第64話 続・大人の会話

 執務室では大人な会話がすすめられている。


「そろそろひと月になるね。シャーナはうまくやってくれているだろうか?」


 レオシュが執事長のクレートに尋ねる。


「はい。問題なく過ごされているようでございます。この様子ですとあと数日で各村からの報告が来るかと思います」


「そうか。それは良かった。さすがはシャーナだね。」


 レオシュは


「ふっ」


 っと笑う。


「それでは引き続きシャーナ殿を見守らせていただきます」


「ああ、よろしく頼むよ。このパンプキスープは本当においしいね。これが食べられるだけでも本当によかった。彼女とアンドリュー、精霊の関係はまだ公にはなっていないよね?」


「はい。まだそのようにしております」


「それならいいんだ。でも今後どうなるかわからない。万全を期しておかないとね」


「はい。引き続き警戒を強めてまいります」


「うん。頼んだよ」


「かしこまりました」


 クレートは深々と頭を下げた。


「レオシュ様。 本当によろしかったので?」


「ああ、構わないよ。 僕はシャーナにかけてみようと思うんだ」


 レオシュは少しだけ寂しそうな顔をしながら答える。そんなレオシュの様子を見て、クレートが声をかける。そこには心配の色も含まれているようだ。

 クレートにとってレオシュは仕えるべき主人であると同時に大切な友人でもあるのだ。

 そしてこれからも良き関係を築いていきたいと思っている。

 しかし立場上直接口に出すことはできない。

 だからこうして言葉の端々に気持ちを込めているのである。

 それが伝わっているのかいないのか、レオシュは特に気にした様子を見せず話を続ける。

 そこにいつものレオシュらしさを感じたクレートは内心ほっとしていた。


「確かに彼女は聡明だし、僕が期待しているような子かもしれない。ただ、彼女の存在はあまりにも大きすぎる。今はただの子どもとして自由に生きていけたら良いんだけど……」


「はい。私もそう思います」


「彼女が自分の意思で行動してくれるといいんだけどね」


「そうですね。我々ができることは見守るだけですからね」


「うん……。そうだね。あ! そうだ。彼女のことで一つ気になることがあってね」


「なんでしょうか?レオシュ様」


「なぜあの子に精霊の力が宿ったんだろう? 今さら言っても仕方のないことだけれど、本来この力は特別な存在にしか顕現しないはずだよね?」


「はい。『ルンデの書』にもそのように記述されております。シャーナにはその力があったと考えるほかありません」


「そうだね。うーん。不思議だなぁ」


「はい。不思議なことだらけです」


 二人は顔を見合わせて笑っている。

 そこには年相応な無邪気な笑顔が浮かんでいた。


「レオシュ様。例の件ですが、いかがいたしましょうか?」


 レオシュが突然真剣な表情になり、話題を変える。先ほどまでの柔らかな雰囲気が一瞬にして消え去った。クレートもそれに合わせるように表情を引き締める。

 部屋の空気がピンと張りつめる。しばらく沈黙の時間が流れる。窓の外では相変わらず雪がちらついている。


 しばらくしてクレートが口を開いた。レオシュはそれを聞いて、少し思案したのち静かに答えた。それはとても落ち着いた声で、静かな部屋の中でもよく通る声だった。

 クレートはその言葉を聞き届けると一礼し、そのまま退室していった。

 部屋に一人残されたレオシュはゆっくりと立ち上がり、窓から外を眺めながらつぶやいた。その瞳には強い意志が感じられた。

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