聖剣の守護者は早く家に帰りたい

飛鳥カキ

第1話 聖剣の守護者

 聖剣……それはこの世で最も強い者のみが引き抜けるという伝説の剣。俺の名はエクス・ギルガメシュ。俺の家系は代々、その剣を管理しており、魔王が出現するたびに祠を開放して剣を持つべきものを選定している。


 伝承では、その剣を持ったものは襲い来る魔族の軍勢をまるで虫けらのように蹴散らし、絶対的な強さを持つ魔王ですら敵わない程だという。


 魔王が打倒された後、不思議と聖剣は一人でに祠へと戻ってきて、その祠を閉ざす。


 そして、今代、つまり俺の代になって100年ぶりに魔王が復活したとして運悪くも俺が聖剣の持ち主の選定者、別名聖剣の守護者となってしまった。


「早く勇者来ねえかな……。前の挑戦者からもう2週間も経ってるんだが」


 聖剣の守護者になると家に帰れず、ずっと祠の中で聖剣を持つべきものを選定しないといけない。そのため、俺としては早く選ばれた勇者なるものに聖剣を渡し、家に帰りたいのだ。


 俺が頬杖をついて今か今かと次なる挑戦者を待っていると、前方から人の気配を感じる。


 おっ、新たな挑戦者か?


 俺は居住まいを正す。


 そして、金髪のいかにも勇者というべき青年が祠に現れた瞬間にできるだけ威厳のある声色を作って決まった文言を問いかける。


「汝がこの聖剣の真なる持ち主であるか?」


 この言葉を言ったのはこれで何回目だろう。


「はい。私こそがこの世で最も強く、魔王を打倒する勇者にふさわしい者でございます」


 おおう、ここまで自信満々に自分のことを勇者だという奴は初めてだ。これは期待できるかもしれないぞ。


「では、勇者である証拠を示せ」


「はい。まず私は魔力を増強させる『竜の紋章』が手の甲に刻まれております。これは代々の勇者が持っていたとされる紋章です。他にも、国が亡ぶほどの最強の魔物である古龍を単独で撃破いたしました。さらには……」


 俺が証拠を示せというと、その青年は聞いてもいない武勇伝をこれまた自信満々に語り始める。


「待て」


「はい? まだ足りないでしょうか?」


「違う。私はお前が勇者である証拠を示せと言った。つまりはあの聖剣を引き抜いてみせろという事だ」


 俺はクイッと顎を聖剣の方に向けて言う。


 誰が好き好んで他人の自慢話なんか聞くか。


「ああ、そういう事でしたか。それならそうと言ってくださいよ。すぐにでも抜いてみせますのに」


 俺の言葉に笑いながら軽い足取りで青年は歩いていく。


「冒険者ランクSランクにまでなった僕ならきっと聖剣に選ばれるはずです」


「……早く抜け」


「はい? 何か仰いましたか?」


「気にするな」


 あまりの自慢のオンパレードに俺の口が勝手に動いてしまう。だって仕方ないだろう。聖剣を引き抜けと言っているのに聖剣の前に立ってまたあの長い自慢話でもされたら殴り飛ばしたくなる。


「では行きます」


 青年は聖剣の柄の部分を持ち、一気に引き上げ……られなかった。


「ぐ、ぐぬぬぬぬ、お、おかしいな。せ、聖剣って結構重いんですかね?」


「うむ、帰れ」


 結局あの後、この聖剣はインチキだとか僕が引き抜けないならきっとだれも抜くことなんてできないだろうななんてことを言いながら青年が帰った後、俺は一人静かにため息をつく。


