第80話 第二回 大坂会議🉁 恵瓊退治

「まるで四六時中私たちを尾行してきたかの物言い。」


「た、た、たまたまじゃ。長き戦の世においてわしはここ一つでここまで来た男じゃ。勘が冴えてたまらんわ。」


安国寺は扇子を自分のこめかみにあてながら言う。


「たまたま…。」


津久見はそう言いながら袴から一枚の布切れを取り出した。


「たまたま言った事が当たった。そう言いたいならこれはどう申し開きなされるか!!」


と、津久見は布切れを握り皆に見えるように持ちあげた。


その手には、真っ赤に染まる布切れが握られていた。


「戦の無き世を造ろうとして、何故血が流れるのですか!!これは我々が京から帰る際に襲撃され、秀信さんが大けがをした時の血です!」


おお。


会場はその布切れを一点に見つめる。


「我々を襲ったのは、落ち武者なんかじゃありません…。」


布切れを握る手が小刻みに揺れる。


秀信を思い出し、怒りを抑えるのに必死であった。


「我々を襲ったのはこの中にいます!!」


ざわざわ。


場内はまたざわつく。


「して、どなたかの?」


安国寺は強気に言う。


(ん?流れ的に安国寺殿では…?)


諸将はそう勘ぐっていたので、安国寺の発言に驚いた。


「それは…。」


津久見はそう言うと、握りしめた布切れをスッとある男へと投げた。


ふわ~っと、宙を舞う布切れはやがて血の重みからある男の前にスッと落ちた。


「!!!!!!!!!!!」


「!!!!!!!!!!!!!」


皆驚いた。


血の付いた布切れはなんと島津義弘の前に落ちたのであった。


「さ、さ、薩摩守が!!??」


「島津殿が!何故!!!???」


諸将は義弘を見る。


義弘はあぐらをかき、腕を組み、目を瞑っている。


その姿を見た安国寺が口を開いた。


「薩摩守!どういう事で?」


「…。」


義弘は未だに目を瞑って何も喋らない。


「何か仰いなさいませ。この期に及んで夜襲なぞ、薩摩の名家に泥を塗る行為ですぞ。」


安国寺は畳みかける。


義弘は自家を軽蔑するような安国寺の発言に、眉が動いた。


そして義弘の目が括目した。




しかし、



「でも、島津のおっちゃんではありません。」



津久見が言う。


義弘はキッと津久見を見る。




ざわざわ。



場内がざわつく。


そのざわつきをかき消すように津久見は続けた。


「ここにもう一つ。大事なものがあります。」


と、津久見は更に袴の中を探り、ある物を握った。


「あの日、我々は京から大坂へ帰る際、夜襲に逢いました。その輩は計らずも私一人を狙っていました。輩は私を目掛け、を投げつけて来ましたが、秀信さんが身代わりになって私を守ってくださいました。」


「くない?」


「左様。これです。」


津久見は袴からを取り出した。


「このは言わば謀略と策謀を尽くした、私が描く平和な世の中とは逆を行くくないです。」


「どういう事じゃ?」


「この…。が…秀信さんを…。」


津久見はあの時を思い出し今にも泣きだしそうであったが耐えると、目を開き言った。


「こんな事をしていては何も進まない!暴力で解決する世の中のままです!!!」


と、をまたある男に投げつけた。






「びゅ!」




は安国寺の前の畳に刺さった。


「これはどう言う意味で?治部殿。」


安国寺はジッと津久見を見つめながら言う。


「あなたの指図ですよね。安国寺さん」


「ん?」


「あなたの指図で…全て…。」


津久見は込み上がる怒りを抑えながら続ける。


「普通闇討ちするのに、証拠となるような物を現場に置いてく者がおりますか?わざわざ家紋の入ったくないを…。」


津久見は島津家の家紋の入ったを見つめた。


「私を襲撃し、殺し、現場では島津家の家紋の入った…。あなたは何をしたいんですか!!!」


怒気のこもった声で言い放った。


安国寺の眉が微かに動く。


だが、安国寺は


「それだけで私が指図したと?」


安国寺は平静を保ちながら言った。


津久見は安国寺を更に睨みつけながらも、外の廊下の方で足音が近づいて来たのを感じた。


そして目を一旦閉じ、深呼吸をして、心を静めた。


「ん?治部殿。血の付いた布切れ。の入った。ここに如何様いかように私が指図した証拠が?どう見ても薩摩守が放った刺客としか思えませぬぞ。ほほほほほ。」


安国寺はまたもや扇子で口元を隠しながら横目で義弘を見ながら笑った。


「いい加減にしろ!!!!左近!!!!」


津久見は叫んだ。


と、同時に広間の襖が開かれた。


!!!!!


