第53話 再びの佐伯港
「殿、佐伯港ですぞ。」
「ですね。あそこにいるのは…」
左近と津久見の前に見覚えのある男が立っていた。
加藤清正であった。
「清正さん~!」
津久見は大声で叫び、手を振った。
それを見た左近は慌てて津久見の元に駆けつける。
「殿。お気をつけなされよ。清正殿とは未だ…」
すると津久見は遮るように
「左近ちゃん。何回も言いますが、人の懐に入らないと、人は心を開いてくれませんよ。」
と、横目に左近を見ながら言うと、また大きく手を振った。
やがて、仁王立ちしている清正の元にたどり着くと、津久見はシップから、降り清正に近付く。
清正の手には、ここ佐伯港に着いた時と同じく手には長槍が握られている。
目付きもあの時と一緒だ。
津久見は一瞬躊躇するが、思い切って清正に近付く。
「おじきと会ってきましたよ。」
と、声をかけ、足を止める。
清正は未だ仁王立ちのままだ。
「…。」
何を考えているのかは分からない。
だが、清正は唇を噛んでいた。
「おじきもさすがですね。稀代の軍師と直接話せて良かったです。」
「…。」
「どうしたんですか?清正さん。」
津久見は臆すること無く言う。
もしここで清正が、あの時と同じく槍で刺してこようものなら、命は無い。
「…。」
尚も清正は黙りながら、津久見を見ている。
(…。ここらへんかな。)
津久見はそう思うと、
「では、私は大阪に戻ります。」
と、
遠くに村上の姿が見えると、また津久見は手を振った。
「村上さ~ん!」
笑顔で手を振る。村上もその大きな手で手を振り返してきた。
三成が無事に帰って来た事を確認して、安堵と喜びの表情である。
「おお!!治部殿~!!!!」
(…。)
二人のやり取りを、無言で見ていた清正は、一転地面を見つめた。
「あのお方なら、本当に戦の無い世を作ってくれるやしれませぬな。」
左近が、清正の前を通過する際にそう言った。
左近は立ち止まることなく、船に向かう。
喜内と、平岡も後に続く。
三人ともその目には『希望』の炎が灯っていた。
人間が人間を殺す、この世の
清正は歩いて行く三人の姿の向こうに、何やら光を感じた。
「あの時と一緒じゃ…。」
清正は膝から崩れ落ちた。
「太閤様…。」
前が見えない程、涙が溢れて来た。
清正は三成の後をついて行く三人の後姿を、自分の幼少期と重ねていた。
(あの時と…。太閤様について行く先に、見てたものと…。)
村上と談笑している、三成。
そこに精悍な顔付きで、混ざる左近。
馬を引く男にちょっかいをかけている、喜内。
その喜内にちょっかいを掛けられながらも、
(形は違えど…あの者は、太閤様の…笑顔の世を…)
清正は立ち上がった。
「ブオーン!!!」
船が出航を表す、ほら貝の音を立てる。
船の看板に立ち、津久見は清正の方を、見ている。
清正の足は自然と船に向かって歩いている。
それを見ると津久見は大声で叫ぶ。
「清正さん!!!!来ますか!?大阪!」
「…。」
清正は答えない。だがその歩みは早くなっていく。
船は陸を離れ始めていく。
清正は走り出した。
そして船めがけて猛ダッシュし始めるや否や、船に向かって大きく飛んだ。
「ぬん!!!」
しかし、無念。届かず。
だが、波のしぶきが上がっていない。
「無茶しないでくださいよ…。」
三成の手が、清正の腕を掴んでいた。
「ふん。」
少し照れた表情を清正は見せた。
船はそんな二人を気にせず佐伯港を離れていく。
第53話 完
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