九州遠征
第40話 髭もじゃで、バンダナみたいなのを巻いている者
「豊久さん。」
津久見は馬上から、前を行く島津豊久に声を掛けた。
「なんでしょうか。治部殿。」
「いや、豊後まではどうやって行くのですか?ここからだと、姫路を抜けて、備前とか超えて…。」
「ははは。そんな面倒くさい事はしませんよ。道中何が起こるか分かりませぬしな。」
「え、じゃあ、どおやって??」
「海です。」
「海???海路で??」
「はい、我が兄の手配で、堺の港に船をつけてもらう手はずでございまする。」
「海…か。」
「まあ、ちょっと私は反対したんですがな。」
「ん?何をですか?」
「いや、頼む相手が…。」
「誰なんですか?」
「いや、まあ、それは着いてからで…。」
「はあ…。」
津久見はそんなやりとりよりも、海で九州に向かう事に、ウキウキしていた。
すると後ろから左近が声をかけてきた
「殿。あちらを」
と、指さす。
そこには川に挟まれた、小さな中州にせっせと、橋をいくつも作っているようで、何十人もの人間が働いていた。
「なんだあれ。ここは、地理的に…。」
と、津久見は現代の地理と見比べるように位置関係を考えた。
「あ、淀屋橋!!!!」
「はい、あれが噂の淀屋さんでござりますな。」
左近は中州に建てられた、豪華な屋敷の二階の窓辺で、優雅に扇子を仰いでる男を見て言った。
淀屋橋とは、今となってはビジネス街であるが、元々は江戸時代の豪商・淀屋が米市の利便のために架橋したのが最初で、橋名もこれに由来する。米市は橋の南詰の路上で行われていた。
「淀屋さんの為に、わざわざ橋を作ったっていうけど、本当だったんですね…。」
「???」
左近は、『また、変な事言い出した』と言いたいような顔で津久見を見ていた。
程なくすると、大きな川に差し掛かった。
川の麓の石碑には『大和川』と書かれていた。
「大和川か。じゃあ、これを超えれば、堺か。」
と、川の対岸を見つめる。
橋を渡り切ると、空気が一変した。
遠くから賑やかな声。どこかしこも人の声。
津久見はそそられるように、シップの脚を速める。
堺とは、かつて摂津国・河内国・和泉国の3国の「境さかい」であったことに由来する。
かつて堺に入った織田信長が2万貫の矢銭と服属を要求。
それまで軍事的な後ろ盾であった三好三人衆(三好長逸・三好宗渭・岩成友通)が信長に敗退していたため要求を呑む。
信長は以前より堺を構成する堺北荘・堺南荘にあった幕府御料所の代官を務めてきた堺商人・今井宗久の代官職を安堵して自らの傘下に取り込むことで堺の支配を開始した。
信長亡きあとも、秀吉の庇護も受けながら、自由都市として今もなお栄えている。
関ヶ原の戦いが、ついさっきまで行われていたのも、どこ吹く風。
商人がせっせと
津久見は現実世界において堺の街には良く遊びに来ていた。
堺東駅の事を「ガシ」と呼び、駅前の某ボーリング場で遊んだものである。
街の中を進む。
賑やかである。
先行する、島津隊が通過しようとも、街の者は、見向きもせずに、談笑したり、値切ったりと、活気にあふれていた。
「ささ、あの船でござろう。ちょいと、銭を先に渡してきます故、ゆっくりお越しください。」
と、豊久は言うと、今から乗るであろうその船に近づき、誰かに、木箱から何か渡していた。
津久見は、今一度、堺の街をゆっくりと、見回した。
人々の顔が生き生きとしている。
中には外国人までいる。
「さすが、堺…。俺の知っている堺より、この時代の堺の方が、好きかもしれないな…。」
と、呟くと、左近が話しかけて来た。
「殿、豊久様がお呼びですぞ。」
と、船の方向を指さし言う。
「あ、はい。行きましょう。」
馬を近づける。
近付けば近づくほどその船の大きさに驚いた。
シップを降り、平岡に渡すと、子供の様に目をキラキラさせながら、大きな船を見上げていた。
「痛っ。」
船に夢中になっていた津久見は誰かにぶつかり、後ろにこけてしまった。
「す、すみません。」
と、ゆっくりその男を見上げる。
上下半袖の服から出ているその手足は、真っ黒に日焼けしており、津久見の顔程あろうか腕と足の筋肉。
ちらっと見える胸毛は、そこに何か飼っているかと思う位毛深い。
顔は津久見の二倍あるかもしれないほど大きく、立派な髭を蓄え、頭にはいつから洗ってないのか分からない程小汚い布を巻いている。
津久見は今にも気絶しかけている。
「殿。大丈夫でござりまするか?」
喜内が駆け付ける。
「殿?それじゃ、お前…。」
その大男が言う。
「はい。石田三成です…。」
ビクビクしながら言う。
「ははっは。
と、大声で言った。
津久見は勿論、気絶していた。
第40話 完
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