〖5分で読書〗ラブコメの味

YURitoIKA

1・❰ ラブコメは海の味 ❱

 わたしにとって最悪となった一日の午後十時過ぎ。塾帰りのこと。


 七月半ば、お日様の出場時間も増えた近頃だけれど、この時間であればもう月の独壇場だ。


 わたしは、どこか覚束無い足取りで海岸沿いの道を歩いていた。


 ふらふらと。

 まるですぐにでも地獄に落ちてしまいそうな。又は天国に連れてかれてしまいそうな。

 振り子みたいに揺れるわたしの頭の中では、ずっと、あの言葉が響いている。


『ウチね、ケイ君と付き合うことになったんだ』


 茫然と空を見上げた。今宵は満月らしい。そこに、彼女の太陽みたいな笑顔が重なった。


『みんなには内緒だけど……マキちゃんは……幼馴染みだし、だから伝えておこうと思って』


 園井そのい 恭子きょうこの言葉。


 あぁ。

 なんて優しいんだろう。

 失明するくらい眩しい笑顔。

 可愛くて。無邪気で。みんなから愛されていて。


 大切な、わたしの友達。


 わたしにはもったいないとさえ思える、最高の、親友。


 わたしがも奪っちゃうだなんて。ほんと、最高。


 ほんとに、敵わないなぁ。

 くそったれ。


 一度大きく深呼吸をしてから、わたしは走り出した。

 海岸沿いの道を走り抜けて、公園を抜けて、海の家を通りすぎて、砂浜を踏み荒らして、飛んだ。

 どんなアクションゲームの主人公よりも高く飛んだ感覚を覚えて、次に、わたしは海水に着地した。


 顔面から。

 そりゃもう、ばっしゃん、と。


 鼻がツンとする。

 口の中がしょっぱい。

 目がジンジンと痛い。

 体が重たい。

 夜の海は暗くて怖い。

 けれど。そのどれもはわたしの胸の中にある、どす黒いナニかを消してくれることはなかった。


 びしょびしょになった制服。

 砂まみれになった髪。

 ワイシャツは透けていて、多分、今、男に見られたら女として終わる。


 てかとっくに、わたしの人生終わってる。


 うん。ここらあたりで遺言でも残しておこう。

 そうだな。

 なにがいいかな。

 こう、いい感じに染みる、深い言葉がいいな。


「こんっっっちくしょぉぉぉッ!」


 叫んだ。海の彼方へ。

 遙々先の地平線へ。

 地元のラーメン店にすら飾ってもらえないであろう、失恋者の、とってもホットな格言を、この世界にぶちかましたのでした。


 ほんと、最低。

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