第3話 リリアの友人
リリアは学生寮を借りることができない。
学生寮は貴族向けに設計されており、賃貸料がべらぼうに高い。
だから彼女は近くの古いアパートで暮らしている。
「寧ろ、建っていることが奇跡ってくらい、ボロボロ。でも、学校まではすぐ近くだし、ずっと欲しかった自分だけの部屋だし、ちょっと埃っぽいけれど、掃除すればなんとかいけるかな!」
そんなこんなで彼女は一週間ほど、学校生活を楽しむことにした。
ただ、別の問題はいまだに抱えていた、しかも初日からずっと。
クラスの誰もが口を聞いてくれない。
だから彼女は黙々と一人で授業を受け、一人で勉強し、一人で帰宅。
そんな彼女にとって、一番幸せな時間はお昼の学生食堂だった。
——実は、いくら食べても、ここだけは
そこで夕食分まで食べて食費を浮かす、それが彼女の最初の生活スタイルだった。
でも、目が怖いからいつも急いで主菜を食べて、パンを二、三枚カバンにしまう。
そしてそれを屋上で食べるという、少し淋しい学校生活。
そんないつもの如く、昼食の残りを屋上で食べている、そんな時。
「リリアは食べるのが大好きよねー」
ここ一週間、誰にも話しかけられなかった。
自分から話しかけようかとも思ったが、流石に恐れ多くて喋ることができないし、何よりお貴族様の話題についていける気がしない。
でも桃色の髪の少女は、唯一の平民の学生に気にする様子もなく、ごく自然に隣に座った。
「えと……、アドヴァ・リングイネ様……ですよね?」
「すごーい!私の名前、覚えててくれたんだ。」
「……はい。私の隣の席ですから。」
「それはそうだよね。……っていうかね、リリア。私に様付け禁止ね。大したことない子爵の末娘なんだから、様付けなんて逆に慣れてないんだから。それにぃ、私は貴女と友達になりたいの。だってリリアって主席なんでしょ?すごくない?」
それがリリアとアドヴァの出会いである。
彼女のおかげでリリアの悩みは一つだけ減った、——かに思えた。
だが、そんな彼女がいきなりこんなことを言う。
「あ、そうそう。ここに来た理由があったの。実はね、私に頼まれごとがあったの。放課後……、多分四時頃かな?リリア、その時間に校門に来てくれないかな。」
「……それって?」
いきなりの頼み事、しかも子爵様のご令嬢。
粗相があれば、自分だけでなく故郷にも良くないことが起きるかもしれない。
リリア自身、自分が他の生徒達から白い目を向けられている自覚はある。
圧倒的多数を誇る伯爵家、そこからの伝達役が彼女かもしれない。
ただ、アドヴァは少女の考えを見透かしていたらしく、わざわざ田舎娘の眼前で大きく深呼吸をしてみせた。
「リリア、落ち着いて。そういうのじゃないから!それにね、私の為でもあるんだから!だから、お・ね・が・い!」
アドヴァが得をする、いや彼女も被害者なのかもしれないと、リリアは観念した。
そして、顔を青くしながらしっかりと頷いた。
「分かった。放課後……だね。」
「うん!絶対大丈夫だからね!絶対だよ!」
リリアは早くも帰りたくなってしまった。
勿論、直ぐ近くの安アパートではなく、故郷へ。
だから、午後の基礎的な授業は全く頭に入らなかった。
「おーい。アドヴァいるかぁ?」
放課後というより、最後の授業が終わって直ぐに、教室の外から男の声がした。
リリアが目を向けると、そこには水色の髪のやんちゃ坊主……を思わせる短髪の男性が立っていた。
「あ、ベルちゃんだ!」
「ぬぁ!その呼び方は学校行ったら禁止っつったろ!子爵の末娘・アドヴァ・リングイネ‼‼」
「なぁに?バルサミコ伯爵の末息子の更に息子のベルガー・バルサミコ君。まさか学校デビューが成功すると思ったの?思い切って髪を切っちゃってるみたいだけど、似合ってないし。まさか、それ。自分で切ったの⁉」
「うるっさい!かっこいいだろうがよ!……ってか、待たせるわけにゃいかねぇから、とっとと連れてこい!」
リリアが目を白黒させるやり取り。
なんていうか、彼女たちは普通の人間のように思えた。
そんな少年の雰囲気を残した青年の頬は少し赤い。
切り過ぎたらしい髪の毛をどうにかできないか、と弄りながら背を向けて、そのまま教室を出て行ってしまった。
「アドヴァちゃん、彼がその……」
「大丈夫よ。伯爵家とはいえ、親戚だし、領地もお隣さん。幼馴染みたいなもんだから。もっと大人しくて可愛らしい子だったのに、なんでデビューしようと思ったのかしら。……って、そんなことよりも!本当に待っているみたいだから、リリアも急いで準備して!」
