第81話 第二回大坂会議㈣ 今後の基本方針

ざわざわ。ざわざわ。


大坂城の広間は雑談で溢れかえっていた。


先程まで行われていた、石田三成と安国寺恵瓊の問答の話を振り返る者。


この先、自身の仕える家がどうなるか推測する者。


諸大名はもちろん、後ろに控える諸将達も雑談している。


そんな中、左近だけは腕を組み天井を見ていた。


そこに、会議への復帰が認められた、横山喜内が入って来た。


「ん?左近殿。何か浮かぬ顔ですな。」


喜内が言う。


左近は喜内に目をやることなく、天井を見ながら


「うむ。」


「どうなされた。」


「いや。」


「いや、では分かりませぬ。私が退席した後の事、教えてくだされ。」


「殿を見れば分かる。」


左近は未だに天井を見ている。


「殿?」


喜内はそう言われると、少し背筋を伸ばし前方を確認した。


「あ!!殿。あれは…。気絶してまするな!!では、私が…。」


と、喜内は片膝を付いて立ち上がろうとした。


「やめておきなされ。」


左近が言う。


「ん?どうしてでござるか。」


喜内が不思議そうに言った。


「わしも同じように起こそうとしたが、毛利様や島津様が『少し寝かせておけ』と…。」


「ん??どうして?」


「昨今の様子のおかしい殿の事を案じて、気を遣われたのであろう。」


「あ!!だから、仕事が無くなったからって、不服面で天井を眺めておられたのですな?」


「…。」


「図星でござるな。ははは。」


「…。」


「あ!殿が動きましたぞ。」


喜内は津久見の方を見て言った。


「…。」


左近はゆっくりと顔を下ろし、津久見の方へ視線を送った。


津久見の身体がビクッと動いた。


「起きられましたな。」


「…。」


左近は津久見が無事起きたのを確認すると、また天井を見上げた。


「いいじゃないですか。で今後も機会はございまするよ。」


「…。そうじゃな。」


と、左近はボソッと言った。




「ふああ~」




津久見はあくびをしながら体を伸ばした。


「……。」


場内が静まり返る。


「ん?」


津久見は眠たい目を擦りながら周りを見渡した。


「あ!!!!」


と、周りの状況を一瞬で察知し、急いで座りなおした。


(まずい!!!寝てたのか?気絶か??)


津久見は大失態をしたかと、冷や汗をかいていた。


「治部殿。お目覚めか?」


こおりが聞く。


「え!?あ。寝てませんけど?」


と、咄嗟に平然を装った。


「ははは。大丈夫ですよ。あの問答で少しお疲れになられたのでしょう。」


「…。」


「急に動かなくなったので、左近殿が『ここは私が』と、出てこられましたが…。」


津久見は左近を細目で睨んだ。


郡は続けた。


「島津様と、毛利様が『少し休ませてあげろ』と、お声を頂いたので会議は一旦休憩とさせて頂きました。」


「島津のおっちゃん…毛利様…。」


津久見は二人の顔を見ながら言った。


そこへ輝元が優しく言う。


「治部よ。ここに至るまで、色々と迷惑をかけた。その想いからちと休ませてあげようとな。のお薩摩守。」


と、義弘の方を見ながら言った。


「おう。」


義弘はニコッと笑い言った。


「あ。何か気を使わせてしまってすみません。ありがとうございます。もう大丈夫です!」


「では、治部殿もお目覚めになられたので、会議を再開いたしましょうか。」


郡が言う。


「はい。では……。」


と、増田長盛が応えが、


「………。」


言葉が詰まる。


「何の話でありましたか…。」


長盛は困り果てた顔で、郡を見た。


「…。」


場内は静まり返る。


の後


「ははははは。」


会場は笑い声に包まれた。


「確かにそうですな。色々ありすぎて。」


郡が言う。


「はあ。」


長盛は顔を赤らめながら言う。


「今後の領国経営・領土問題などですかな?治部殿。」


郡は津久見の方を見て言った。


「あ、はい。そうですね。基本的な方針を話し合いたいと…。」


「では、治部殿、続けてくだされ。」


「はい。」


賑やかだった会場は静まり返る。


これからの基本方針は自分たちの行く末を決める大事な物である。


「えっと。まず、皆さんが気にしておられる所領の問題ですが、基本的には減りません。豊臣家の直轄領を切り崩して、分配する予定です。」


「ああ。治部殿。それについてだが…。」


郡が口を挟んだ。


郡は生粋の豊臣家の直臣である。故に豊臣家の直轄領の切り崩しの先に豊臣家の安寧が未だに見えていない様であった。


「直轄領の切り崩しで、諸大名はご納得されるかもしれんが、肝心要の豊臣家の所領が減るという所に私はちと不安ですな。」


郡はあごひげをさすりながら言った。


「はい。でもそうしないと東軍からの帰参大名がいた場合の所領が無いのも現実。そこを解決するためにはどうかご理解頂きたいです。」


「…。」


「それに、私が考えている基本的な方針はです。ですので、領土の大きさ、すなわち兵の数、石高にはならない仕組み作りです。」


「?????どういう事じゃ?」


今度は長束正家が口を挟んだ。


「はい。まずは信長公、太閤様が進めて来た、貨幣の流通を進めます。そこで、皆さまは全国津々浦々、その土地にしかない、できない、そのような物を生産していきます。それを、道の整備を進め、物の流れによって全国へ届けます。」


