第一部
第一章
第1話 新たな時代の始まり
エルガストレイ。この名こそが世界を指す言葉だ。8つの大陸・6つの大洋・大小様々な島を有する星で、宇宙にぽっかりと浮かんだ楽園である。この世界には、数多の種族が暮らしている。生まれ、育み、共存し、時には争い、繁栄し、死んで行く。生物が持つ普遍的な価値である。それは、国や時代に言えることである。
〔マドニアス大陸〕。世界第3位の面積を誇る大陸である。そんな大陸には、数多の国が存在し悠久の昔から栄枯盛衰を繰り返してきた。現在は、70を超える国が存在し、お互いにしのぎを削りあっている。そんな中、大陸の中心からやや南西寄りに位置し大洋〔マルトニ洋〕に面し、温暖な気候と、風光明媚な土地を有する国がある。その名は、〔デイ・ノルド王国〕、この大陸に存在する最古の国々の一つである。
そして現在、この国は新たな時代を迎えようとしていた。
〔デイ・ノルド王国〕首都〔ハルマ―〕王城 東宮
コンコンコンと扉をノックする音が聞こえ来る。その音に私は、覚醒をし寝ているベットから体をむくりと起き上がらせた。凝り固まった体を伸ばし眠気を飛ばしていると「失礼いたします。」という声とともに扉が開き、メイド服を纏った年長の女性が入ってきた。
「おはようございます、殿下。お目覚めのご気分は如何でございましょうか?」
「おはよう、侍女長。少し眠気はあるが、いつも通りの体調だ。」
「それはようございます。それでは、支度を手伝わせていただきます。」
そう言って、洗面台に置いていた洗面器にお湯を入れその隣に水の入ったコップを置きさらに顔を拭くためのタオルを手に架け、洗面台の横に立った。
私は、彼女が用意をしている間にベットを出て洗面台に向かい、コップに入った水で口を2回ゆすぎ、洗面器のお湯を手ですくって顔を3回洗って、彼女の手に架かっているタオルを取り顔を拭いた。
顔を上げて洗面台の鏡を見ると、いつもの顔を写っていた。
特徴的な顔をしている。髪は黒と金の中間色、瞼は二重、目の瞳は黒、鼻は高くシュッとしている。顎も細く引き締まり、顔全体もすっきりとしている、俗に言うイケメンというものである。
そんな事を思っている私は、アランディア・フォン=フェニア=ノルドと言う名前である。年齢は28歳。この国、〔デイ・ノルド王国〕の王族の一人で第2王子であり今現在は王太子である。親し者たちからは、アランと呼ばれている。
そうこうしている内に、先ほどの侍女が後ろに立ち私が着ているナイトガウを脱がして、今日の着る下着を私の身体にあてながら選んでいた。
「殿下、本日のお召し物の上着とズボンのお色はどういたしましょうか?」
「そうだね。上はブルー系、下はグレー系の色にお願いしようかな。」
「かしこまりました。準備いたします。」
そう言って、彼女は部屋に備え付けられているクローゼットを開けると、私の指定した色にアレンジを加えて、薄水色の上着と少し濃いめの灰色のズボンを取り出して、ベットに置いた。その間に私は、出されていた上下の下着をつけ、ベットに歩み寄り、服の色を確認して、ズボンを履きベルトで止めて、上着を着た。
先ほどから、このように甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる女性は、王太子付き侍女長、エマリエル・フォン・クリスタである。年齢は29歳。親しいものには、エマと呼ばれている。私の幼少のころからの世話役で、乳姉弟でもある。現在は、結婚しており王国騎士の夫と二人の娘がいる。
上着を着た私は、ボタンを留めながらドレッサーの椅子に座った。そしてエマが、ヘアブラシを持って私の後ろに立ち、髪をセットしだした。
「殿下、痛いところはございませんか?」
「ないよ。エマは、本当に髪を梳かすのが上手だね。」
「お褒めいただき、恐悦です。」
私がエマと、そのような話をしているとコンコンコンと、またノックの音が響いた。
「誰か?」
と、誰何すると。
「殿下、おはようございます。ホルヘイで、ございます。」
