第54話 船上

「ちょ、清正さん。そろそろ船に上がって…」


未だに清正は、津久見の腕に掴みながら、悠然と離れ行く九州の地を眺めていた。


「こっからの景色も、風情があるわい。」


と、清正は言う。


「でも、腕が…もた…な…」


と、いよいよ津久見の腕の筋肉が限界を迎えようとした時、清正は津久見の腕をよじ登り、船に乗り込んで来た。


「大阪か…。久しぶりじゃ。」


「『久しぶりじゃ』じゃないですよ…。」


と、津久見は肩を回しながら言う。


そこに、村上武吉が近付いてきた。


「お、加藤殿。国許くにもとは大丈夫かえ?」


と、笑いながら言ってきた。


「わしの配下は優秀じゃ。この船に乗り込んだ時点で、奴らも察しておろう。」


と、清正はゆっくりと港の方を振り返る。


そこには、慌てふためいた男たち7.8人が、小舟に乗り込もうとしては、海に落ち、その男を引き上げては、また海に落ちていた。


「…。」


清正は、真顔で振り向き直した。


「ぷぷ…。」


喜内がそれを見て、滑稽と笑いそうになっていた。


「…。」


またもや、清正は真顔で港の方を向き大声で叫んだ。


「お主ら!!!加藤家家臣ならしっかりせえ!!!」


この咆哮に、港の男たちは固まり、直立不動となった。


清正は続ける。


「治部と、大坂へ行く!すぐ帰る!!それまで片岡らと、上手くやっておれ!!」


港の加藤家家臣達は、また『大阪!!??』と、慌てて、小舟に乗ろうとするが、上手く行かない。


「ったく。分かったか!!!!片岡!!!すぐ帰る!故に戻っておれ!」


「…。」


男たちは、急な主君の言葉に困惑の色を隠せない。


「良いか!!!!!????」


と、清正が畳みかける。


すると、7.8人のその家臣たちは、手で輪を描き、丸を示した。


「ふう。」


片岡と呼ばれた男は、またの名を加藤 可重かとうよししげと言い。加藤家の家臣の中でも、中心的な人物であった。


清正はひと段落と、また振り返った。


「さすがは、清正さん。大きな声ですね。」


と、津久見は抜けかけた肩を更に回しながら言った。


「大きな声?ふん。戦場じゃ、声も武器の一つじゃ。」


と、津久見を見ながら言う。


「そうですね。『声』は武器。その『声』に魂を乗せて相手に響かせてこその『武器』ですね…。」


「治部…?」


清正は、津久見を見ながら小声で言った。


「私も、誠心誠意、魂を込めて、黒田のおじきと話してきました。」


「…。」


「それが、今回は上手く響いた。でも、実際はこれからなんですよね。」


「…。」


「『言うは易し、行うは難し』。これからの施策。一つでも判断を危ぶめば、まとまりかけた西国諸国の大名は、また争いを行いかねないです…。」


「そうじゃな…。」


「だから、清正さんがついて来てくれて、とても心強いです。」


「何?」


「はい!」


と、言いかけると喜内が慌てて走って来た。


「殿~!!!!」


「ん?喜内さん!どうしたんですか?」


「見てください!!!これ!!」


と、喜内は手に持っていたものを見せて来た。


そこには、活きの良い魚が握られていた。


「村上のおっさんに言われて、釣り糸を下げてたら、こんな魚が釣れましたぞ!」


と、喜々とした顔で話してきた。


「ん?喜内さん?」


「こりゃあ、すげえ!」


「喜内さん?あの、今…。」


「治部。」


と、そこに清正が話しかけて来た。


「はい?」


「良いではないか。我らも釣ってみようぞ。横山殿。どうやってするのじゃ。」


と、清正は喜内の方に歩んで行った。


実際は、三成に


『ついてきてくれて嬉しかった』


の言葉が、どこか恥かしく、照れ臭かったのであろう。


清正の顔は、笑顔だった。


それを察した津久見は


「皆…子供だなあ。」


と、笑いながら釣り糸を垂らす村上たちの元へ歩いて行った。


第54話 完

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