第49話 官兵衛 陥落

「治部…。今なんと…???」


官兵衛は震えながら言った。



「もう一度言います。長政さんは進んで関ケ原での各諸大名に調略を仕掛け、その功績で家康と近づき、その場で斬り、おじきは上洛して天下に覇を唱えられたでしょうか?」


津久見は目をそらさず言う。


「お主…。」


官兵衛の目に焦りが見える。


事実、稀代の天才軍師の策略を津久見は全て言い当ててしまったのである。


「どうですか?そう長政殿には伝えていたのではありませんか?」


津久見の反転攻勢が始まった。


「ぐぐぐぐ…。」


「恐らく、長政さんはそれはできないでしょう。おじきにもそれは分かるはず。

でしたらその後の黒田家は?多少の石高は増えるも、徳川家には敵いません。」


「…。」


「おじきは、天才が故に、その才能で自らが苦しんでいるようにも見えます。備中高松城攻めの時くらいから、太閤様との距離が少し開き、今はここで隠居同然…。その才を、今一度、世の太平の為に、お使い下さいませ。一緒におじきが描いていた未来よりも遥かに楽しい世を作りませんか?」


「…。」


官兵衛は未だに声を発することができない。


(こやつ、何じゃ。わしの…わしの全てを見透かされておる…)


官兵衛はひじ掛けにもたれかかり、頭を抱えた。


「おじきのその脚。おじきが荒木村重説得のために有岡城に赴いて、捕縛され、1年間幽閉され足を痛めたと聞いております。」


「ん?」


突然の話に官兵衛は、津久見を見た。


「信長様を始め、有岡城の説得に赴いたおじきが帰ってこないと、皆は怪しみ、信長様はとうとう、おじきの息子の処刑を命じました。」


「よお、知っておるの…。」


官兵衛は感心しながら言う。


「でも、竹中半兵衛殿が息子をかくまい、松寿丸(後の長政)殿は生きておじきの元に帰った。その時はどんな気分でしたか?」


「ん?それは、殺されるはずの息子が生きていた故、嬉しかった。それに半兵衛殿の忠義の深さに感銘したわの。」


「そうでしょう。子が殺されて喜ぶ親などいません。戦が起きて悲しむのはいつも、戦場に送り出している母でございます。」


「だがの、それが戦の世の習いじゃ。仕方ない物じゃ。名誉ある死を遂げた者は、その親としても喜ばしい事じゃ。」


「本当でしょうか。」


「何?」


「本当に戦で子を亡くした親は、そのように本心で思っていると思いますか?」


「…。」


「あなたは先程、松寿丸様が生きて嬉しかったと言いました。そこなんです。


だから私は戦の無い世を作りたいのです。母の涙のない、世を作りたいのです。」


「……。」


「ですから、今後の世は、新しい時代の為に、おじきにそのあり溢れる才を使っていただきたいと思って、ここに来た次第にございます。」


「…。」


沈黙が流れる。


すると官兵衛は脚を正し言った。



「わしの負けじゃ。お主の目指す世を、一緒に見たくなってきたわ。」


と、官兵衛はニコッと笑った。


津久見も笑う。


「ありがとうございます!!」


左近や喜内はホッと一息胸を撫でおろす。


「まだ、何も決めれてはおりませんが、じっくりと考え、太平の世を作って行きたいと思います。」


「うむ。して、長政はどうする?跡継ぎが内府殿側じゃで。」


「はい。3月に一度、内府と面談の約定を取り決めておりますので、そこで長政殿を国許に帰還するよう申し出てみます。」


「そうか。分かった。」


「それに領土問題ですが、ここ九州の地にも豊臣直轄領がありますので、それを分配しようと思います。これは、私が大阪に帰ってから、また改めて報告いたします。」


「そこまで考えておったか。治部よ。」


「はい。」


「治部よ。何か今日は清々しいわい。今日はここで泊まってわしの部下どもと宴会でもしていけい。はははは。」


「宴会?ですか?分かりました。喜んで。」


場の緊張感は一気に緩んだ。


津久見の張り詰めた緊張も緩んだ。


そして、一気に力が抜け、白目を剥いた。


第49話 官兵衛陥落 完

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