第28話 急な訪問者

 三日後。


 家のチャイムがなり、メイドのハンナが急ぎ足で俺の元に駆けつける。


「ご主人様。お客様です」


「お客様?」


「はい。ジクレール子爵様でございます」


 ジクレール子爵? 誰だ?


 全く初めて聞くのだが…………。


「分かった。通してくれ」


 玄関の脇にある客間で待っていると、紳士の正装を綺麗に着ている男性が入ってくる。


 年齢は40代くらいか?


 細身からして政治系の貴族に見える。


「初めまして。ベリアルと申します」


「突然の訪問で失礼します。私はフェルノ・ジクレールと申します」


「どうぞ」


 ソファーに案内するとすぐにハンナが紅茶を持ってくる。


 迅速な対応にジクレール殿も少しだけ驚いていた。


 まだ正体を知らない男性とお互いに紅茶で口を潤わせてお互いを見る。


「それで、ジクレール様はどうのような方なのでしょう」


「ふむ…………やはり私の事は知りませんか」


「……申し訳ございません」


「仕方のない事です。私は――――――ユーリの父親と言えば、分かりますかね?」


 っ!?


 思わずその場で立ち上がった。


「気が付かず、申し訳ありません」


「いえいえ、恐らくユーリも話していなかったのでしょう。あの一件でユーリとは暫く口もきいていませんから」


 あの一件か…………。


 ソファーに座り直して、ユーリの父親を改めて見つめ直す。


 改めてみると、やはり戦いの職ではなく、事務系というか、政治系の仕事をしてそうな貴族様だ。


 何となく商売の雰囲気もないかな?


「その件についてはユーリさんから聞いております」


「単刀直入に聞きましょう。ベリアル殿はうちのユーリとお付き合いをしているのでしょうか?」


「いえ、まだ付き合ってはいませんが、いずれはと思っております」


「成程…………」


「私からも一つお聞きしても?」


「どうぞ」


「ジクレール様としては、ユーリさんのこの先、どうしたいと思っているのですか?」


「…………あの子は容姿端麗ようしたんれいで、魔法も使えて魔導士にまで上り詰めた娘です。我が家にそれなりの利益・・のある方に嫁がせたいと思っております」


「ですが、あの一件から全ての貴族から干されていると聞いておりますが?」


「ええ。その理由をご存じで?」


「はい。知っております」


「…………実はその事もあり、今日ここに来た次第なんです」


 ジクレール殿の目が鋭く変わる。


「あの子に縁談が来ております」


「っ!?」


「お相手は辺境の貴族であるクリミール子爵様です。辺境ではかなり力を持っている方ではあります」


「…………あの状態でも欲しいというのはどういう事ですか?」


「私もそれが気になりまして、少々調べて貰いました――――――恐らく、彼はユーリを飾り妻・・・として迎え入れたいのでしょう」


「くっ……」


 貴族の言葉に飾り妻という言葉がある。


 容姿と家柄からパーティーなどに出る際、妻として紹介するためだけの存在。


 男性貴族にとって、それはある意味『見栄』にもなるのだ。


 貴族となれば、正妻をユーリにしておいて、毎晩違う女を抱けるだろうから、飾り妻としてはうってつけなのだ。


「そこで、彼よりも我が家に取って有意義な方なのか、ベリアルさんを見極めに来ました」


「そういう事でしたか。では、その子爵様と婚姻させる事で、ジクレール家にはどういった得があるのでしょう?」


「クリミール家は豊富な農産物を産んでいます。それを王都に流す際に使う商会を我が家の配下商会を通して貰います」


 完全な契約婚姻だな……。


 だが、貴族ならではというか、貴族としては当たり前の政略結婚だから、何ら不思議ではないな。


「私としては娘が行きたい方に行かせたい思いはあります。ですが、それだけでは貴族は務まりません」


「はい。理解しております」


「ベリアルさんがあの子を貰ってくださるなら、あの子も慕っているベリアルさんがいいでしょう。ですが、現状あの縁談ほど我が家にもあの子にも良いモノはないと思っています」


「…………飾り妻とはいえ、それなりに資金力のある子爵の所なら不自由はしない生活を送れるからですか?」


「その通りです」


 だが、俺には一つだけ気になる事がある。


 ユーリは確かに容姿も家柄も良いのだが、あの一件から王都の全ての貴族から干されている。


 その理由としては、そのお相手がそれなりに――――いや、相当な力を持った貴族の倅だったはず。


 そんなユーリを飾り妻として迎え入れるってことは、その貴族と敵対する事になるのだが、それを知った上でこの縁談…………俺にはどうしても裏があると思えて仕方がない。


「私ではジクレール家に良い条件を差し出す事は出来ません。ですが、自分が惚れた・・・女をそうやすやすと手放す程、優しい人間でもありません。その縁談までどれくらいの時間がありますか?」


「あと一週間後です。こちらに子爵が訪れる運びとなっております」


「分かりました。それまでにこちらで提示出来る事をまとめておきます。それと――――――」


 ジクレール殿に一つ提案をする。


「どうしてそんなことを?」


「俺には何かしら裏があると睨んでいます。ユーリだけでなく、ジクレール様をも、いや、ジクレール家を狙ったモノではないかと」


「…………申し訳ないが、その話は聞かなかった事にしましょう」


「ええ。ですが俺が提案したことは飲んで貰いますよ?」


「…………いいでしょう。それでユーリも納得するでしょうから」


「はい。では一週間後、よろしくお願いします」


「こちらこそ」


 ジクレール殿と握手を交わして、ユーリの父親の急な訪問が終わりを迎えた。



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