第79話 第二回 大坂会議㈡ 反撃
津久見はゆっくり立ち上がると、静かに話し出した。
「正々堂々…と申されましたか?」
キッと安国寺を、睨みながら言った。
「いかにも。」
「何をもって正々堂々と?」
「ん?分からん奴じゃなぁ。」
「何をもって?」
「ふん。太閤様の備中高松城攻めの際、織田信長公の本能寺での横死の報せが太閤様の元に入った。故に、太閤様は弔い合戦の為に和議を申し込まれた。主君の横死に駆けつけようとするは家臣の誉れ。それを我が君はお認めになられ和議が成立したのじゃ。これを正々堂々と、言わずして何とある!これが和議というものじゃ!」
安国寺は少し苛立ちながら言った。
「!!??」
違和感を感じた者が一人いた。
毛利輝元であった。
輝元の一瞬の表情の変化を津久見は見逃さなかった。
「あぁ。皆さん聞きましたね?」
と、津久見は皆に向かって言う。
「太閤秀吉様が信長公の死の報を受け、弔い合戦の為に和議をなされた…また、それを輝元様は認められた…と。」
「それがなんじゃ!」
「知ってたって事ですよね。本能寺の変があった事を…。」
「!!!」
「では何故、備中高松城主・清水宗治さんは切腹せねばならなかったのですか?」
「…。ふん。それは太閤殿と約定の上決まった事でござる。」
「一方的な和議ではなくて、信長公の弔い合戦の為に和議をしたから正々堂々と先程仰ってましたが、毛利輝元様はそれをご存知だったと…?」
「…。」
輝元は黙っている。いや、驚いて声が出ない様である。
「な、な、何を今更、昔話を!わしは毛利の外交僧。話があればわしに言え!」
「ではここに一通の書簡がございます。」
津久見は袴の袖から書簡を取り出しながら言った。
ざわざわ。
場内がざわめく。
「これはある者からある者への書簡。到底、正々堂々という言葉とは反する書簡でございます。」
津久見は書簡をヒラヒラと開きながら言った。
ざわざわ。
安国寺は目を細めその書簡を見つめる。
「はっ!!!」
すると何かに気付いた様に動揺した。
「これは先程、安国寺殿が正々堂々と和議をなされたという『備中高松城攻め』の際に、安国寺殿から太閤秀吉様へ送られた書簡です。」
「なん!!」
「ん??どういうことじゃ!」
色々な憶測が飛び交う。
津久見がその書簡を両手で持つと一同は静まった。
「太閤秀吉様。惟頭日向はそろそろ事を起こすと報告が入っております。」
津久見はゆっくりと読み始めた。
「惟頭!!明智殿か!?」
「でも何故安国寺殿から太閤様へ!?」
またもや場内がざわつく。
が、津久見は続ける。
「一報が入り次第、太閤様から和議の申し入れの件即座にお申し付けくだされば、即日輝元様へ私ご進言致します故、事が進めば一早く中国から大返しにて惟頭を討ってくださいませ。あとは,その時を待つばかりかと。」
「!!!!!!」
「なんという!明智殿の裏切りはもう分かっていたのか!?」
ここに至っては五奉行衆を含め全員が驚きを隠せなかった。
「最後に…。」
津久見が言うと場内は静まり返る。
皆次の言葉を待つ。
「太閤秀吉様の元に天下が転がった際は、我毛利家…。」
津久見はチラッと輝元を見る。
輝元は腕を組みながら目を瞑って聞いている。
「強いては私めも、備中・前のどこか一国を賜れば至極幸せにございます。安国寺恵瓊…」
「!!!!」
「なんと!!!」
「そんな約定が!!!??」
津久見はそう言い終わると書簡を皆に見せた。
「花押まで押して、大層な書簡ですね。安国寺さん。」
「…。」
「正々堂々と言いながら、実は自身の私利私欲の為に主君をも騙して事を進めていたような人間にこの先の
安国寺はいつしか正座をしながら体を前に倒し、額は畳みすれすれに近づけていた。
(決まったか!?)
津久見は安国寺のその姿勢を見てそう思った。
が、
「ほほほほほほほほほほほ。」
また安国寺の高い笑い声が広間に広がった。
安国寺は未だに畳に額を落しながら
「ほほほほほほほほほほほ。ほほほほほほほほほほほ。」
と、笑うとゆっくりと体を起こし始めた。
ニッコリとした笑顔である。
津久見は不気味さを覚えながらも
「申し開きはございますか?」
と聞いた。
「ほほほほほほほほほほほ。」
「安国寺さん?」
その瞬間安国寺の顔が鬼の形相となった。
「いい加減になさい!!!」
「!!!???」
「大層な書簡?それがどこでいつ私が書いたという証拠がござろうか!!」
「いや、でもここに…。」
「どこでそれを手に入れられたので?」
「…。」
「言えないですか?京に行ってわ、そんな書簡をせっせと作っておったのですか?」
「ん!?」
「この大事に至って、大坂を離れて京は阿弥陀寺。時代第一の知恵者にでも、事をどう進めれば良いか相談に?」
「!!!!???」
「どうせ私の事を悪く言って上人の知恵を拝借したところ、出て来たのがこれ。当代きっての知恵者とは聞いて呆れますな。こんな書簡いくらでも偽造できますぞ!!!!」
「何!!?」
「現にそなたは、太田牛一殿の信長公の資料を太閤様の指示であれこれと訂正なされてと聞く。そんな物いくらでも書けるでしょう。三日。三日という大事な時間をこんな事に費やすとは…。」
安国寺はくるりと体を郡に向け
「最早こんな茶番には付き合えませぬ。治部殿にはご退席願いとうございまする。」
安国寺は深々と頭を下げる。
一旦は衝撃の走った広間は、徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。
上人の入れ知恵・太田牛一の書物の改ざん…。
そう言われれば、あの書簡も本物かどうか…。
形勢がまた一気に安国寺に傾きつつあった。
場内の視線は答えを委ねられ、困り果てた郡に集まっていた。
が、
「よくお分かりになりましたね。」
津久見が口を開いた。
皆の視線が津久見に集まる。
「まるで私たちが京へ行った際、一緒に行動していたかのようですね…。」
「ん?」
「私は京の阿弥陀寺へ行き、清玉上人にお会いしたなんて一言も言ってないですよ。」
「!!!!」
津久見は次の一手に進むべく、袴の中に手を入れた。
完
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