第2話 ヒロイン・リリアの入学式

 ユニオン歴468年12月。

 つまりは入学前に遡る。


 リリアはギズモ男爵領の平民、花屋の娘として生まれた。

 この国の男爵は王の直轄地より生まれることが多い。

 ただ、基本的には余りものを与えられるので、小さな小さな領地でしかない。

 耕す畑が少ない為か、ギズモ男爵の人柄によるものか、ギズモ領では平民教育が盛んだった。

 そこで見出されたのが、リリアという才能の塊と呼ぶべき少女である。

 少女はギズモ男爵に家族と一緒に呼ばれて、こんなことを言われた。


「王は貴族のしがらみに辟易しているらしい。人材登用の方法も大きく変えるつもりのようだ。もしかしたら『貴族政治の撤廃』が実現するかもしれない。自由を手に入れられるのだ。だからジョージ。リリアに王立大学校の入学試験を受けさせてみないか?そこでは新たな政府を担う若者を育てているという話だ。」


 ギズモ男爵、彼は貴族の中では庶民的な方らしい。

 それどころか、彼より裕福な平民も大勢いる。

 ただそんな男爵でも貴族には違いないし、この領地の法律は彼自身である。


「リリアは王家、侯爵家、伯爵家らの子供と同じ世代。言ってみれば、奇跡の世代だ。悪い話ではないと思うのだが……」


 そして、そんなやりとりがあった。

 父と母が領主の命令に逆らえる筈もない。

 それに父も母も『自由』という言葉と、『リリアは奇跡の世代』という言葉に目を輝かせていた。

 だから、リリアは地元の友達とお別れをしなければならなかった。


「ごめんね、ヨハン。アタシ、王都に行くかもしれないの。」

「けっ、勝手にしろよ。王子様とかが通ってる学校なんだろ?小作人の息子の俺なんかが太刀打ちできる相手じゃねぇって。」


 幼馴染はそう言った。


「ゴメンね。リリアとは話しちゃいけないって言われてて……」


 友達だった女の子達からも距離を置かれた。

 リリアの学費や生活費、それに試験の費用は領地のお金で賄われる。

 小さい領地の領民同士という平等はあっさりと崩れ落ちた。

 ただ、親友のアンネは嬉しそうな顔をしてくれた。


「リリアが王子様と結婚したら、親友が王子様と結婚したんだよって、私は一生自慢できちゃうなぁ。それにリリアが女王さまになったら、もっともっと優しい世界になる気がするのぉ」


 親友の言葉は嬉しかったが、それはシンデレラストーリーに憧れる少女の声だった。


「そんなにうまく行くかなぁ……」

「いけるよぉ。だってリリアちゃん、可愛いからぁ」


 領主の命令である為、リリアは王立大学校に入らなければならない。

 男爵が自らの立場をひっくり返す為に行く。

 ただ、確かにこの国には革命が必要だろう。

 だから、少女はそこが茨の道と知りつつも、残してきた家族や友人、そしてお金を出してくれた領民の為にも頑張らなければならない。

 そして、平民出の議員を目指すのだ。


 彼女が目指すはトップ、——誰にも文句を言わせない程の高成績を収めること。

 最優秀生徒になれば、ここギズモ領に王族より援助金が出るらしい。


「アタシが頑張れば、みんなの暮らしも良くなるかも。はぁ……、今までみたいに教会で教わるんじゃないんだよね。大学校だっけ。シンデレラストーリー、アタシも夢を見ていいの……かな?」


 郷土に残した友人の言葉を思い出して、少女は学校の校舎を見上げた。

 貴族の邸宅が立ち並ぶ街並みの中でも、ひと際輝いて見える王立大学校の校舎。


「とにかく負けるな、アタシ!浮かれちゃダメだからね!」


 確かに気負いもあるが、華やかな舞台への憧れもそれと同じくらい。


「……でも、王子様……か。どどど、どうしよう……」


 いやはや、流石は年頃の少女。

 どうやら、学問以外の事で胸がいっぱいらしい。


     ◇


 ユニオン歴469年、つまり同年の4月。


 そして、入学式当日。


 贅を尽くした壮大なホールの壇上に、長身の銀髪青年、つまり王子様が立っていた。

 彼が入学生の主席合格者であり、本日の挨拶を務める学生であり、何よりユニオン王の三男である。

 司会進行を務めていた教員から、そのような紹介があった。

 リリアは彼こそが、故郷で話に出た王子様なのだと、その紹介で知った。

 そして彼の言葉を一字一句逃さぬように、と目よりも耳に集中した。


「入学生代表、レオナルド・A・ユニオンです。本日は代表の挨拶という任を与えられましたこと、誠に光栄に思います。皆さん、ご存知の通り、本校は私が尊敬する父が、国政の要である『自由教育の促進』をさせたいという思いで、お作りになられました。」


