3・❰ ラブコメは鉄の味 ❱
わたしとクロは、川沿い(この川というのは三途の川なわけだが)を歩いている。
クロとの会話から得られた〝有力な〟情報は以下三つ。
クロは死んだ後、死神の部下になってあの世で働いているということ。
わたしは実際には死んでおらず、死ぬ瀬戸際であるということ。
そして生きるためには、死神の遣いであるクロと一緒に、一人の人間の命を助けなければならないということ。
『なんで人助けなんか』
『この世のサイクルの中心はいつだって等価交換。マキの一つの命を存続させるためには、同じく一つの命を存続させねばならにゃいってこと。あの世にも色々とルールがあるってわけさ』……という会話があった。
砂利道をしばらく歩いて、クロは立ち止まった。くるりと尻尾を揺らしてこちらへ向き直る。
「さ、準備はできた?」
「展開が早すぎて理解できてないから、準備もなにも無いよ」
「まぁー無理もないよねぇ。とにかく、マキが一人の命を助ければ、その人もハッピー、マキもハッピー、あたしも仕事完了でハッピーってこと」
「失敗したら?」
「DIE」
やけに発音が良かった。
「大丈夫。ほんと簡単だから」
「そういうの、詐欺師の口癖でしょ」
「それは人間の定型にゃ。あたしは猫だもん。それも凛々しい黒猫」
黒猫は不幸の象徴だなんて逸話もあるが……。飼い猫だし、そこはスルーしておこう。
「んじゃ、覚悟も決まったってことで、レッツゴー!」
言って、クロはわたしを突き飛ばした。川に向かって。
「は、ちょ」
死後の世界なんて無いとか言ってた友人よ。わたしは今、三途の川にダイブしたぞ。
◇
余談。
『死神の遣いがどうして人命救助なんてしてるの?』
『そら現世の神とあの世の神の友好の為だよ。アッチの神様は魂の集う不安定にゃ世界であるコッチを維持する為の力を分けてくれているから、そのお返しとして、コッチもアッチの世界を維持するために一日の死者数をちょうど平均的ににゃるように減らしているんだ。いわゆるバランス調整、的にゃ』
『ふうん。色々あるんだね』
『色々あるんだよ』
『クロも賢くなったね』
『元々賢いにゃ…………おい、にゃんだその顔は。おい、にゃんだその鼻笑いは』
◇
気づけば、わたしは見慣れた町の、見慣れた商店街にいた。時刻は……夜だ。
「え、ここ」
「うん。あたし達の町だね。これに関しては偶然だ。───はてさて本題に入ろうかにゃ。マキにやってもらうことは単純。死ぬ運命にある人間に一声掛けるだけでいいんだ」
「ひと声?」
「そ。いわゆる、死の運命を変える! みたいにゃ?」
「なんか、壮大だね」
「別にぃ。毎日五百件は改変が起こってるよ。何気ない一言が、自分の命を守ってくれていたかもしれないってわけにゃ。ま、変えられた方はもちろん、変えた方にもあたし達との記憶は残らにゃいから、自覚できないけれどね」
「ふぅん……」
この世は、こんなにもファンタジーに満ち溢れているのか。
「冷めてるねぇ。もっとこう、色々と驚いていいと思うけど」
「あいにく失恋者なもんでね。明日地球が終わるって言われても、眉ひとつ動かさずにお弁当を食べれるよ」
恋は網膜って言葉があるけれど。
失恋は無痛症なのだ。
「で、どんな声をだれにどうやって掛けるの?」
「順序立てて説明するよ。……その前に、まずはこっちに来て」
手を繋いで、歩く。
好きな人を大切な友人に持っていかれて。海に飛び込んで。三途の川にも飛び込んで。今は思い出の町を愛猫美少女と歩いている。
恭子の言葉で
「ほら、あれ見て」
クロに連れられて来たのは路地裏。
彼女が指差した先には、一人の女の子が倒れていた。
「あれは?」
「
「は?」
「ちょっとした未来。改変する前に、もしマキが干渉しなかったらこうなるって見せてあげようと思って。辛かった?」
あれは、人の死体。
生の、死体。
近くの水溜まりは、水ではなく、血。
「別に……」
本音は、恐い。
でも、足は彼女の方へ。
好奇心はいつだって人を狂わせる。
クロはどこからかメモ帳を取り出して、彼女の死について読み上げ始めた。
「二○二二年七月八日。金曜日。死亡時刻は十一時丁度。彼氏と遊んだ帰り道に、通り魔に包丁で腹部を刺され、内蔵や大動脈を損傷し、死亡。即死ではなかったけど、声も出せずに、誰にも見つけられずに死んじゃったってさ。カワイソーに」
他人事のように、クロは言った。
わたしは黙って、死体に近づいた。
「あれ、しかもこの子、マキと同じ学校の子だね。学年は───」
「クロ。そっから先は言わないで」
「そう?」
辿り着く。
ほんの数センチ先に、死体。
同じ制服。黒髪。ツインテール。
その死体に触れようとして───
わたしの手は、すり抜けた。
「マキ、今は一応コッチ側の人間だから、通常は現世に干渉できないよ」
「…………」
「顔、みたいの?」
黙って、頷く。
わたしは少し、震えていた。
クロが指を鳴らすと、死体のが少し動いた。仰向け───夜空を見上げるような姿勢になる。
「─────」
そこには。
太陽の輝きを失った、
恐怖。畏怖。そして、遅すぎる驚愕。
ただ。それら以上に、わたしの心の中で
なにを、考えている───?
決まってるじゃん。
最高の親友で、
「ねぇ、クロ」
わたしの好きな人を奪った、
「別に、救うのはこの子じゃなくてもいいんだっけ?」
最低な親友。
「もちろん。日本だけでも一日に数千人は死んでるんだよ? 別に。他の人を助けるっていう選択肢もある」
ドギン、と。
心臓があり得ない音をした。
「その子、もしかして知り合いかにゃ?」
「いいや、」
─────。
〝彼女は別に、助けなくてもいいんだ〟
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