第86話 光明を見出す

京・加茂川の左岸に津久見達の姿はあった。


年の瀬の迫る今、京の街は『戦の無い今』を、一時的な物なのか、恒久的な物なのか、それが分かる者は一人もいない中でも賑わいを取り戻しつつあった。


「行長さん。」


先を行く小西行長に津久見は声をかけた。


「なんや?どうした治部。」


行長は馬の歩調を津久見に合わせながら言った。


「あの、角倉了以すみのくらりょういさんって、どんな方なんですか?」


津久見は今から会う男が気になってしょうがない様子である。


「ああ。あのおっさんな。こっわいで~。」


行長はその目を細くして津久見に向かって言った。


「え。やっぱりそうですよね…。この時代に優しい面持ちで優しい仕草で、優しい口調の人の方が少ないですよね…。」


「ん?」


「いや、まあ。」


「おう。ほんで角倉のおっさん説得はどうすんねや?何か良い方法はあんかいな?」


「行長さん…。私が何か良策を携えて事に及んだことありますか…?」


「ぷっ。」


笑い声は左近であった。


津久見は後ろにいる左近を馬上から細目で睨みつけた。


「いや、殿。申し訳ございませぬ。ぷぷぷ。」


左近は今までの行き当たりばったりの津久見を思い出し更に笑いそうになった。


津久見はそんな左近に「いー!!」と、顔で言うと前を向いた。


「おう、治部。あそこや。あっこが角倉のおっさんの屋敷や。」


行長は加茂川の左岸にある大きな屋敷を指さし言った。


「大きなお屋敷ですね~。」


「そらそやろ…。京の豪商やで。」


「ほえ~。」


津久見達一行は馬を降り、屋敷を感心しながら歩いて行く。


すると、


「そうや!!」


大きな声が屋敷の中から聞こえた。


肚からの声。図太い。だが、聞いていてどこか優しさを感じる。


そんな声だった。


津久見は一瞬でこの声の主が角倉了以だと察した。


「ちゃう!!ここをもっとこうや!」


何をやっているのかは分からないが、了以らしき男の声に熱が帯びてきている。


「何やってるんでしょうね…。」


津久見は興味津々になって背伸びをして屋敷の塀越しに様子を見ようとしたが、届くはずもなく意気消沈した。


と、その時津久見の身体が宙に浮いた。


「えっちょ、あ!左近ちゃん!」


なんと左近が肩車をしてきていたのである。


「殿。見えまするか?」


「え、いや、っちょ。」


津久見は必死にバランスを取りながらも、屋敷に目をやっていた。


「っとと、と。」


やっとバランスを保った津久見は塀につかまり、恐る恐る屋敷の中を覗いた。


近くにある松の木で男の顔は見えないが、体が見えた。


小袖を着た男の手は太く、腰を落として露わになったその脚は健脚そのもの。


「よいか!!!ここをもっとこうじゃ!」


了以と思われる男は中庭に中腰になって砂を一か所に集めていた。


「きゃきゃっ。」


「きゃっきゃじゃのうて!」


話し相手は四・五歳の小童と見て取れた。


男は集めた山の砂を少しづつ一本の道を描くように伸ばしていく。


「ここを。ほれここの砂を持って、伸ばして…。」


すると丸い円の一か所から一本の道筋を男は描き出した。


「ほれ、杓で水を持って来てくれやい。」


男は言うと、小童は喜んで近くの桶から水を掬うと、ポタポタとこぼしながらも慎重に男の元にたどり着いた。


「ようできたの。ほんなら、ここに垂らしてみい。」


男は丸い円の真ん中を指さし言った。


「???」


外で聞き耳を立てている行長や左近達も何をしているか分からないが次の言葉を待っていた。


「おりゃ!」


小童は酌をゆっくりと砂で出来た円の真ん中に注いでいく。


「よし。そうじゃ。そのまま一定量流してみ!」


「いっていりょ?」


「ああ、ええから続けてみ。」


と、男が言うと小童は酌の水を砂の円に流し切った。


水は砂で出来た円の真ん中に集まっている。


「よし、ええか。ほんなら見ときや。」


男は人差し指を突き出し、小童に向かって言う。


小童は何か何かと興味津々にその人差し指を見ていた。


「こうや。」


男は砂で出来た円の端の一部を指で先程作った一本の道に沿ってなぞっていく。


すると、円に溜まっていた水はみるみる内に指でなぞった方へ流れていく。


「どうや!」


男は得意げに人差し指を突き上げて小童を見た。


しかし、小童は男に見向きもせず、次の水を汲みにきゃっきゃと走って行ってた。


「…。」


それを見ると、男はがっくしと肩を落とした。


しかし、そんなやり取りを聞いていた二人は目が光っていた。


行長と津久見を担いでいる左近である。


「左近殿。」


「ですな。」


「ん???」


二人のやり取りに気付いた津久見は下を見ようとした瞬間。


「殿!申し訳ございませぬ。無策の中に…。」


左近は肩に担いでいた津久見のお尻を両手で持ち上げながら言う。


「え、っちょお。」


「良策が見つかる!!!」


行長が続けた。


「え?っちょ、下ろして!」


津久見は確実に左近の腕に力が集まっているが分かった。


「殿の取り柄はその誠実さと無謀さにござりまする。」


「ちょ!!!!」


「いってらっしゃいませ!!!」


「え~!!!!」


左近は思いっきり津久見を塀の中に投げ飛ばした。


「ちょ!うわ~~。」


津久見の体が宙を舞う。


「良い投げでござったの。」


行長が言う。


「ちょっと手荒いですがな。」


左近は腕を振りながら言う。


「左近殿も光明を見出されたかと。」


「は。小西様と同じでございます。」


二人は言い終わると、ニヤリと笑った。


笑えない津久見の体は、先程男が作った砂の円に顔から飛び込んでいた。


「バシャーん!!!!」


泥水のしぶきが飛ぶ。


「何奴じゃ!!!」


男が言う。


「…。」


返答は無い。


「何じゃ!?」


男はゆっくりといきなり飛び込んで来た津久見の顔を泥水から引き上げる。


そこには泥水と泡を吹いた男がいた。


第86話 完

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