4・❰ ラブコメは空の味 ❱
「よっ」
───そしてわたしは。
生きている恭子に声をかけた。
◇
「マキがあの子に語るべき内容は単純だよ。『あの路地裏に入るにゃ』それだけでいい」
「にゃは付けないように気をつける」
「あと実体化できるのは三分だけにゃ」
頷いて、わたしは歩き出す。
「それにしてもあの子がマキの知り合いだったにゃんて。こんなこと、滅多ににゃいよ」
「知り合いじゃない。さっきも言ったでしょ」
『いいや、』
「───彼女はわたしの大切な親友だから」
大切な、親友。
どんなに最高で最低だとしても、大切なことに変わりはないから。
ラブコメがどうとか関係ない。
彼女と過ごした青春の甘酸っぱさは、まだこの口に残っているから。
◇
七月八日。
彼女の死ぬ前日。
そしてわたしが
「あれ、マキちゃん……?」
わたしに気づくと、恭子はすぐに 抱きついてきた。
「ちょ、あんた痛いっ」
「だって、だってだってだってぇ! 昨日行方不明になったとか言うからぁ!!」
そうか。
一応、まだわたしは死んだことになっているのか。
あの黒猫。こういう大事なことをなんで説明し忘れるんだ。───うちの飼い猫だから仕方ないか。
「ごめん、ちょっと海水浴してたからさ。わたしは大丈夫だから。それより、恭子。あんたあしたケイと遊びに行くんでしょ?」
「え、なんで知ってるの」
「あんたもケイも幼馴染みでしょ。考えてることくらいお見通し。でもね、二人で遊ぶのはいいけど、夜遅くまで遊んだら駄目だかんね。それと、当たり前だけど人通りの少ない道を通るのも駄目。中学生なんだからそれくらい自分で気をつけて」
「なんだかお母さんみたいな言い草だね、マキちゃん。良いお嫁さんになるよ」
お嫁さん、ねぇ。
当分その単語は聞きたくない。
「で。分かったの。分かんなかったの?」
「Roger」
敬礼をする恭子。
どうしてコイツも発音が良いんだ。
「えへへ。ね。マキちゃん、一緒に帰ろ?」
「あ、えっと」
わたしが実体化できるのは残り一分。
役目は果たせたし、少しならいいか。
「ねぇ、恭子。ひとつだけ聞いていい?」
「うん? べつに、何個でもいいよ?」
「いや、ひとつだけ。代わりに、ちょぉー真剣に答えてね」
「わかった!」
「ケイのこと、好き?」
「ふぇ?」
恭子はポカンと口を開けた。
それから、
「うんっ!大大大好きだよ!」
太陽みたいな笑顔で。
そう、言った。
やっぱり、敵わないなぁ。
◇
「じゃあねマキ。久々に会えて楽しかった」
◇
目を覚ますと、わたしは砂浜に寝転んでいた。とてつもなく体が冷えていて、思わず身震いする。
いままでナニをしていたのか。
とんでもなくぶっ飛んだ夢を見ていた気がするけれど、なんだか思い出さなくてもいいような気がする。
立ち上がる。
ザァ、というさざ波の音。
目の前には漆黒の大海原。
天に輝きで太陽に劣る月。
まるでわたしみたい。
「遺言撤回」
さっきはなんて言ってたっけ。
こんちくしょう、か。
駄目じゃないか。それは敗北宣言みたいなもんだ。
わたしはそもそも、
だから、負けてなんかない。
つまり。今、叫ぶべき言葉は。
この夜空をまるごと吸い込むくらい、大きく息を吸って、
「ばっかやろぉぉぉッ!!!」
叫んだ。
踵を返し、走る。
びしょ濡れのワイシャツが気持ちの悪い音を立ててるけど、知ったこっちゃない。
腹立たしいことにあの月はまたどっかに落っこちて、また太陽がどっからか昇って、はたまた明日とやらが降ってくるのだから。もう、ぜんぶどうでもいい。
今日は家に帰って、布団の上でパジャマをこのワイシャツくらいびしょびしょに濡らしてやろうじゃないか。
そしたら、そうだな。
このうざったい長髪を切って、ショートカットにして、お化粧もして、はちゃめちゃに可愛くなって、
そんな、夢みたいな明日のことを考えて、わたしは家に向かって走り続けた。
ほんと、最高。
〖5分で読書〗ラブコメの味 YURitoIKA @Gekidanzyuuni
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