第65話 大坂会議🉁 安国寺恵瓊


「ははははははははははは。ほほほほほほほほ。」


甲高い笑い声の主は、扇子を口元に運びながら真顔で笑っている。


偉い奇妙な光景であった。


「いかがいたした。殿。」


こおりがたまらず聞いた。


安国寺と言われた坊主の笑い声がピタッと止まった。


城内の視線は自然と坊主に集まる。


その坊主が口を開いた。


「いやいや、いかにも滑稽なお話を長く聞かされたもので。」


と言うとにんまりと笑った。


(何だと!!!)


津久見はその坊主を睨みつける。


「怖い怖い。それが、太平の世を造ろう等と言うておる人の目でございますか?」


坊主は皮肉たっぷりに続ける


「さっきから聞いておれば、『たられば、たられば』もう聞き飽きましたぞよ。」


扇子を開きパタパタと仰ぎながら言う。


「何が仰りたいのですか?」


津久見はたまらず聞く。


詭弁きべんは絶つべし。とでも言いましょうか。」


「何!!!?????」


怒りの声は後ろで控えていた喜内であった。


「だまらっしゃい!!!!そこもとが出て来れるような場ではござらん!!身分をわきまえなされ!」


坊主は強い口調で喜内に言った。


火に油を注がれたように喜内は怒ったが、隣に座っている左近に体を抑えられ身を引いた。


「随分お行儀の悪い家臣をお持ちで…。」


と、坊主は視線を喜内から津久見に移し言う。


「な、なんと…。」


津久見も怒りが込み上げてくる。パッと喜内たちの方を見る。


すると左近が渋い顔で


(落ち着きなされ)


と表情で伝えていた。


左近の表情をくみ取った津久見は、自分を落ち着かせる。


そこに坊主は畳みかける。


「毛利101万石・五大老の一人毛利輝元様とただの五奉行、佐和山19万石…。誰がどう見ても身分の差は、火を見るよりも明らかでござりますな。」


津久見は思った。


(最初の列席者の領土も合わせて行わせたのはこいつか!)


「私は毛利家の外交僧、安国寺恵瓊あんこくじえけい。私の言葉はそこにおわします、輝元様の言葉と思い謹んで受けるがよい。」


「何!!」


津久見は毛利輝元を見たが、輝元は目を細め何も言わない。


(何なんだこの坊主…。)


「続けます。そもそも先の大戦は、そこもとが勝手に我々を巻き込んで起こした合戦。お主の人望無き故に、西軍の総大将に我殿輝元様を担ぎ上げたもの。ん~そこらへんの入れ知恵は刑部殿あたりかの。」


と、恵瓊は大谷の方を見ながら言う。


「いかにも。ごほん。」


大谷は咳を混ぜながら答えた。


「輝元様のの元西軍は何とか形になり、伏見なりを攻略。二つの大きな街道が交わる関ヶ原を決戦の地とし、毛利両川、吉川・小早川は戦の要所に陣取る。いくつもの早馬が戦況報告の為に、ここ大坂城・輝元様の元にやってまいりました。そして…。」


早口で恵瓊は言うと一旦深呼吸をし、続けた。


「『時は来た。』と、輝元様が出撃の下知を飛ばした、その時です。石田の治部が内府と和議を行ったという報告が入ったのは。」


「なんだと!!!!!!」


津久見は驚いた。と言うより愕然とした。


(毛利輝元は大坂城から出ようとはしなかった。なのになんでこんな平然と嘘をつける!!!!!)


「わが殿の本軍が合流すれば、小早川秀秋様が松尾山から、南宮山からは吉川広家様が相手の脇腹・背後を攻め、最後は毛利本隊でこの戦は終わるはずでござった。そこからお主の言う事ができたはずが、飛んだ出しゃばりに皆を混乱させよって。」


(!!!!!!!!!!!!なんて奴だ!!!嘘を並べて自分たちの良いようにしか言ってないじゃないか!!!!!!)


津久見は憤慨した。


会場はざわめきはじめた。


確かに毛利本隊が大坂城からあのタイミングで出陣していれば、あの家康に勝てたはず…。と、考える者も少なくなかった。


恵瓊は畳みかける。


「そこで勝手に和議強行?天竜川を境に?内府の天下奪取のもくろみは誰が見ても明らかじゃ。応じるはずがない。だから詭弁は絶つべしと。うん?………ということは…。」


恵瓊は開いた扇子をパチンと閉め、扇子で津久見を指し大声で言った。


「さてはお主。内府と計って豊臣家を滅ぼす算段でもしておったか!!!」


場内はもう恵瓊のペースに呑まれていた。


「まさか!治部殿が。」


「豊臣家を!?」


色んな声が諸将の中を走った。


津久見は恵瓊の勢い飲まれまいと必死に耐えた。


津久見の身体は汗でビショビショになっていた。


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