第40話 ミーシャ

 アッスホール元伯爵を処分するために、クリミール元子爵から言質を取ってすぐにやったのは、『エデン』が流れた先を調べる事だった。


 そこで浮上したとある商会があり、俺が持つ能力をフル活用し、ミーナにもいろいろ協力を貰い、その商会がアッスホール元伯爵と繋がっていたのを突き止めて、証拠となる『リスト』を手に入れるまで成功した。


 この後は、王様にこの『リスト』を提出して、今回の大きな事件が収束するのだが、問題はそのリストにあった。


 リストの中を眺めていると、末端に『グデン・ヨルムン』という名前を見かける。


 もちろん初めて見る名前だが、その苗字・・にとても聞き覚えがあった。




 以前、珍しく娼婦館支配人とセリスさんと談笑していた時。


「支配人! 聞いてくださいよ! 最近、ベリアルくんったらモテモテなんですよ?」


「いや、俺はさっぱりモテてませんけど……」


 まだ仲間達とそれほど打ち解けていなかった時期だ。


「この前、クルナちゃんに言い寄られて、デレデレしていたんですよ!」


「なっ! デレデレではない! そ、そのなんだ、クルナさんは美人さんですから……」


「ほら! でもベリアルくんってクルナちゃんがタイプか~うふふ。クルナちゃん可愛いもんね~」


 俺を茶化してセリスさんが部屋をあとにする。


「ベリアル」


「はい?」


「…………もしこれからクルナと仲良くなっていくのなら『ヨルムン』という名を覚えておきなさい」


「『ヨルムン』?」


「決して他言はしないように」


 そのあと、支配人さんは何も語らなかったのが印象的だった。




 早速ミーナにお願いして、その貴族を調べて貰った。


 その結果は、グデン・ヨルムンという人物は既に亡くなっており、その理由はアッスホール元伯爵の『エデン』の犠牲者の一人だ。


 犠牲者と言っても、ヨルムン男爵・・は自業自得というか、自ら買い出たらしい。


 その後、『エデン』の中毒者となり、最終的には亡くなるまでに至った。


 そして、その娘が――――――クルナ・ヨルムンだ。


 ずっと男爵家の娘として育てられていたのだが、父親であるグデンが『エデン』の代金に彼女を売り飛ばされ、玩具用奴隷として売られ、彼女は相当な額で売られた。


 その後、貴族に散々遊ばれたが、飽きられてしまい、また売り飛ばされそうになったため、その代金を自分で働いて返そうと、娼婦となったのだ。


 その額は意外にもまだ残っているが、相手から無理難題を言われる訳ではないので、少額をコツコツと返しているそうだ。本人はもしもの時のために殆どのお金は貯金していたりするのだが。



 と、調べ付いた彼女を妻として迎え入れようと、彼女が抱えていた最後の借金も全部返済した。


 正直に言うと、今の俺には大した額でもない。


 なので、これからはクルナさんには人生を楽に楽しんで貰いたいと考えている。




 ◇




「急に悪いな」


「い、いいえ!」


 あどけない笑みを浮かべるミーシャが店の前に出てきた。


「少し話せるか?」


「大丈夫です!」


 そのまま広場を離れ、公園に向かう。


 この公園はカップルの聖地みたいなもので、あっちこっちカップルが見えている。


 俺達も空いているベンチを腰を下ろした。


「ミーシャ」


「は、はい!」


「俺は元々ミーシャが目的で近づいた訳ではなかった」


 俺の隣にくっついて、静かに聞いている。


「本当の事を言うなら、同情もあったと思う。俺には母親がいないから、母を想うミーシャの真っすぐな気持ちは――――俺には憧れのようなモノを抱いていたんだ」


「はい」


「いつどんな辛い時も、ミーシャは笑顔を忘れる事もなく、常に前を向いて頑張る姿が、荒んでいた俺の心に大きな力になったんだ。だから改めて礼を言わせてくれ」


「……はい。まさかベリアルさんにそう思われていると思いもしませんでした」


「買いかぶりだよ。元仲間達に裏切られた時の俺はどうしようもなく怒りと――――寂しさでいっぱいだった。でも仲間達が出来て、常に何があろうとも前を向いているミーシャのおかげで、今の俺がいると言っても過言ではないよ」


「ふふっ。私も初めては本当に嫌でした。でもお母さんが笑ってくれるならと…………女として最低ですよね」


「そんなことはない。それを言うなら俺だって最低な男だぞ」


「そんなことはありません! ベリアルさんは本当に優しくて強くてカッコイイです!」


「あはは……ミーシャにそう言われると嬉しいよ」


 ミーシャの笑顔は暗い夜でも眩しく光り輝く。


「ミーシャ。ミレイアさんの件もあったりするのだが、もしよかったら――――――」


「えっ!?」


 言う前に反応されてしまった。


 正直に言うと、ミーシャとの付き合いは非常に魅力的なのだが、ミレイアさんの件もあるので、中々難しいと思う。


「わ、私でもいいんですか!?」


「いや、寧ろ俺なんかでいいのなら――――ミーシャを妻に迎え入れたい」


 大きくなった瞳から夜空の月明りに照らされた美しい涙が頬を流れる。


「ミレイアさんの関係もこの先も続いてしまうから、ミーシャには辛いかも知れないけれど……」


「いえ! お母さんも一緒にベリアルさんに幸せにして貰えるなら、私はとても幸せです! ベリアルさん?」


「うん?」


「不束者ですが末永くよろしくお願いします」


「ああ。こちらこそ」


 夜空を彩る星々が祝福するかのように光り輝いている中、三人目の妻が出来た。




 その日の夜はミレイアさんにもしっかり報告して祝福して貰った。


 もちろん、人で夜を明かした。



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