第2話 「転生2日目」

 自分には何か特殊な能力が付与されている。

 そんな淡い期待を抱いて座禅を組みながら待つこと丸一日。


 一向にイベントが発生する様子はない。


 転生してから起きた出来事といえば看守が朝昼晩と食事を運んできたことくらいだ。


 牢屋の中にいるので時間の感覚はないが、看守が持ってくる食事のおかげで日付の感覚だけは掴むことができた。


 丸一日が経過しても何も起きないとなると、本当に特殊能力とかに頼らず自力で脱出しないといけないやつじゃないか?

 そんなベリーハードなゲーム見たことねぇよ……。脱出ゲームみたいにどこかにドライバーとかが落ちてるわけでもねぇし……。


 牢屋の中で喚いて静かにしろと看守からお仕置きされないよう一言も喋らず静かにしていたのだが、俺の口からは思わず弱音がこぼれていた。


「あーもうなんなんだよこれ……」

「もしか……誰かいる?」


 --っ!?


 どこからともなく急に聞こえた声に思わず飛び上がる。


 牢屋の中に何か居るのではないかと恐る恐る辺りを見渡したが、俺以外人の姿はなく、どこから声がしたのか特定することができない。

 あまりにも小さい声で上手く言葉を聞き取ることができなかったが、急に聞こえた声の主の居場所を特定するためもう一度喋ってみることにした。


「誰かいるのか?」

「やっぱり誰かい……の⁉︎」


 俺の質問に対して先程より大きな声が返ってきた。


 今回も何を話していたか鮮明に聞き取ることはできなかったが、壁側から声がしていることを突き止め壁へと近づいていく。

 声が聞こえてきた壁をよく見ると、小さい穴が開いており向こう側と繋がっているようだった。


 向こう側がどうなっているかはわからないが、恐らくは隣の牢屋とつながっていると思われる。


「変に大声で話すと看守に怪しまれるだろ⁉︎ 小声で喋ってくれ‼︎」


 そう注意してから俺は壁に開いていた小さな穴へと耳を近づける。


「……ごめん」


 --っ⁉︎


 俺は反射で壁から耳を離していた。


 小さな穴から聞こえてきたのは可愛らしい女性の声。


 穴に直接耳を当てていたせいで耳打ちされるかのような感覚に陥り、思わず急いで壁から耳を離してしまった。


「でもよかったぁ。こんな真っ暗な牢屋に一人で閉じ込められてるのかなって思ってたから不安で不安で……」

「あ、ごめん今なんて言った?」


 壁から耳を離していたせいで女性が喋った内容を聞き取れなかったので、再度耳を壁へと近づけた。


「え? 閉じ込められてたのが私一人じゃなくてよかったなって」


 くぅぅぅぅぅぅ……。


 同じことの繰り返しになるとは分かっていながらも壁に耳を近づけていた俺は悶絶した。

 開いている穴が小さいせいか、吐息がかかっているのではないかと勘違いしてしまいそうになる程その女性との距離が近く感じる。


 その感覚に背徳感を覚え次は壁から離れて声を聞こうと思ったが、それでは先程と同様会話の内容を聞き取ることができない。


 仕方がなく今後も壁に耳を近づけて声を聞くことを決心した。 


「……そうか。俺以外にも閉じ込められてた人がいたんだな。同じ境遇の人がいるって分かったら少し安心したよ」

「……どこにも行かないでね?」


 --っ⁉︎


 再度耳に感じたとてつもない衝撃に体が震えた。


 先程よりもセリフが強烈だったせいか、今回の方がより衝撃を感じている。


 とはいえ壁から離れたら声は聞こえないし……。


 色んな意味で今の状況は詰んでいた。


「どこにも行かないでねも何もここからは抜け出せそうもないしどこにも行けねぇよ」

「それもそうだね」


 毎回こんな衝撃受けてたら気が狂いそうになるが、壁の向こう側にいる女性と会話をするには耳を壁に近づけて会話をするしかない。


 俺は現実世界で女子との関わりが皆無だったので、もし壁がなかったらこの壁の向こう側にいる女性とまともに会話することはできなかっただろう。


 しかし、壁に少し穴が開いている状況のせいで全ての言葉が耳元で囁かれているような感覚になってしまうのも大きな問題である。


 壁があって損しているやら得しているやら……。


「どうかした? なんかうめき声みたいなのが聞こえた気がしたんだけど」

「あー多分気のせいじゃないか?」

「そう? あなた名前は?」

「……祐利だ」

「--祐利?」


 ぐはっ……。


 女子から耳元で名前を囁かれるなんて俺には刺激が強すぎる。


 転生後に転生前の名前を名乗るかどうか悩んだので一瞬答えに迷いはしたが、特に名前を変える理由もないので転生前と同じ名前を名乗ることにした。


「男にしては珍しい名前だよな」

「そんなことないんじゃない?」

「少なくとも今まで同じ名前の男子にはあったことはないな。君の名前は?」

「……明日葉」


 その名前を聞いた瞬間、元の世界にいた幼馴染、明日香のことが頭に思い浮かんだ。

 明日香とは一文字違いの明日葉という名前を聞いて思わず明日香のことを思い浮かべていたが、明日香がこんな場所にいるはずがない。


「明日葉か。よろしくな。今後どれだけ長い付き合いになるかは知らねぇけど」

「あんまり長くならないことを願いたいね」

「そうだな。あ、あと俺別の世界からこの世界に転生されたっぽいんだけど、この世界ってなんなの?」

「え、そうなの!? 実は私も別の世界から転生されてここに来てるから全然何も知らなくて……」

「え、明日葉も? 待てよ、言葉が通じるってことは日本人なのか?」

「そうだよ。生まれも育ちも日本」


 明日葉が日本育ちだと聞いて驚いたが、それから俺たちは元の世界のことについて話し合った。


 明日葉は俺が通っていた学校の近くにある学校に通っている同じ年の女の子だそうだ。

 接点があるとすれば割と近場に住んでいることなのだろうが、それだけでは俺たち二人が異世界へ転生されてしまった理由は分からない。


 同じ世界の人間が同じ場所に転生されていて安堵はしたが、この世界については何も分からず謎は深まるばかり。


 とにかく仲間を見つけたのだから、明日葉と一緒に脱出する方法を考えなければならない。


「どうやって脱出しような」

「ん-、どうやって脱出するかは思い浮かばないけど、とりあえず寝る? もう夜っぽいしご飯だけは看守の人が運んできてくれるから、急がなくても死にはしないし」

「それもそうだな」


 一刻も早く脱出したい気持ちはあるが、脱出に使う労力を養わなければならないし、今のうちに休憩をしておくことは大事になってくるだろう。


「……壁の近くで寝てね?」

「--っ⁉︎」


 たまに話す俺に甘えるような、縋るような声がたまらない。


 毎回声を抑えるのに必死だった。


「わ、分かった」

「ありがと。それじゃあまた明日ね」

「おう。おやすみ」

「おやすみなさい」


 耳元でおやすみなさいと言われると、あたかも同じベッドで眠っているかのような錯覚に陥ってしまう。

 体力を養わなければならないのに、明日葉のカワボのせいで興奮してしまいしばらく寝付くことができなかった。

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