学校へ変わっただけ、という見方が貴族の中では大半である。

　そも、選挙もない国が突然変われる筈もない。

「どうせ狙いは、今年入学の四大貴公子ですよ。私たちの狙いと被ってしまいますが……」

　と、キャロット。

　ただ、マリアベルは首を傾げた。

「四人？そんなに高位の貴族がいたかしら。私の記憶だと……」

「マリアベル様は侯爵以上ですから、当然ながらレオナルド王子、そしてイグナース様に限られますので……」

「レチューも詳しいのね？」

　マリアベルは驚きを隠せなかった。

　四大貴公子なんて言葉は聞いたことがない。

「後の二人は伯爵家の嫡男です。グラタン伯爵の嫡子・シーブルと、ドリア伯爵の嫡子・ゼミティリ。つまりは伯爵家の跡取り息子ということです。婿養子探しのマリアベル様には無関係——」

「レチュー、そろそろ学校よ。では、マリアベル様。私は情報収集に行って参ります！レチューはマリアベル様の周辺をお願いね。」

「キャロット。私は一人でも大丈夫——」

「では、朝会までには戻ります。」

「マリアベル様、私の側から離れませぬように。」

　少女の声が掻き消されてしまうほどに過保護すぎる二人。

　母はさておき、母の側仕えのメルセスさえ、これほど甘えさせてくれない。

　だから、手持ち無沙汰の少女は、ぼーっと教室を眺めるしかなかった。

「一学年で３クラス。一クラス十五人、これが多いのか少ないのかは分からないけれど、あの子とは違うクラス。ついでにレオナルド様とも違うクラス。少なくともあの二人が同じクラスでないのは良かったけれど……」

　マリアベルがクラスを見渡すと、幾人かと目が合う。

　ただ、直ぐに視線を逸らされてしまう。

　これは母親譲りの鋭い目つきのせいか、それとも侯爵令嬢という立場のせいか。

（感じ悪いわね。でも、私には関係ない。私はトップの成績で前期を終えるだけ。勿論、レオナルド様とお近づきになれる機会は欲しいけれど、次点であの男か。アイツは苦手なのだけれど……）

　レオナルドと幼馴染であるイグリース・ポモドーロ。

　彼は次男だから、話が纏まればボルネーゼ家の主人として迎え入れることも可能だろう。

　そうすれば、少なくとも子爵の五男と再婚したことで馬鹿にされている母の汚辱を晴らすことができる。

　ただ、彼は幼馴染という理由か、レオナルドと同じクラスである。

　王子がいるのがAクラス、そしてここがBクラス、さらに主席合格者の少女がいるのがCクラス。

　そこでマリアベルは今朝の会話を思い出していた。

（四大貴公子、父親面のアイツが後二人居るとか言っていたわね。それを合わせて、四大貴公子ね。そうなれば、このクラスにも四大貴公子が在籍していた筈。名前は確か……）

「シーブル様、今日も読書ですか！最近はどのような本を読まれるのですか？」

　女学生の声が聞こえた。

　メガネをかけて本を読む少年、あれがシーブル・グラタンだ。

　いつも本ばかり読んでいる彼、マリアベルが何気なく見ていると、彼と目が合った。

　すると彼は慌てた様子で、視線を逸らして本の世界に戻っていった。

　しかも、完全に戻った訳ではないらしく、本の隙間から時折目が合う気がする。

　あんな様子で伯爵家を継げるのだろうかと心配になるが、マリアベルも他の貴族の心配をする余裕はない。

（あれが確か、金融王と呼ばれている伯爵の息子ね。母が若かった頃はグラタン伯爵なんて、木っ端貴族だったらしいけれど。南側の海岸線を多く持つ領地で、商売人を搔き集めているとかなんとか……）

　と、そんな時、キャロットがスッと隣の席に座った。

　しかも、席を離れた時よりも距離が近い。

　つまりは何か情報を仕入れたということだろう。

「マリアベル様。大変な事態が起きました。……嘘だと信じたいのですが、レオナルド殿下が平民のリリアに頭を下げたそうです。」

　マリアベルは目を剥いた。

　キャロットの言葉、たとえ噂話であっても、それは絶対にあってはならないことだ。

　マリアベルの一家の野望以前に、殿下が平民に首を垂れるなんて、由々しき事態に他ならない。

「それは……、真実なのですか？あってはならぬこと……」

「昨日、ラザニア辺境伯の娘・フーラの取り巻きが目撃したらしいのです。どうやらA組のバルサミコ伯爵の孫が、数日前より怪しい動きを見せていたそうで、彼の様子を見ていたそうなんですけど。」

　ラザニア伯の娘を探っていたら、思わぬネタが飛び出してきた。

　しかも、関与している別の伯爵家の人間がいた。

　そして、マリアベルの部下は更に有能であり、そこからキャロットが別の人物にも辿り着く。

「なるほど、バルサミコ家ですか。ポモドーロの犬ですよ、そいつ。ボルネーゼ家とは関わりのない家々を使って……。なんとも回りくどいですね。マリアベル様、如何いたしましょうか。」

　まず、王子の考えが理解できないので、マリアベルは俯いて黙考した。

　開校してから一週間しか経っていないのに、あまりにも展開が早すぎる。

　それに彼女にとって痛いのは、他のクラスだから直接見る機会がないことだ。

　バルサミコ伯爵家をわざわざ経由させているのが、なんとも腹立たしい。

　だが、キャロットはそれ以上の情報をも手にしていた。

「さっそくフェルエ様が動くようです。作戦は分かりませんが、実習室の近くで何かをする、という事だけ教えて頂きました。」

「そうか。フェルエ・ラザニアはあの子と同じクラスなのね……。あの平民の子にとって、この学校はあまり良い環境ではないものね。学校は貴族同士の派閥争いの場。成績トップの平民には大人しくしてもらった方がいい。彼女にはきっと耐えられないし……」

「相変わらず、マリアベル様はお優しいですね。お父上もマリアベル様のそういうところを心配されていましたよ？」

　レチューが反対の耳で囁く……が、それはマリアベルにとって聞き捨てならない言葉。

「は？なんで、そこでアイツが出てくるの？——寧ろ、父がそう言っているのなら、私は優しくて結構です！……ですが、フェルエの動きは気になるところです。どのように出る杭を打つのか、見に行ってやりましょうではありませんか。」

　ネザリアの息が掛かっているのは、義父ジョセフも同じ。

　それを知らないマリアベルは、気持ち悪いと日頃から思っていた父の名が出たことに反発した。

　そして、闘志が燃え上がるのを感じた。

　ガタっと椅子をズラし、今まさに動かんとする。

「……マリアベル様自ら動くのですか？」

「ええ。貴族としての手本となるべきなのです。それで、いつフェルエが動くのですか？」

「流石、マリアベル様です。……直接聞いたので間違いありません。彼女が動くのは、今日から三日後の放課後です。」