第85話 死ぬべきだった男

堺の商人屋敷の一室では異様な雰囲気の元、今後の堺について話し合いがされている。


場の雰囲気の異変は行長もそれを察知し、場を和ます為に商人達と談笑を始めていた。


が、商人達は終始愛想笑いで話が弾むことは無かった。


宗二郎らの様子に津久見は頭をフル回転させていた。


(なんでこの人たちはこんな怯えているんだろう…。)


津久見は居並ぶ有力商人達を見回した。


ある者は津久見と目が合うと、すぐに視線を畳に落とした。


(俺か?俺と言うか石田三成か…?)


津久見は改めて、己が石田三成である事であることから考え始めた。


(石田三成と堺か…。)


石田三成の政治的実績が太閤検地くらいしか思い浮かばなかった津久見の思考は鈍る。


(分からない…。この人…石田三成は堺で、いやそれ以外に何をして来たんだ?)


今日に至るまで誠実さだけで相手の懐に入ってどうにか難を乗り越えて来たが、ここに至っては知識も何も無い。


加藤清正、黒田官兵衛それに安国寺恵瓊と対峙しながらもと言うのが津久見の本音である。


しかもそれらの相手は全員石田三成に対し食って掛かろうとしてきた相手だ。


だが今回は違う。


(この人たちを理解するには史実と現状の乖離から考える必要があるのか…。となると、あの日…関ケ原合戦からか…。)


「親父の時は~」


思慮深い顔をしている三成を察し、行長は堺商人と談笑で繋いでいた。


(俺は…。)


津久見は目を瞑る。


ふと大谷吉継の言葉を思い出した。


『堺は信長公の統治、太閤様の代では千利休殿、今井宗久殿等が実権を握っておったが、利休殿の切腹に端を発し統治に歪みが生じ始めておる。』


『先の合戦の東軍側の諸将の名を上げて行けば、利休殿の弟子の多くが東軍についておる。』


そして一つの答えが頭に浮かび目を開いた。


「死ぬべきだった…。」


ボソッと津久見は言う。


「ん?」


一同思いもよらない津久見の一言に驚き視線が集まる。


「じ、治部?急にどうした?」


行長が慌てて聞く。


「死ぬべきだったんですよ…。私は…。」


「何を急に?」


行長が言う。


津久見は視線を商人たちに向けた。


「ここにいらっしゃる商人の皆さまは先の戦で私が負けると踏んでいたんですよね?」


「…。」


商人達は黙り込む。


「なのに大方の予想を裏切り家康さんと和議…。」


津久見は続ける。


「だから恐らくここにいる商人の皆さんは、今後の天下を収めるは家康さんだと、だから家康さんに近づいて行った矢先に、私と小西さんが現れた…。」


「…。」


「そして、千利休さんの一件の様にまた私たちが厳しく堺の統治を行うと思っているのでしょう?」


「!!!」


商人達は驚いた様子で津久見を見た。


「家康さんと繋がり今後堺をさらに発展させようと思っていたんですよね?」


津久見は商人達を見つめる。


すると一人の商人が口を開いた。


「そうでございます。茶屋四郎次郎様を始め、多くの商人は内府様と繋がりこれからの商売の道を内府様と共に歩もうとされておりました。」


「そうですよね…。それは至極真っ当な考えです…。だって誰も私が生きて堺に戻って来るなんて思ってもいませんでしたよね…。」


「…。」


「でも、私は生きてます。だからこれからの豊臣家の為に、堺の繁栄の為に今日ここに来たんです。」


「堺の繁栄?」


商人は困惑した顔で聞いた。


「はい。千利休さんの一件以来、ここ堺の統治は色々と歪みが生じているのは理解しております。でも、今後の豊臣家の為にはここ堺の繁栄が絶対に不可欠なんです。」


津久見は再度居並ぶ商人達を見回し言う。


「私の考えはこうです。

㈠ 堺を西日本の中核の港とする。

㈡ 堺に南蛮貿易品を収集し、堺の商人によって流通させる。

🉁 基本的に自由に商売してもいいが、儲けの一割程を豊臣家へ収める。

㈣ その勘定、統治役として小西行長を着任させる。


これが私の考えです。」


商人達は驚いた顔で津久見を見る。


「そりゃ大層な。そんな自由に商売できますのん?」


「はい。それに堺の港から南蛮へどんどん出航させます。」


「南蛮へ?」


商人達の顔は少し明るくなってきていたが、少し曇った。


「はい。世界中の物が集まる港に私はしたいのです。」


「治部様…。」


「はい?」


「南蛮への交流至極結構なお考えでございまする。でも…。」


「でも?」


「問題が二つ。一つは海賊でございます。瀬戸内を始め日向、薩摩至る所に海賊がおりまする。その損害は小さくはありません。」


「海賊ですか…。」


津久見の頭に一人の男が頭をよぎった。


(村上さんに相談だな…。)


「それにもう一つ…。」


「なんですか?」


「南蛮貿易と言いましても実際はの力は絶大でございまする。」


「朱印状?」


「はい、殊にあのお方の力は絶大で今でも南蛮貿易を裏で操っているとか…。」


「あのお方?」


「はい…。」


「誰ですか?」


角倉了以すみのくらりょうい様でございまする。」


「角倉…了以…さん?」


「さん?まあ、あの方に南蛮貿易のお墨付きでも頂けたなら、治部様の言う堺の繁栄は成せるかも知れませぬ。」


(角倉了以?誰だ?知らないぞ。有名なの?)


日本史の教師である津久見でもその名はピンとこなかった。


だが津久見は押した。


「どこにいるんですか?その、角倉了以さんは。」


真っすぐに商人の目を見つめて言う。


「京は鴨川のほとりに屋敷があると聞いておりまする。」


「そうですか…。」


津久見はそう言うと行長の方を見た。


そして行長に言った。


「行くしかなさそうですね。また京に。」


「せやな。」


行長が答える。


(角倉了以さん…。この人を味方に付けなきゃ堺の統治は果たせそうにないな…。)


津久見はそう思うと、腰を上げた。





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