第66話 大坂会議㈣ 岐阜殿と若様
会場内のざわめきはもう誰にも止められない程であった。
「内府殿と内通!?」
「確かにあの状況での和議はおかしい」
たじろく津久見はふと小早川秀秋の方を見た。
その秀秋はずっと下を向いている。
家康から裏切りの調略を受け寸での所で三成に改心させられ、家康の本隊へ発砲した。
今まで自分の意志なく、なすがままに生きて来た秀秋が初めて自分の意志で家康軍に攻め込もうとした。
しかし、この会議の前日まで安国寺恵瓊から再三
「金吾様は一言も喋らずとも所領が増えまするぞ。」
と、屋敷を訪ねられていた。
(…。私は先の戦で変わった…。はず…。なのに…。)
秀秋の頭は葛藤していた。
膝に置かれた拳は強く握られ、小刻みに震えていた。
(変わった…。変わらねば…。)
秀秋は決心し、手を挙げようとしたその瞬間であった。
「どうもわしらの見て来たあの戦とちょっと違いよろうも。」
と、声を発した。
会場は一気に静まり、声の主を見つめた。
両腕を組んだ、島津義弘であった。
(ちっ、厄介のが割り込んで来たか…。)
恵瓊は少し顔を歪めながら義弘の方を見た。
「
「わしらは、関ヶ原での戦では『戦わない・動かない』事を、島津の戦いとしちょった。のう義久。」
義弘は家臣団の方を見て言った。
「仰る通りでごわす。」
義久が瞬時に答える。
「そこに治部が来てこう言うた『島津の戦、大いに結構。桜島をまた見る日が来るといいですね。』と。」
義弘は三成を見ながら言う。
(島津のおっちゃん…)
「普通ならどう言ってくる?『はよ攻めかかれ』じゃ、なかか?ほんで戦わぬと決めてたものは、どうする?そんなはっぱをかけられたら断固として攻める気は無くなるわい。」
「それがどうなされましたか?」
恵瓊は冷静に言う。
「治部は動かぬ山を動かしよった。」
「でも、攻めかからなかった…。」
恵瓊は重ねる。
「…。」
「先の戦で島津隊は何を?大声を出すだけなら、そこらへんの
恵瓊は苦笑いしながら言う。
「!!!」
津久見は怒りをあらわに恵瓊を睨みつけた。
(あれは島津のおっちゃんの精いっぱいの誠意。薩摩の兵を守るための、私への誠意の現れ…それを!!!!!)
「もうよか。この坊主何を言うても通じらんわ。」
義弘は目を閉じた。
(ふん。島津も抑え込めたか。)
恵瓊はニヤリとした。
その時であった。
若い男の声がした。
「わ、わ、私は…。」
皆一斉にその声の主に目をやる。
そこには小柄な青年武将がいた。
「ほう岐阜殿。この期に及んで何か?」
恵瓊は子供をあしらうかのように秀信に問いかけた。
織田秀信
織田信忠の嫡男、織田信長の嫡孫であり、岐阜城主。
皆からは、岐阜殿や岐阜中納言などと呼ばれていた。
あのかの有名な『清須会議』にて、秀吉に担がれて来た信長の直系の子孫。
しかし、天下を望む秀吉の前に秀信は一大名として列席するだけであった。
信長・信忠の鬼気迫る覇気は感じられない。
どこか気弱そうなおぼっちゃま。そんな印象である。
「わ、私は当初、内府に従軍しようと準備をしておりました。」
「なんと!ここにも内通者がいるのですか。」
恵瓊は笑いながら言う。
そんな恵瓊の圧に負けじと秀信は続ける。
「…。でも、準備が遅れて、そこに治部が私の所に来て、西軍に味方してほしい。そう言われて西軍に加わる事となりました。」
「それはそれは優柔不断に信念のない行動。よくこの場でそんな事を言えたものですな。」
恵瓊はまた扇子をパチンと閉じ言う。
「だからです!!!!」
秀信の声が広間に広がった。
「だから…。優柔不断で信念のない…。」
秀信は今にも泣きそうになるのを堪え続ける。
「亡き太閤様に清州で担がれて以来私は、信長公・父信忠様に顔向けできぬ日々を今日まで送って参りました。だから…。」
最後の力を振り絞る。
「だから、戦の途中であろうと危険な目に合いながらも島津様・小早川様の元に直に向かわれ、戦況を変えようとした、治部殿に私は感動しました。その行動の
秀信は脳裏に信長・信忠の顔を思い描き、目には涙を浮かべていた。
「だから治部殿が内府殿と内通し西軍を裏切る事など決してないと私は思うのです!」
最後の言葉は涙でかすれながら発していた。
家臣団の中には、信長の事を思い出し泣き出す古参武将もいた。
この悲運な人生を送る秀信に同情するものもいた。
が、恵瓊は冷徹に言い放った。
「ある者?はあ。岐阜殿以上で?」
「ぬ!!!」
津久見も泣きそうになっていたが冷徹な恵瓊の言葉に憤慨した。
と、その時であった。
外の廊下から足音が聞こえた。
「若様~。」
(若様?)