「???」


「この西軍の領土全般と言っても、温かい所、寒いところ、海がある所、無い所色々あります。ですので、各地からそれを貨幣をもって買い付けるのです。」


「んんんん。」


「その一大拠点を堺とさせて頂き、堺を豊臣家の直轄拠点と致します。」


「堺を???」


「はい。堺での取引の手数料を豊臣家が少し貰います。」


「中抜きか?」


「まあ。そんな所ですね。その堺の統治に肥後領土を返還された小西行長さんに行っていただきます。」



この言葉に皆目を細める。


和議をしたとはいえ、所領は増やしたい。


その想いのまるで逆を行く小西。


ここに、津久見の本気度が伺えた。


「まあ、やってみないと分からないですけどね…。」


津久見は保険をかけるような一言を放つ。


「治部よ。」


島津義弘が口を開いた。


「はい。」


「堺の統治はできるんか?あっこは根強い会合衆がおるでの。」


「…。」


(確かにあの特殊な街。一筋縄じゃいかないだろうな…。)


津久見は少し弱気になる。


そこに小西が口を挟んだ。


「薩摩守。私に一つ妙案があります。故に堺統治はどうにか成功させまする。」


小西は真剣な表情で義弘に向かって言う。


「…ははっはは。元商人のせがれが言うんじゃ、ちょっとは信用してみんかの。ははっは。」


(おっちゃん…。)


津久見は島津のこの一言にどこか救われた気がした。


「でしたら、堺の統治を進め、一回目の家康との会談で、東軍からの帰参大名の配置をもって所領の分配を行う手はずで進めさせて頂きます。」


津久見は言った。


皆不安ではあったが、先程の義弘の前向きな発言でどこか希望を見出していた。


すると五奉行の一人前田玄以が話し出した。


「治部よ。そしたら諸大名様達は一旦国許に戻られるという事か?」


「え、あ、はい。でも、ここ大坂で内々に事を進めてると思われるのも嫌なので、各大名から一名づつ、お家の名代として大坂に駐屯して頂きたいです。その方は、よくよく主君とお話になって決めて頂き、名代としてその大名家の発言として記録させて頂きたいと思います。」


「ん。では人質は?」


玄以が怪訝な表情で言う。


「人質?」


「各大名家から預かっている人質じゃ。」


「あ。」


津久見はそこまで考えていなかった。


「先の大戦において、何人かの奥方がまだ人質で大坂におるぞ。」


「…。」


「細川様の件もあるかの…。」



玄以の言う細川様の件とは、関ヶ原の戦いが行われる前に各大名家の奥方を人質に取ろうとしたが、細川忠興の妻・ガラシャはそれを拒み、屋敷に火を放ちその命は絶たれた。


(人質…。)


津久見は考える。


(豊臣家への忠義の証としてそれは必要か…)


津久見は考える。


この時代の習わしに沿うかそれとも…。


「人質は…。」


津久見は意を決して言う。


「いりません。」


「!!!」


玄以を始め他の奉行衆は驚いた。


いや諸大名・諸将も一様に驚いている。


「治部よ…それは…。」


困り果てた顔で玄以が言う。


「これが私のやり方です。」


と、津久見は郡の方を向いた。


「郡様。よろしいでしょうか。」


「…。」


「家族は一緒にいるべきです。健全な家庭を諸将が率先して築いて行く事により、庶民もそれを模範にと続くでしょう。そこから全てが始まると私は考えます。」


「…。」


「信用と信頼。か、。豊臣家はこれより信頼を第一に諸大名と関わっていく事を提案致しまする。」


「信頼…か。」


「はい。その一歩として人質は解放したいと。」


「…。」


「郡様。」


郡は考え込む。


奉行衆も郡を見つめる。


すると郡は口を開いた。


「治部殿の想い相分かり申した。しかし、これは大事故、淀様へ言上した上で正式決定したいと思いますが宜しいですか。」


「はい。」


「分かりました。会議後淀様に謁見しこの旨をお伝え致しまする。」


「ありがとうございます!!」


津久見はニコッと笑い言うと、広間の諸将に向かって更に話した。


「ではまとめます。

㈠ 所領の問題は東軍からの帰参大名家の決定で再度決定する。

㈡ 各家の名代として一名大坂に駐屯して頂く

🉁 農業・商業を中心に貨幣社会を作って行く。

㈣ その拠点は堺を第一とする

  という所でしょうか。」


諸将はひとつずつまとめるように考えながら聞いていた。


「それと…。」


津久見が言うと、視線は津久見に集まった。


「もちろんですが、豊臣家を中心とした皆様の領土経営でございますので、私闘はもちろんとした旨も込みで、秀頼様への誓詞にご署名頂きたいと思いまする。」


津久見の目は真剣であった。


どこまでもこの国の中心は豊臣でなければならない。


ましてや自分の独断で事を進める様に見えては何かと敵が出てくると思った。


故に、秀頼への誓詞を取った上で、領土を減らさず、自由に領国経営を進めさせる。


これが津久見の今日に至るまでに考え抜いた一応の答えであった。


「分かった。」


毛利輝元が言った。


この一言で、諸大名は全員誓詞への署名を快諾して行った。


一応の形が見えて来た。


津久見はそう思うとゆっくり息を吐いた。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る