「入れ。」
「失礼いたします。」
入ってきたのは、片目にモノクルを掛け、髪を角刈りにし、小脇に書類を挟み、文官の制服をビシッと纏った男であった。
名前は、ホルヘイ・ドーベルグ。年齢は30歳。二名いる、王太子付き専属秘書官の一人である。
「ホルヘイ、おはよう。」
「おはようございます、殿下。早速ではございますが、本日の予定を確認させていただきます。」
ホルヘイは、私に近づき本日の予定が書かれた紙を渡してきた。
「では、確認させていただきます。朝食を終えられて、十時をより王城でご執務、昼食を挟みまして、二時より開かれます王国貴族議会に陛下と共に出席、それが終わりましたら、明日の儀式でお召しになるご衣裳の確認、そして陛下や皆様との夕食になります。何か、気になる点はございますでしょうか?」
「いや、特にない。ありがとう。」
「ありがたき幸せでございます。」
そうこうしている内にエマが、髪を整え終わった。
「殿下、整え終わりました。」
そう言って、手持ちの鏡をもってドレッサーの鏡に後ろ髪の状態を映してきた。私は、後ろ髪の状態を確認して、椅子から立ち上がった。
「うん、よし。ありがとう、エマ。」
「ありがたき幸せでございます。」
「ホルヘイ、また後で、執務室で。」
「はっ。それでは、後ほど。」
私は、エマに礼を言い、ホルヘイに一旦別れを告げて、朝食を取るためにダイニングルームに向かうため部屋を出た。自室を出た私は、エマに先導されながらダイニングルームに向かいながら、本日の予定を反芻していた。そうこうしている内に、ダイニングルーム到着した。扉の両脇にいたメイドたちは、私を確認すると頭を垂れて礼をした。
「「おはようございます。殿下。」」
「うん、おはよう。」
私も、二人のメイドに挨拶をした。それが終わるとメイドたちは、扉の方に向きコンコンコンとノックをして、片方のメイドが、扉の向こうに話しかけた。
「殿下が、まいられました。」
そうすると、扉が部屋の中から外から内へと向かって開いた。そして部屋の中には、十人ほどが座ることのできる長方形テーブルとイス、そして壁際には、給仕をする数人のメイドが頭を垂れ、さらにテーブルの下座には、ドレスを着た二人の女性が、どちらも立ち頭を垂れていた。私はその中を、エマを伴って歩きテーブルの上座に置かれている椅子に座った。
「「おはようございます、殿下」」
「「「「「「「「おはようございます、殿下。」」」」」」」」
席に着くと、両隣の女性たちと壁際のメイドたちから挨拶が響いた。
「皆、おはよう。さあ、朝食を始めよう。」
朝食の開始の合図を言うと、両隣の女性たちは、席につき、メイドたちは、給仕を始めた。
私から見て左側に座っている薄いベージュのアフタヌーン・ドレスを身に着けているのが第1王太子妃である。名前は、マリアンヌ・フォン=カルティア=ノルド。年齢は、23歳。元公爵令嬢である。親しい者たちからは、マリアと呼ばれている。非常に洗練された容姿をしており、私に嫁いで来る前には、貴族の子息たちの間に彼女を巡る諍いがあったくらいである。しかし、その諍いも彼女が、私の婚約者に内定していると発表されると、一気に沈静化していった。
そして、私から見て右側に座っている薄い紺色のアフタヌーン・ドレスを身に着けているのが第2王太子妃である。名前は、ステラ・フォン=ルドリア=ノルド。年齢は23歳。元伯爵令嬢である。親しい者たちからは、ステラと呼ばれている。こちらも、その優れた容姿が、貴族の子息たちの間で話題になっており、結婚の申し出が多数来ていたという。しかし、そんな結婚話をすべて断ったという女傑である。
そんな二人だが、王立学園の同級生であり、父親同士が爵位の違いはあるが親友同士であり、さらに母親同士もお互いが切磋琢磨しあうライバル兼親友だったことから、幼いころからの幼馴染であり切磋琢磨するライバル兼親友という固い絆を持っているのである。その固い絆があったからこそ、私と彼女たちは出会い、恋をし、政略であっても愛のある結婚をしたのである。
