第50話 酒は呑め呑め 呑むならば 日本一のこの槍を

周りの騒音が酷い。


津久見はうっすらと、聞こえるその騒音で少し意識を取り戻した。


「酒は呑め呑め…」


「あはははは」


「もう一献!!!」


「治部殿はまだ起きぬのか!!!?」


何やら大きな声で自分の名を呼び、近づいて来る足音がする。


「お~、本当に寝ておるの。」


その男はそう言うと、寝ている津久見の元に座った。


とても酒臭い。


すると、隣から


「殿はな、最近様子がおかしくてな。戦を止めるし、変な言葉遣いだし、一番変なのが、大事な時に気を失うんじゃ。ははっははは。」


これは左近の声だ。


目を開けようとするが、左近ともう一人の男がかすんで見える。


「で、いつもどうしておるのじゃ。治部殿が気絶したら。」


「お、見せてやろう。」


左近が袖をめくり、げんこつを作る。


それが津久見には見えた。


(まずい!!!やられる!!)


と、思うが先か、左近のげんこつが津久見の頭を殴りつけた。


「痛!!!!!」


「ほれ、起きましたぞ」


「ほんとじゃ。ははっはははははは。」


男の笑い声は、酒の匂いを放ちながら部屋中に響いた。


津久見は頭を押さえながら、やっとの思いで起き上がった。


「左近ちゃん…。」


「殿!!!!おはようございます!はははは。」


左近も酒臭い。


「酔ってるの?」


津久見は鼻を抑えながら言う。


「ん?この左近が、酒に酔うと御思いですか!?ははははは。」


「酔ってるね。完全に。」


「治部殿!起きたなら上座へ!わが殿の横にお座りください。はははは。」


男は、津久見の両脇をいとも簡単に抱えると、上座に座っている、官兵衛の横に座らせた。


官兵衛は笑顔で見ている。


「治部殿。急に気絶するから、驚いたが左近殿に聞いたら、日常茶飯事の様じゃな。」


「はあ。困ったもので。」


津久見はため息を吐きながら言った。


すると官兵衛は男に向かい、


「ほれ友信。治部殿に酌を。」


「そうでございましたな。さ、ささ、さs、さ。」


友信と言われた男。ろれつが上手く回っていない。


津久見に盃を渡すと、酒瓶からなみなみと盃に酒を注ぎ入れる。


「いや、こんなに…。」


「さ、s、ささ、さ。治部殿グイっと!」


津久見は一口飲んでみた。


(ん?日本酒か?そこまで強くない。それにほのかに甘いな…。)


津久見は一思いに盃の酒を飲み干す。


部屋にいる全員がそれを見ていた。


一瞬沈黙が流れる。


あの石田三成が酒をあんなに・・・。


と、訝しめな表情で見ている。


「うまい!!!!」


と、津久見は言った。


すると、広間の全員が


「おおお!!凄いの!!!」


と、皆口々に言った。


続々と、酌をしに色んな武将がやって来る。


皆、酔って顔を赤らめている。


「手前、井上之房いのうえゆきひさと申しまする。黒田八虎くろだはっこの一人にございます。さ、さ。」


と、また盃に並々と注がれた。


津久見はまたそれを一気に飲み干した。


津久見は現実世界では、家系からなのが、ザルであった。


「旨い!!!!」


また広間から喝采の拍手が送られる。


何人かの酌に応えた津久見は最後に友信と呼ばれた男と対峙した。


「ささ、治部殿。」


盃に並々と。友信は他の物とは比べられない程大きな盃を持って来た。


「え?これ?これ優勝力士が飲むやつ…。」


友信は自分の盃にも並々と酒を注いだ。


「それでは。」


と、二人は盃を交わすと、二人とも飲み干してしまった。


「ぷは~。治部殿。酒に強いですな~。」


「いえいえ、いつもストレスで毎日ワイン一本開ける位ですよ…。」


「すとれす?わいん?」


「あ~まあ、そんなに強いとは思いませんよ。」


そこに官兵衛が話しかけて来た。


「そこにいる母里友信もりとものぶ。黒田家で一番の酒豪でな。あの福島正則と飲み対決をし、打ち負かして、名槍「日本号」を福島正則から呑み獲った男じゃで。」


と笑顔で言う。


「そうじゃで。wわしはあの時k、呑みとうnなかったnのじゃがな、正則がdどうしてもというから、勝負したらk勝ってもうてな、名槍「日本号」を貰ったのじゃ。」


と、完全に呂律が回っていないが、自慢気に言う。


「そうですか。でも、お酒は楽しく飲むのが一番ですよね。」


津久見は笑顔で続ける。


「民百姓も、こんな風に楽しく宴会して、さあ明日から頑張るぞ!って言う日があってもいいですよね。」



それを聞いていた官兵衛は驚いた様に聞く。


「治部よ。お前は本心でそんなこと言ってるのか?」


「はい。」


「そうかそうか。そうじゃな。それもええかもしれんな。」


官兵衛は笑顔で言った。


「治部よ。此度は、誠感服したわい。」


と、ひじ掛けに手をかけ立ち上がり、津久見に近づき、左手で握手をしようとしてきた。



(この時代左手で握手するんだっけ…)



(………まさか。)



津久見は一瞬で頭を回転させた。


津久見はゆっくりと、左手を差し出す。




それと同時に、津久見の右手はパッと瞬時に動いた。




津久見の右手は、官兵衛の腰にある脇差を抑えていた。



官兵衛の右手は脇差の柄を握っていた。




「…………。」


「…………………。」


「……………………。」


「…………………………。」


「はははははははは。冗談じゃよ、冗談。」


と官兵衛は大声で笑う。


「ほんとですか?今完全に俺斬ろうとしてましたよね?」


「そんなことないわ。」


(こやつには、敵わん。完敗じゃ)


官兵衛は思った。


すると、官兵衛は広間の男たちに向かって言う。


「ほれ、歌え歌え!!呑め呑め!!!」


「それでは…。」


と母里友信が言うと歌いだした。



「酒は呑め呑め呑むならば ~ 日の本一のこの槍を  呑みとるほどに 呑むならば これぞまことの黒田武士~それ!!!」



と、大合唱が始まった。


左近はふんどし一枚になり踊っている。


喜内と、平岡は酔いつぶれて寝ている。


関ヶ原の合戦以来、こんな楽しい夜はなかった。




第50話 酒は呑め呑め 呑むならば 日本一のこの槍を 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る