 リリアは息を呑んだ。

 故郷で聞いた噂、ギズモ男爵の言葉は本当だった。

 男爵は殆ど平民と変わらない力しか持たないが、立派な信念をもって教育に励んでいた。

 そして、その危うさも教わってきた。

 けれど、王家の人間が言えば話が変わって来る。


「——皆も知っている通り、現在の国を運営する大臣は皆、貴族院の議員。それを父は変えようとなさっているのです。生まれや階級、そして性別や年齢に関係なく、有能な者を積極的に登用すること。有史以来、誰もが想像してきたことでしょう。ですが、結果はご存じの通り。未だに民の教育は領主の采配で決められている。その大改革の一歩が、この王立大学校の設立なのです。」


 リリアは胸を熱くした。

 彼女は拍手をしたい気持ちに駆られてしまう、いや駆られるに違いない。

 だから、ついパチパチと彼に拍手を送ってしまった。


 ——だが


 その瞬間、周りの生徒の目がリリアを貫いた。

 大袈裟ではなく、死を連想させるほどの鋭い視線、それも全周囲から平民の少女を串刺しにする。


(そか。危うい思想と考える人が多いって言ってたんだった。)


 まだ国は変わっていない。

 つまり、ここにいるのは全員貴族の子供か親戚である。

 冷たい視線、痛い視線、嘲笑するような視線。

 平民のお前には関係ないと言外に伝えるような視線。

 彼らにとって、平民は愚かであり、貴族が上から教える存在である。


 ただ、ここで別の少年の言葉が張り詰めた空気を霧散させた。


「王子様ぁ。父上の自慢話はいいからさっさと挨拶終わらせようぜぇ。お前の話、眠いんだが?」


 リリアの拍手など関係なしの、完璧に不敬な発言。

 けれども周りの空気が全く別のものへと変わる。


「イグリース様だわ。ポモドーロ侯爵家の次男の……」

「レオナルド様と竹馬の友という噂は本当でしたのね……」

「マジ、俺ら奇跡の世代なんだよ!」


 などなど男女問わず、黄色い声が辺りから聞こえてくる。

 そして壇上の王子様は半眼で不敬者を睨みながら、再び話し始める。

 確かに話が長いので、不敬者の言う通りなのだろうが、構うことはない。


「イグリース、ここは大事な舞台だ。邪魔をしないでくれ。ここが第一歩なんだ。」

「へいへーい。過去をぶっ壊すんだもんなぁ、俺達で!」


 銀の髪の王子様と、金の髪の貴公子様。

 彼らの輝きで大人連中は日陰者扱い、それが分かっていたのだろうから、彼らは大講堂の隅に隠れるように引っ込んでしまった。

 だから、王子様は誰にも邪魔されず、右手の人差し指を天井に向けて突き上げた。

 更にはその指を鷹揚に振り翳す。


「まずは第一歩目だ。みんな、聞いてくれ。……彼女だ。今、拍手してくれた女学生。本来なら彼女がここで生徒代表の挨拶をすべきだった。どこの誰かが妙な世話を焼いて、私にすり替えたのだろう。これが大人のやり方だ。彼女こそが本当の主席入学者であり、この国の未来の可能性でもある。教員の皆さま、これからは私に気を使わないで貰えたら嬉しいですね。無論、私も努力は怠らない。気を使わなくても良いように勉学に励むとします。では、奇跡の世代の同朋諸君。……一緒に頑張ろう!」


 流石は王子様、流石は国の上から数えた方が圧倒的に早い人!

 リリアは感動で呼吸を忘れてしまっていた。

 無論、彼の言っていることの真相は分からない。


(これが第一歩……。アタシのことも気遣ってくれた、凄い人‼)


 入学試験は算術、魔術、歴史、地理などから出題され、実技試験はなかった。

 だから間違いなく、本当の試験が始まって仕舞えば、彼の方が絶対に上だろう。


 それでも、成績自体が公平につけてもらえなければ、その舞台にも立つことが出来ない。

 民主化を阻む者たちが居るという話は、当然知っている。

 そんな古臭い連中の出鼻を、あの王子様が挫いてくれたのだ。


「チッ……」


 リリアが拳を握り締めた瞬間だった。

 一瞬、静寂に包まれたホールに舌打ちが響き渡った。


 誰の舌打ちかは分からないから、誰も咎めることが出来ないが……


 ——リリアは青い髪の少女と目が合ったような気がしていた。

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