そんなことを考えながら、二人の顔を見ていると。
「どうされたのですか、殿下? 私たちの顔をばかりを見て。」
「そうです、お顔がにやけていらっしゃいますわよ。」
「うぅん、顔がにやけていたか? それはすまない、見苦しいところを見せたな。」
マリアとステラに言われて気づき、慌てて直そうとしていると、二人がコロコロと笑い出したのである。
「フフフ、殿下、お顔が真っ赤ですわよ。」
「えぇ~、それに、先ほどの方が愉快でしたわ。殿下が、百面相しておられて。」
「ウゥ~、二人とも笑いすぎだ、勘弁してくれ。」
私が、降参をすると二人は、顔を見合わせてニヤリとして矛を収めた。どうやら、二人におちょくられた様だ。そうこうしている内に、朝食の給仕が終わり、テーブルからメイドたちが壁際に離れた。そして私たち夫婦は、食前の祈りを済ませ、朝食を食べ始めた。
それから、数十分後。私たちは、朝食を終えダイニングルームを出て、妻たちは、それぞれの部屋に、そして私は、とある所を目指してエマを従えて東宮の廊下を進んでいた。
「兄上は、お元気にして居られるかな?」
「本日は、御気分が良いとの報告を受けております。」
「そうか、義姉上の献身的な支えのおかげだな。」
エマからの報告を聞き、少し安堵していると、東宮と王宮を隔てている扉が見えてきた。この扉を超えたら、エマとは一旦別行動となる。エマは、扉のすぐそばの壁に向かうと、壁に設置された魔道具に手を翳した。
すると、扉が開いた。そこには、三人の煌びやかな軽装鎧纏い手には装飾の施された槍を握った兵士たちと、王太子付きのメイドたちのメイド服とは所々違うメイド服を纏った王宮付きのメイド二人が、待っていた。ここからは、彼らの先導と護衛を受けることとなる。エマは、手短に王宮付きメイドの一人に要件を伝えると、こちらに向き直り深々とお辞儀をした。
「行ってらっしゃいませ、殿下。」
「あぁ、行ってくる。」
扉が閉まり再び王宮と東宮が隔てられると、私は、王宮の廊下を目的地に向かって歩き出した。私は、歩きながら衛兵たちに声をかけた。
「衛兵。誰か先触れに行ってもらいたい。」
「はっ。」
一人の衛兵が、私に頭を下げ集団を抜ける、先触れを伝えるためその目的地に向かって駆けていった。それから、数十分後。私は王宮の廊下を抜け中庭に出て、その中庭に建っている一つの建物の前に到着した。
「「お待ちしておりました、王太子殿下。」」
そう言って膝まづき頭を垂れて、私を迎えたのが、この離宮の管理を任せられている、第1王子付き侍従長と第1王子付き侍女長であった。
「兄上の今日のお加減は、どうであろうか?」
私が侍従長と侍女長二人に問うと。
「今日は、とても気分が良い。なにせ弟が、久々に会いに来てくれたのだからな。」
扉が開いていた離宮の奥側からそうな声が、聞こえてきた。声がした方を向くと、車椅子を自ら漕ぎながら向かってくる男性の姿が見えた。男性は、そのまま車椅子を漕ぎながら私の前に着くと、車椅子を止めてタイヤを固定し少し立ち上がってハグをしてきた。
「おはよう、アラン。久々だが元気にしていたか。」
そう言って来たこの人物は、私の同腹の兄にして、本来の王位継承者であった人である。名前は、ジルコニア・フォン=ナガール=ノルド。年齢は、30歳。肩書は、第1王子である。親しい者たちからは、ジルと呼ばれている。少し顔に影が出ているが精悍さは失われていない風貌をしている。
「兄上、おはようございます。はい、元気にしていました。」
「そうかそうか、流石は自慢の弟だ。私は、誇りに思うぞ。ハハハ。」
そう言って、私の両肩をバンバンと叩いてきた。少し痛いなと、耐えていると。
「あなた、何をやっているの。」
という低い怒声が聞こえてきた。兄の肩がビックっと跳ね上がった。ツカツカと靴の音が聞こえてくる。その音が私たちの間で止まると、手がニョッキっと伸びてきて、兄の頬をムギョっと掴んだのであった。