そこには左近とに両脇を抱えられた男がいた。


「誰じゃ?」


「忍びか?」


「足を怪我しておるぞ。」


場内がまたもざわめく。


男の左足は白い布でグルグルにまかれたいた。誰がどう見ても傷の手当だと分かった。


「治部殿。かの者は?」


こおりが聞く。


津久見は抱えられた男を見ながら


「この者は私を襲撃した者の一人です。」


「なんと!!」


郡を始め全員が驚く。


「あの日、襲撃された際、左近は一人の男の足に一太刀入れました。それをが追いかけて行ったのです。」


「左近殿が?」


郡が聞く。



』と言われ、顔を赤らめた。


が、場の空気を読み神妙な顔付きに専念した。


「はい。そしてはこの男がある屋敷に入って行く所を確認し、ひっ捕らえました。」


「…。」


「そう、安国寺さんの屋敷にね。」


「…。」


「あなたは私を殺し、罪を島津家になすりつけ、この会議の場での数的有利を確実にし、あわよくば自らも所領を得ては、大名にでもなろうという算段ですか!!!?」


「……。」


「これからの世は信頼こそが大切な世の中。これはそれを根本から崩す愚行です!」


「………。」


「これでもまだ何もしてないとでも言いますか!!!!」


津久見は叫ぶように言った。


場内は静まり返る。


そして次第に視線は安国寺の微妙な体の動きに目が行った。


ぴくっ。


ぴくぴっく。


安国寺の口と目が小刻みに上下に動いていたのであった。


「わ、わ、私は…。」


ぴくぴっくぴくぴっく。


動きが大きくなってきた。


目は細かく瞬きをし、口元は痙攣したように上下に動いている。


「何ですか!!!?」


津久見が言う。


「わ、わ、わ、私は…………。」


安国寺は小刻みに動く顔をゆっくりと、横にいる毛利輝元に向けた。


「わ、わ、わ、わ、私はただ…。ただただ毛利家の為…。毛利家の外交僧として…。お家の繁栄の為…。」


輝元を見つめるその目も痙攣したように何度も瞬きをしながら言う。


「毛利家の…。」


安国寺が続けようとした。


その時だった。




「黙れ!!!!!」




場内に声が響く。


声の主は



毛利輝元だ。



輝元はあぐらをかき両手を組みながら目を閉じ叫んだ。


ゆっくりとその目を開く。


その視線の先には津久見がいた。


「安国寺恵瓊よ。毛利家の外交僧として長年よく仕えた。だがその任を今日解く。二度と我らの前に現れるな!!!」


安国寺に目をやることなく、輝元は叫んだ。


「そそそそそそんな…。私は…ただただ…。」


「黙れ!!!!!」


輝元は叫びながら立ち上がった。


そして安国寺の目前に立った。


「そちのした事、治部にも、薩摩守にも迷惑をかけ、それでも毛利家の為と言うのであれば、その先に毛利の未来は無いわ!!!!!」


痛烈な一言を放った。


輝元は広間の後ろに控える毛利家の家臣に向かい


「誰ぞ!!!!こやつを追い出せ!!!!」


と言った。


すぐさま毛利家の家臣であろう二人の武将が安国寺の脇を持ち抱え上げる。


「これまで良く仕えた。だが、仕舞が悪い。出て行け。」


輝元は安国寺の顔にぶつかる位近づき、冷たく言うと、両脇の家臣に顎で指図する。


「そそそんな…。」


安国寺はばたばた抵抗しようとするが、屈強な武将に動きを封じ込められ、廊下に連れ出される。


「殿!!!!私がいなければ毛利家は…。」


未だに抵抗をする安国寺は広間に向かって言い放つ。


が、


「ピシャっ。」


と、左近が襖を閉じた。


場内は呆然としている。


遠くからまだ安国寺の声が微かに聞こえる。


「覚えておけ治部よ!!!!所詮この世は汚い人間の世界じゃ!!私を排除したところで、お主の綺麗事なんぞ実現できぬわ!!!!」


津久見は目を細めながらそれを聞いている。


場内もどこか動揺している。


そこに輝元が自分の席に座り直し


「面倒をかけたの治部。では改めて話し合おうではないか。」


と、にっこり笑い、優しい口調で言った。


「…。あ、はい。」


津久見は一連の緊張から解き放たれたのか気の無い返事をし座り直した。


あぐらをかき手は両膝に置いていたが、頭はうなだれていた。



気絶していた。










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