「また、ダメだったか」


 2週間ぶりの挑戦者、それもかなりの有望株だっただけにショックは大きい。


「俺はいつになったら帰れるんだ」


 そうぼやいているとまた人の気配を感じ取る。一瞬、期待させられるがその人物の魔力を感じ取った瞬間、自分の知人であることを察する。


「よう、リーゼ」


「エクス、相変わらず魔力感知が凄いね! まだ姿を見せてないのに」


 そうやって扉の向こうからヒョコリと顔を出したのはこの国の王女殿下であるリーゼロッテ・ド・カイエルン、もっと言えば俺の幼馴染のリーゼであった。


「はい、ご飯持ってきたよ」


「ああ、ありがとう」


 リーゼはここを離れられない俺のために毎日食事を3食分運んでくれるのだ。今頃、祠の外には有り得ない程の騎士たちがいることだろう。


「今回の挑戦者もダメだったの?」


「ああ、ダメだった」


 因みに聖剣の挑戦者はこの国の王様、つまりリーゼの父親が選定しているためリーゼも挑戦者の情報はある程度知っていた。


「なーんだ、今回はいけると思ったのに」


「俺もだよ。はあ、俺はいつになったら家に帰れるんだ?」


「難儀だね、その力」


 リーゼの言うその力というのは、俺と聖剣との間につながれた不思議な力の事だ。この力はある日突然俺の体に働きかけてきた。この力を受けた瞬間に俺の意識は飛び、気がつけばここにいて、しかもこの祠からでることができない体となってしまったのだ。


「ホントにいい迷惑だよ。何で俺の代になって魔王が復活するんだか」


 今現在進行形で奪われている俺の青春を返してほしい。


 最近の俺の楽しみといえば喋ることのない聖剣に話しかけることか氷結魔法で大きくて綺麗な氷の結晶を作り出し、それを思い切り叩き割ることしかない。


 俺は渡された飯をほおばりながらふと幼馴染の横顔を見て思う。


「確かリーゼって学園でトップの成績だったよな?」


「うん、そうだよ。それがどうしたの?」


「もしかしてリーゼが勇者なんじゃないかと思ってな」


 ぼんやりと考え付いたことだが、意外とあるのかもしれない。


「私が? それは無いよ。だって、さっきの人より断然弱いもん」


「いいからいいから。一回聖剣を持ち上げてみてくれよ」


 俺は食べかけのおにぎりをかごの中に置くと、リーゼを聖剣のもとへと強引に誘う。


「頼む! 俺の青春を始めさせてくれ! 今頼れるのはお前しかいないんだ」


「もう、分かったよ」


 しぶしぶといった様子で了承してくれたリーゼに俺は涙を流して喜ぶ。


「行くよ」


 リーゼが聖剣に力を込めると、かすかに、ほんのわずかに聖剣に動きが見える。こんなことは守護者をやっていて初めての事だ。


「おお!ちょっと動いたんじゃないか!? もっとだもっと!」


「んん~、もうだめ。これが限界」


 そう言うと、リーゼはペタリと地面に座り込んでしまう。


「くそ~、惜しかったのにな」


「そもそも真の勇者は聖剣を持ち上げる時にあんな必死じゃないと思うわよ。伝承では軽い力で引き抜けたとあるもの」


「そうか、やっぱりダメか」


 ダメで元々とは思っていたが、これでまた待ちぼうけを食らうことが確定する。


「それじゃあ、今日は帰るね。また明日」


「ああ、いつもありがとうな」


 俺が食事を終えたのを見計らってリーゼは城へと帰っていく。


「あーあ、俺はいつになったら家に帰れるんだ? なあ、聖剣よ」


「……」


 こいつが喋る聖剣とかだったらもっと暇な時間を潰せるのにな。何だか段々、ムカついてきた。


「俺のウハウハな(予定だった)青春を返せよ」


 少しくらいなら罰は当たらないだろうと思い、優しく聖剣に蹴りを入れる。


 そうするとカランッという音が鳴り、台に刺さっていた筈の聖剣が床に転がる。そうして俺の体を包む呪縛の力が解けるのが分かる。


「へっ?」


 あまりの突然の出来事に俺は一瞬頭が真っ白になる。そうしてゆっくりと首を動かし、聖剣が倒れていることを確認すると、大きく息を吸い込む。


「ええええええええッ!?」


 余計ややこしいことになった。

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