第3話 レイ・ブラッドベリはチョークレバー、イガイトカンタンジャ。

 自宅は綺麗に、且つ整理整頓したい。掃除する、除菌する、洗剤で磨く。

 自分も清潔でありたい、洗顔、洗髪、洗身、洗濯、歯磨き。

 地球を痛めつけてる。掃除も水も洗剤も。ゴミを捨てる。

全て持たなきゃ良かった

 そう感じながら、所有物の中で恥じて、生きてる。

 

 価値観が違うからとかよく言うところでの、私が勝手に恥じて生きても、あんまり世の中や皆には関係ない。共感してくれても、現実が変化しても、変わったことがまた次の問題の原因になる。識者が歴史の教科必修で気付かせてる。然も、知っていることでしか答えがでない。思考は巡っても、知識の中で行きつ戻りつしていることが多い。認識は直観を導くものか、どこまでも相対するものか。


 あのぼさぼさな長髪の人型が現れなくとも、離脱は可能だ。イガイトカンタンジャ。意外と簡単じゃ。

脂気がなくなってボロボロに泣きはらして、身も心も軽くなるといける、飛べるようだ。

 初飛行の翌日は飛ばなかったが離脱できた。元カレの電話で泣いたから。泣きはらした自分をとても冷静に見下ろした。

 翌々日はバイトの後に疲れ果てて寝ると、夜中に頭が冴えて。どうにも体が重たく、現実の自分がまとわりついて離脱ができない。

その後は…両親との攻め合いで泣きはらした日や、親戚が両親に嫌味を言って帰ると無性に腹が立ったりして悔し泣きをした日に離脱できた。意外と簡単じゃ。

 お金がある時はまとわりついてあれだけ貰っていたのに、失くなると金遣いが荒いとか慢じて騙された、とか馬鹿にするだけするってことができるんだな人間は。其方はどうよ、その変容ぶりの恥も知れ!と泣いても泣いても、人に疲れて

空は飛ぶ気にならなかった。


 大学を中途退学することになった。引っ越し先も決まった。以前は両親にニコニコして寄ってきていた友人や会社の部下とその家族やご近所さんも、身内親戚に違わず、よそよそしい人もいればあからさまに陰口や嫌味を言うようになる人も多く、これには本当に驚いた。両親はどちらもバカが付くほどお人好しで、お金も時間も周りの人に費やしてきた。口も堅く、裏での援助も惜しみなくやっていた。

 やっかみを買うほど調子に乗ってたか、威張った過去もあるだろうけれど、ここ10年は二人とも病気を繰り返して穏やかな初老の老人だった。それでも他人への義理なのか見栄なのか、節目節目の援助を誰にも欠かさなかった。

 この弱った二人に私が文句を言うなれど、他の誰にも傷つけられることは決して許せることではなかった。


私の中に人格がまた生える。他人と自分がこんなにも違う、許せないことがある。


弱い人は自分の苦しみや痛みしか見えないんだって漫画で読んだよ、でも笑って他人に優しく穏便に生きてきた私には、初めて。

初めて世の中や人間の中の悪意を認識し、初めて他人を見下し返したい願いができた。

自分が強く大きくなろうと目に光が宿り、目から呼吸をすると胸の真ん中に小さく燃えて行き場を探していたエネルギーが膨張し、眉間に移動した。それは編成され出力準備を始めた。自分の痛みの中だけで充分、誰とも分かち合うことはない。

 人格とは何ぞや。己の欲せざる所人に施すなかれ。


 飛びたくない飛べない、を繰り返すうちに二度と飛べないのかもと不安もよぎる。いやぶっ飛べそうーな自分もいる。なんて不安定な中性子のような私の存在。

離脱して未知の空間に閉じ込められたら怖い。でも本当は打破したい。

だって人間界の苦しい現実の日々を噛み締める日々、徐々に飛べなくするように自分の人格が生えてくる。蔦のように、鎖のように、

自分を縛って重くしてそう。私の思考や心の重さに

  強いGを感じる。

  やっぱり飛んでおく。


 明日は引っ越し、このバルコニーから飛び上がっておこう。軽くなるために泣くには何をしよう。

 元カレだ。結局彼には唯一頼める。認めないのに、身を任せないのに。

実は彼の才能を私は認めている、自我が芽吹いた私は彼の才能に嫉妬して狂おしい。

だから苦しいから認めない。認めないことで彼を苦しめる。でも知ってる、彼は私に苦しめられたいことを。

彼こそが以前より水面下の私の自我を私より知っていて感じていて、私を認めてくれていることを。そして人格のない人形のような私に少しずつ闇を感じさせ、覚えさせ魅せてくれたことを。人を傷つけない、悪口も言わない、いつもおちゃらけて笑っている。女性になりきることも恥ずかしい。そんな私に、曖昧で優しい幻想的な闇をも含み込む言語を少しずつ入れていった。脳内言語はバラバラで、まとまりのない私の心が彼の言葉の魔力に導かれて

 

 言葉が心を誘導する。思想の始まり。 


分かり始めたら苦しいでしょ、そして君の良さはその闇の先に在る陽だと言ってくれる。先ずは「闇あれ」とした彼は悪魔なのか天使なのか。

彼の言葉と自分の人生のタイミングで、一息で闇の底に形成された、うずくまった自我。その誕生時に一番に否定したのは彼だ。泣いて泣いて飛んだ日。

 

 今日のために早速電話する。と、バイト先からすぐに車で駆けつけてくれた。夜景の見える公園で近況を泣きながら話した。泣きながら聞いてくれた。空を飛んだことは話してない。彼は今日のことも歌にするだろう。君が海の底にいるのではないよ、僕の悲しみが底に沈んでいるという歌を。


 これでもかと泣いて、泣きながら帰り眠りにつくと、ふと頭が覚めた時浮かび上がる。自分から離れる。元カレの与えてくれた脱力感。レイ・ブラッドベリのように言葉を遊ぶひと。

バルコニーから飛び立つ。今日はとても清々しい、空も私も、目の前の人が住む夜景も。


 後ろから来て、通り過ぎた。なんだか重みはないんだ、でも魂みたいなもんじゃない。魂だけじゃない。私と同じように飛んでる人?神?霊?

 私に気が付かないのか、通り過ぎた。声はかけれない、そんな感じ。ただ最短の移動をしている感じ。男性。洋服。現代風。

 私は驚いた、少し緊張した。よく見ると、すごく小さく見える、通り過ぎた人の先に女性が見える。洋服。現代風。

 これは逢瀬か、やっぱり七夕か。今は12月。凝視は気が引ける、

なんだか盗み見したくないけど、私は方向転換して横目で意識する。

だってあの人?達も飛んでるんだ、気になる。


でももっと驚くことが、方向転換をした方向真正面に在った。少し視線をずらした途端に、私の両目は拡大ズームして脳にフラッシュした。

私が心酔するミュージシャン、野田和次郎がいる!!!イガイトカンタンジャ。


 

 

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