第35話 クズの弾圧開始

「ベリアルさん…………」


「お嬢様。心配なさらないでください」


「…………うん。お願いね。ベリアル・・・・


 クリミール子爵が王都に来てから三日後の今日。


 縁談のため、ユーリお嬢様・・・とジクレール子爵様と共に高級レストランにやってきた。


 ここはアッスホール伯爵家が経営しているレストランだ。


 わざわざここに呼んだという事は、権力をちらつかせているのだろう。


 レストランは貸切りになっていて、ホールの中央にだけテーブルが置いてあり、遠目からも分かる程の巨体が視界に入った。


 小さく会釈するジクレール子爵と一緒にユーリお嬢様と俺も会釈をする。


 ゆっくり近づいていくと、デブの強烈な汗に匂いがする。


「初めまして。ジクレール子爵と申します」


「ぐほほ。初めまして、クリミール子爵と申す」


 明らかに態度が大きい。


 後ろに立っていた執事が「どうぞ」と合図を送る。


 俺はユーリお嬢様の椅子を動かし、座るタイミングで優しく押してあげる。


「この度は、我が家に縁談をありがとうございます」


「ぐふふふ。はあはあ。良い良い~」


 うわっ。きもっ……。


 今すぐ性欲を0%にしてやりたい気持ちをぐっと抑える。


 間近で姿を見るとますます拒否感が…………。


 何となくユーリも引き攣った笑みを浮かべている。後ろに立っていても分かる程に。


「クリミール子爵家は結婚の暁には我がジクレール子爵家にどのような援助を?」


 ジクレール子爵様もあまり長居しなくないのか、すぐに条件を切り出す。


 本来ならゆっくり話し合うのがマナーなのだが、その姿に後ろの執事が眉間にしわを寄せる。


「こほん。ジ――――」


「お嬢様? 喉は乾いておりませんか?」


「喉が渇いたわ~何か甘い物が飲みたいわ!」


 俺はゆっくり相手の執事を見つめる。


「これは大変失礼いたしました。今すぐにご用意致します」


 相手執事が厨房に向かう。


「んふんふ」


 デブは気持ち悪い鼻息を荒げてユーリお嬢様を見つめていた。


「何でも良いよ~ジクレール子爵殿の提示は全部叶えちゃう~」


「それはありがたい限りです」


 すぐに飲み物を持って来た執事がジクレール子爵様とユーリお嬢様の前に硝子のグラスを置く。


 中にはオレンジ色の飲み物が入っていた。


「さあ、この縁談の乾杯と行こう!」


 乾杯……ね。


 くっくっくっ。




「お待ちください」




 俺の言葉でせっかくグラスを持とうとした三人だったが、手が途中で止まる。


「ベリアル。失礼ですわ」


「申し訳ございません。お嬢様。ですがここは執事・・として、責務を果たさせてくださいませ」


「責務? この場を止める程のモノですの?」


「はい。最近王都には――――『エデン』が流行っていると聞きます」


「!? ベリアル! 貴方、いくら執事とは言え、失礼ですわよ!」


 ユーリお嬢様が怒り席を立つ。


 もちろんクリミール子爵側も良い顔がしない。だが先に怒るユーリお嬢様のおかげで声をあげる隙を見失った。


「まあまあ、ユーリ令嬢。構いません~構いません~」


 少し焦ったクリミール子爵がユーリお嬢様を宥める。


 向こうの執事も仕方ないとばかり溜息を吐く。


「では失礼させて頂きます」


「ベリアル……貴方。今回は覚悟しときなさいよ」


「いえ、お嬢様。これは執事としての仕事でございますから」


 俺は事前に準備していた『エデン検問魔道具』を取り出す。


 ユーリお嬢様が持とうとした飲み物に魔道具を近づける。




 ――――ピピピッ!




 魔道具から激しい音が鳴り響く。


 その音にその場の全員が反応する。


「な、なっ!?」


 あまりの驚きに相手の執事が声をあげる。


「べ、ベイン!? 一体どういう事だ! 何故ユーリ令嬢にアレを入れたんだ!」


「!? い、いえ! わたくしは入れてなど…………」


 その時、執事が俺を見つめる。




「成程。いま、アレを入れた・・・・・・と仰いましたね?」




「ち、違う! これは…………言葉の綾だ! そうだ!」


 焦ったクリミール子爵が叫ぶが、直後にレストランの扉が乱暴に開き、大勢の兵士・・が入って来る。




「全員動くな! 王国衛兵団のゲラルドだ。動いた者は反逆者として斬る!」




「なっ!?」


 ゲラルドがすぐにテーブルに大きな大剣を見せつける。


 他の兵士達は厨房に入って行く。


「俺が誰か分かってるのか!」


「ホーボル地域のクリミール子爵様ですね?」


「そうだぞ!」


「こちらの店の従業員から通報がございました」


「通報!?」


「ええ。貴方様があろうことか、こちらの令嬢に『エデン』を飲ませるように指示したと」


「ば、ばかな! 俺は決してそんな事はやってない! 誓ってもいい!」


 俺は心の中でほくそ笑む。


「ゲラルド様。私はこちらのユーリお嬢様の執事のベリアルと申します。こちらの飲み物の中から『エデン』が確認されました」


「ほぉ? 見せてくれ」


「はっ」


 ゲラルドが自前で持って来た『エデン検問魔道具』で飲み物を調べる。



 ピピピッ!



「クリミール子爵様。これはどういう事でしょうか?」


「ご、誤解だ! 俺は全く関与していない! 誓ってもいい!」


「いいでしょう。ではクリミール子爵様並びにその執事を、一旦『エデン使用に関連する容疑者』という事で仮逮捕とさせて頂きます。拒否した場合、現行犯として逮捕しますが、宜しいですね?」


 宜しいも何も選択肢はないがな。


「わ、分かった! 本当に俺は無実なんだ! 誓ってもいいぞ!」


 くっくっくっ。


 それはもちろん誓うだろうな。


 何故こういう事になっているか、知る由もないだろうからな。



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