「いたたたたたたたーーーー。」
兄が痛がりながら、掴まれている側に顔を向けると、ものすごい形相をした女性がいた。女性は、兄の頬を引っ張りながらムスッとした顔で、捲し立ててきた。
「あなた、人の肩をバンバン叩くその癖直しなさいと言ったでしょう。アランが痛がっているじゃない。それと出歩いていいって侍医たちが言ったけど、誰かに付き添いを頼みなさいと言ったでしょう。分かった。」
この捲し立てて話している人物こそ兄の妻で、私の義姉でもある、第1王子妃である。名前は、シヨン・フォン=ガーマル=ノルド。年齢は、25歳 親しい者たちからは、シヨンと呼ばれている。元々は、私たち兄弟の母上に仕えていたメイドで行儀見習いの準男爵令嬢であったが、兄の看病を偶々母から頼まれたことにより知り合い、お互いの波長が合ったのであろう、トントン拍子に話が進み結婚へと至ったのである。
そんなじゃれ合いをしている兄夫妻を眺めていたが、全く埒が明かず終わらないので話に割って入った。
「義姉上、おはようございます。兄上の頬を離していただけませんか?」
「アラン、おはよう。そうね、もういいかしら。」
そう言って、義姉は兄の頬から手を離した。
「あぁ~~、痛かった~。」
「痛かった~、じゃ、ありません。反省してください。」
「はい、すみません。」
「分かればいいのです。」
兄夫妻のじゃれ合いが終わると、私は兄の車椅子の後ろに回り押すための取っ手を持て、車輪のロックを解除した。
「では義姉上、兄上と共に父上たちにご機嫌伺に行ってきます。」
「えぇ~。行ってらっしゃい。」
私は、義姉に別れを告げ兄を乗せた車椅子を押しながら中庭を進み、再び王宮の中に入った。私は、再び衛兵の一人を父上たちの部屋に先触れに行かせ、兄弟で他愛のない話をしながら部屋に向かった。
部屋の前に着くと、扉をノックして返事を待った。
「入りなさい。」
厳かな男性の声が聞こえてきた。
「ジル、入ります。」
「アラン、入ります。」
私たち兄弟は、それぞれの名前を告げて部屋に入った。中に入ると、部屋の中央に置かれたソファーにいぶし銀の魅力を放つ美丈夫と若々しい見た目をしている美女が、座って待っていた。
「「父上、母上、おはようございます。」」
「うむ、おはよう。」
「えぇ、おはよう。」
私たち兄弟が挨拶をするこの人物たちこそ、現〔デイ・ノルド王国〕国王陛下と王妃陛下である。
国王陛下の名前は、マルトス・フォン=グロード=ノルド。年齢は、50歳。王妃陛下の名前は、ユキコ・フォン=クウ―ルス=ノルド。年齢は、48歳。この二人が、私たち兄弟の両親である。
「二人とも、元気そうで何よりだ。」
「少し二人に話したいことがある、夕食の後この部屋に来ておくれ。」
「でわな、二人とも。アラン、また後程王城で。」
国王陛下は、そんなことを言って、部屋の奥へと引っ込んでいった。
「ジル、それにアランも、もっと顔をよく見せて。」
私は、兄を王妃陛下が座るソファーに近づけ、私自身は母の隣のソファーに座った。そして王妃陛下は、私たちの顔をじっくりと見ると、こんな事を言ってきた。
「ジル、アラン、二人とも昼食は私と食べましょう。それと二人の妃たちも呼びなさい。よいですね。」
「はい、分かりました。」
「はい、了解いたしました。」
王妃陛下と、約束を交わして私たちは、部屋を辞した。兄は、離宮に戻り、私も東宮に戻り、服を軍服に着替えて、王城にある執務室に向かった。
午前九時五十分 王城 王太子執務室
私が入ると見えたのは、執務机に山積みされた、決済書類の束だった。ほんの一瞬逃げ出したいという気持ちにかられたが、逃げては国が回らなくなるので覚悟を決め席に着き、執務室にいる私の部下たちに声をかけた。
「さあ諸君、執務を始めよう。地獄に突入だ。」
「「「「「「はい、殿下」」」」」」
私たちは、気合を入れて書類の山を崩しにかかった。
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