2・❰ ラブコメは乳の味 ❱

 目が覚めると、わたしは死んでいた。


 人は死を理解できないとか文学系の友達は言ってたけど、わたしははっきりと理解している。


 なぜか。

 だって。


 大きな川の向こうに、数年前に死んだわたしのペット───黒猫のクロ(命名者はわたしなのだが、この際ネーミングセンスに関してはほっとけ)がいるからだ。


 じっ、とこちらを見つめている。

 懐かしい。そして可愛い。


 川で、死者。この方程式は幼稚園児でも知っているんじゃないか。

 三途の川。

 この世とあの世の境界。

 生きている内には辿り着けない、生命イノチの果て。


 夢という可能性も捨てきれないけれど、最後の記憶は海の上だ。

 どうせあの後気を失って海に沈んでここに辿り着いたのだろう。

 死因があまりにもくだらなすぎるが、まぁ、わたしの人生には相応しい幕引きなのかもしれない。


「クロっ」


 この名を呼ぶのは何年ぶりだろう。

 わたしは、クロの方へ駆け出し、川を渡ろうとした。

 すると。クロはこっちに向かって跳躍し、あろうことか数メートルは幅のある川を軽々と超えて、わたしの胸に飛び込んできた。

 こんなしつけをした覚えは無いのだが。


「クロ……」


 なにはともあれ。

 この感触。この温かさ。優しくて気持ちよくて、幸せ充電器、みたいな。───わたしはクロをぎゅっと抱き締めて、何度も何度も頭を撫でた。


 しばらくそうしていると、


「きつい」


 声が聞こえた。少なくともわたしではない。

 さてはお化けか。いや、ここ三途の川だけれど。


「それにしても、胸、ちっさいなぁ」


 どこかの誰かに罵倒された。

 いい度胸だ。


「そんなんだから、男に振られるんじゃあにゃいかなぁ」


 もう百のうち二百わたしを貶すような発言だった。

 許さん。絶対に赦さん。

 しかし、声の主は、いくら辺りを見渡しても見つからない。


「こっちだよこっち」


 聞こえる。人を小馬鹿にしたような声。小悪魔みたいな声。可愛らしい声なのがムカつき加減を助長している。


「まだ気づかんのか? やっぱ人間の耳はには勝てにゃいってことかにゃあ?」

「は?」


 ぽん、と。抱き締めていたクロの肉球が、わたしのほっぺに触れた。

 それはつまり───


「うーん。目には目をっていうしね。こっちの方が都合がいいか」


 言って、抱き締めていたはずの温かさはすっぽりと消えてしまい、次に周囲が目映い光に包まれた。


 あたかも。

 魔法少女の変身のような。


「ほれほれ。改めて久しぶり、マキちゃん。そして初めまして、死神の遣いこと黒猫のクロです。う~んと、猫耳美少女には、やっぱにゃあが語尾の方がいいのかにゃあ?」


 真っ赤なドレスに身を包んだ、ショートカットの美少女。黒い猫耳は、間違いなくわたしの愛猫のもの。

 つまり。つまりつまりつまり。

 わたしの愛おしい猫は、


「まさか振られてショックで海に突っ込んで死ぬ馬鹿がいるだなんてにゃあ。にゃに? 海に生きる女、的にゃ? 大和ヤマト魂、的にゃ?」


 こんなにも、


「飼い猫としてはかなり恥ずかしいってわけですにゃ」


 クソ生意気に、


「あ、そうそう。ちゃんとミルク飲んでる? だからそんな胸小さいんじゃにゃい?」


 なってしまって。


 ほんと、最悪。

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