そして少女は不安を隠しきれないまま、引き摺られるように校門へと連れて行かれる。
伯爵家のお孫さんでさえ、使いぱしりなのだ。
この先に居る人物は、平民いや男爵をも容易く葬れる人物に違いない。
(入学早々。アタシ、何かやっちゃったの?やっぱりアタシが夢を見ちゃいけなかったんだ。)
先を行くアシメトリーにカットされた水色髪の青年、彼の向かっている先には、見たこともない豪奢な馬車が停まっていた。
純白に黄金の装飾が輝く馬車は、間違いないと確信させる。
桃色ハーフツインテ―ルの少女の握力が強くなり、リリアは意識を失いかけた。
ただ虚ろな意識の中で、彼女はどうにか跪いていた。
ギズモ男爵に感謝すべき、体に染みついた平民根性である。
「やめてくれないか!」
聞こえて来たのは、あの日壇上で聞いた声だった。
やはり、何かをやってしまったらしいが。
「リリア、ここで跪かないでくれ。さぁ、今すぐ立って‼」
王子が急いで馬車から降りてきた。
それどころか、彼が手を取り少女を立ち上がらせる。
リリアが考えていたものではなかったらしいが、それ以上のことが起きる。
「済まない。私の考えが至らぬばかりに、君に迷惑をかけたようだ。」
なんと!
王子様はそのまま頭を下げてしまった。
自分が両親に怒られて頭を下げるのと、絶対に意味が違う。
リリアにもそれくらいは分かる。
全ての貴族の頂点である王家、そのご子息が頭を下げているのだ。
「え……⁉わ、私は何もされていません。どうか、頭を上げてください。」
レオナルドは真っ直ぐ過ぎる性格らしいが、リリアにはチンプンカンプンである。
助けを求めて、机の隣人の方を見るも、二人は仲良さそうにしながら、立ち去ってしまった。
アドヴァ・リングイネは役目を終えたのだ。
幼馴染の青年が頼まれたのだろう、そして彼女がリリアを連れて来た。
つまり、その役目が王子と自分を引き合わせること。
「どもー。俺もいるよー。ってか、リリアちゃんがしてなくても、王子様がやっちゃったってことだよ。大体、王子様は考えなしなんだよなぁ。入学式であんな発言をされたら、リリアちゃんがどうなるか、普通は分かるっしょ。」
金髪がウェーブした、如何にもチャラそうな彼。
ただ、この時のリリアはまだ彼を知らない。
そんなチャラ男が突然、リリアの手を取って、その甲に口づけをした。
その行動だけで、少女が老女になるまでの心拍数を使い果たした、のかもしれない。
頭に血が上って目が回り始める。
「俺の名前はイグリース・ポモドーロだ。君と同級生、クラスは違うけどね。今後ともよろしく。レオナルドも悪気があったわけじゃないんだ。許してやってくれ。」
「え、えと。その……」
ここで漸く、彼の自己紹介。
彼はポモドーロ侯爵家の子供。
こちらも王家とまでは行かずとも、少女にとっては天上人である。
「イグリース。お前が俺の代わりに謝るな。リリア、私は心のどこかで君の成績を妬んでいたんだろう。だから、君が嫉妬の的になると考えずに発言してしまった。この通りだ。許して欲しい。」
リリアは目を点にさせた。というより、やっと合点がいった。
確かに彼の言う通り、あの瞬間からリリアの周りにバリアが張られてしまった。
謝罪の意味は理解したが、それよりも彼の行動が嬉しかった。
「頭を上げてください。私、レオナルド様のスピーチに感動しました。そして、私の役目も理解したつもりです。慈悲を乞うのではなく、自分の手で掴む、ですよね?私が頑張らなければ、殿下のスピーチも意味がありません。だから、私も殿下の為に頑張ります!」
そして、この少女の言葉が王子の心を震わせる。
平民の意識改革も必要なのだ、それを少女はちゃんと理解している。
筆記テストの成績は、間違いなく彼女がトップだった。
きっと彼女はそれに気付いているが、一つも文句を言わずに自分を理解してくれる。
だから、レオナルドには彼女が輝いて見えた。
だから、彼には気付けなかった。
だから、少女は気付いていた。
——前から横から後ろから、今まで以上に嫉妬の目が向けられていることに。
そして、金髪の青年が肩を竦めて瞑目し、こう言うのだ。
「やれやれ。これからどんな学生生活がやってくるのやら。」
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