津久見ははてな顔である。
「若様!そこは!!」
廊下の声が近付く。
そして、広間の襖が開き一人の子供が入って来た。
豊臣秀頼であった。
「若様!!!」
郡は驚き、上座を譲るように移動し、頭を伏せた。
広間の者も一同伏せている。
秀頼は近習が止めるのを振り払い、上座に立ち郡に向かって言った。
「郡よ。今日は大事な会議と母から聞いておる。私はまだ若い故、理解しがたい事も多いと、お主に託しておる。だが、我豊臣家の為に集まってくれている諸侯に一言もかけないのは良くないと思った。」
すると、上座から皆を見るように続けた。
「皆の衆、見ての通り私はまだわっぱでござる。しかし、豊臣家の当主として今後の豊臣家の事を話し合ってくれていると思うと、感謝を述べたくなった。これから算術の講義があるので時間が無いが、どうか皆の衆宜しく頼むぞ。そして、ありがとう。」
と言うと、そそくさと小姓たちの待つ廊下に向かう。
最後に秀頼は振り返り
「では。」
と言い残すとスタスタと歩いて行ってしまった。
「若様~」
小姓たちは慌てて後を追った。
広間の武将たちは、皆顔を伏せながら呆然としている。
(あれは本当に子供か???なんと立派な)
一同、畳を見つめながらそう思っていた。
秀頼達の足音が聞こえなくなるのを待って郡が口を開いた。
「皆さま、どうでしょう。今日の会議ここまで長引いてしまったので、日を改めて再度お集まり頂くのは。」
外はもう夕暮れ時であった。
「構いませぬ。」
恵瓊が言った。
(何でこいつが主導権に握ってんだよ!)
津久見は思った。
「では、日を改めて…。そうですな私は予定があるので三日後。三日後に再度お集まり頂くというのは。」
「結構。」
恵瓊が応える。
津久見が睨む。
「では皆さま、三日後の正午またこの広場にお集まりくださいませ。」
「は。」
と、皆返事をし今日は解散となった。
会場から一人二人と姿を消す中、秀信が津久見の元にやってきた。
「あ、秀信さん。」
「さん?」
「あ、いや今日はありがとうございました。」
「いえいえ、私は本当の事を言ったまでです。」
「秀信さんも辛い目にあって今日まで過ごしてきたんですね…。」
「さん?…。はい。でも、治部殿を見てたら勇気が湧いてきました。」
「そうですか、それは嬉しいです。」
「ところで三日あるのであれば、是非一度お会いしてもらいたい御仁が二人おりまして、明日一緒に行きませんか!?」
「ん?どなたです?」
「会ってからの楽しみです。必ず治部殿のお力になって下さると思いますよ。」
「そうですか…。そうですね色んな人の意見も聞きたいので。」
「やった!では、明朝、治部殿の屋敷にお伺いしますね。向かうは京でございますよ。」
と言うとルンルンと秀信は広間を後にした。
「京…か。」
と思いながら、津久見は大阪城の天守閣を眺めた。
(秀頼公にまた救われてしまった。これで二度目か…。)
と、思いながら天守閣に向かって深々と頭を下げた。
「さあ、これからどうしようかな…。」
安国寺恵瓊という強敵の出現に頭を悩ませながら津久見は大坂城を後にした。
夕焼けが一段と眩しく感じた。
完
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